青空の黄昏

maricaみかん

第1話

 私、織部かえでは、生まれて初めて人を好きになったんだ。相手は、生瀬くれと君。運動が得意そうなイメージの人。茶髪に染めていて、明るい印象なんだ。好きになったのは、一目惚れかな。学校では見たことがないはずだから、きっと他校の人だよ。


 何で名前を知っているのかというと、友達に呼ばれていたから。生瀬って呼ぶ人と、くれとって呼ぶ人が居た。なら、生瀬くれとって名前に決まっているよね。


 でも、どうすれば良いかなんて分からない。私にとっては、これが初めての恋だから。いずれは付き合いたいけど、すぐに告白して良いものなのかな。それとも、段階を踏んだ方が良いのかな。


 よく読む本では、勇気を出して告白すればうまくいくって物語になっている。けれど、現実では違うはずだよね。そうじゃなきゃ、失恋がありふれているはずないんだから。


 ということで、私は相談することに決めた。相手は、親友の渡井みのりちゃん。これまでにも、いろいろと助けてもらったんだ。体育祭で二人三脚に付き合ってもらったり、興味があったゲームセンターに連れて行ってもらったり。


 だから、今回も助けてくれると思う。というか、他に頼れる人なんて居ないんだけどね。私、ほとんどぼっちだから。空いている時間は、いつも本を読んでいるくらい。


 それで、いつもの帰り道、みのりちゃんに声をかけたんだ。


「ねえ、みのりちゃん。私、好きな人ができたんだ。告白したいから、手伝ってくれないかな?」

「いーよー。それで、どんな人を好きになったの? かえでが恋をするなんてねー。変われば変わるものだね」

「からかわないでよ。それで、彼の名前は、生瀬くれとくん。みのりちゃんは、知っているかな?」

「あー、知ってると言えば知ってるけど。くれとのやつかー……。付き合いたいの?」


 少し考えたような顔をしたあと、試すような目で、こちらを見ている。つまり、私の本気が伝わったってことだよね。よし、いっぱい応援してもらわなくちゃね。ということで、迷わず頷くよ。


「もちろんだよ。せっかく恋をしたんだから、先まで進みたいよね。デートなんてしちゃったりして!」

「あいつ、明るい人が好きって言ってたなー。それで、かえではどうするの? 合わせちゃう?」

「好みを知っているのなら、教えてほしいな。どうせなら、合わせたいから。できるだけ、好きになってほしいよ」

「なら、せっかくだから大改造しちゃおうか。明るい雰囲気になれば、色んな人に好かれるでしょ。新しい友達も、できちゃうかもね」


 明るい調子で話しかけてくるよ。まあ、確かに私は陰気だから、好かれにくいのは確かだよね。なら、くれと君の好みを抜きにしても、明るくなるのは効果があるかも!


 友達百人はいらないけど、もうちょっと頑張ってみてもいいよね。ぼっち脱却、狙っちゃうよ! 思わず拳を振り上げそうになるくらい、気合いが入っちゃったんだ!


 ということで、私の大改造計画が始まったんだ。まずは、お化粧。


「あいつはナチュラルメイクが好きっぽい。でも、めっちゃ難しいからね。まずは、基本から」

「分かったよ。何から始めればいいの? まずはそれから頑張ってみるね」

「とりあえずは、下地を塗って、ファンデーションを重ねて、って感じかな。難しいことは、あとあと」


 軽く言っているけど、大事なことかも。いきなり難しいことをするのは、やめた方が良いよね。私、これまで化粧なんてしたことないし。ということで、いろいろ教わったんだ。


「チークを塗る時は、あまり着けすぎないように。露骨に赤いと、違和感が大きいからね」

「そうだよね。芸人さんみたいになっちゃうかも。それは怖いよね」

「分かってるならよし。面白い顔には、なりたくないでしょ? オバケみたいな顔もね」


 失敗して、笑われたこともあったよ。マスカラをつける時に、手をすべらせちゃって。色んなところが真っ黒になっちゃったんだよね。


「もう、化け物じゃん! これなら、1回洗い流した方が早いかもなー」

「そこまで言わなくても……。確かに、ひどいけどさ」

「ここまでひどいなら無理だけど、他のとこを黒くしてごまかす手段もあるからねー」


 ゆっくりと進んでいって、これなら人に見せられるかなってくらいになったよ。一ヶ月くらいは、練習したかな。下地だけでも、一週間。マスカラなんて、二週間もかかったんだ。


 鏡を見たら、今までの自分とは全然違ったかな。見るからに明るくなっていて、陰気な私はどこにも居ないんじゃないかって思えたよ。思わず、ニンマリしちゃうくらい。


「どう、みのりちゃん。悪くないと思うな。これなら、好きになってもらえるかも」

「これなら、人気者も夢じゃないかも! これまでより、友達も増えちゃうでしょ!」


 なんて元気いっぱいに褒めてもらって、自信もついてきたかな。この調子で進めば、くれと君も好きになってくれるかなって。可愛いって言ってくれるかなって。胸が弾むのを感じたんだ。


 日常の中で時々見かけるくれと君の存在が、私を勇気づけてくれたよ。友達と笑い合っている姿を見て、私も混ざれるかなって。


「食べ放題だからって、そんなに食うか? 自分の腹を見てみろよ!」


 なんて指差しながら言っていて、楽しそうだなって。いつか、輪の中に入れたらなって。


 そして、次は服装について考えたんだ。いつもは、とりあえず上と下が極端にバラけてなければ良いかなって感じだったんだけど。流石に、男の人に見られるなら、もうちょっと頑張りたいよね。


 ということで、引き続きみのりちゃんに相談したよ。


「あいつはゴスロリが好きみたいだけど、まーハードルは高いよね。今回も、基本からいこっか」

「そうだね。いきなりすごい格好をしても、失敗しちゃいそうだから」

「簡単なところから言うと、上をかちっとして、下がふわふわ、みたいなところからが良いかな」

「どっちもかちっとするのじゃダメなの? 印象が揃いそうじゃないかな」

「それだと、行事に出るみたいになっちゃうから。バランスってことよね」

「分かった。頑張ってみるね。この先の、楽しい時間のために」

「うん、かえでが心機一転してお洒落をするなら、良い人が見つかるでしょ」


 良い人って、くれと君が居るのに。そう思いはしたけれど、真剣な目で応援してくれるから、言われた通りにやろうとしたんだ。けど、すぐにはうまくいかない。おしゃれなんて、考えたこともなかったから。当たり前ではあるけれど、悔しさもあったよ。歯を食いしばる日も、拳を握りしめる日もあったんだ。


「あー、原色をいくつも重ねたらダメ!」

「ただのモノトーンもダメだよ! 少しくらいは、色を入れないと!」


 なんて言われたりもしたよ。正しいとは思うんだけど、私は進歩してないのかなって。ちょっと、心が折れそうにもなったよ。ひとりうつむいてる時間もあったくらい。


 もしかしたら、私はくれと君にふさわしくないんじゃないかって。でも、諦めたくなかったから。いっぱい頑張ったんだ。


 そしたら、似合う格好も分かってきたよ。私には、肌を出し過ぎないくらいがちょうど良いんだって。


「良い感じじゃん。清楚っぽくて、人気出るんじゃない? 男の子、こういうの好きでしょ」

「ありがとう。みのりちゃんのおかげだよ」

「これまでよりずっと可愛くなったし! これなら、これから先もうまくいくと思う!」

「頑張った甲斐があったよ。きっと、成長してるよね」

「うん、きっと色んな人がかえでを好きになってくれるって!」


 なんて言われて、つい顔がほころんじゃったんだ。くれと君も、喜んでくれるかな。似合ってるって、褒めてくれるかな。そんなことも、考えたよ。


 実際、話しかけてくる人も増えたと思う。あんまり、楽しい会話ができているとは言いづらいけど。でも、大きな進歩じゃないかな。この調子で、くれと君と話せるくらいまで、頑張りたいよ。


 そんな日々で見かけたくれと君は、おどけて友達を笑わせていたよ。


「あー、運動しすぎて足が無くなっちまいそうだよ。これで俺もサイボーグか? なんてな」


 なんて足を叩きながら言っていて。そんな風に、私も楽しませてくれたりして。そんな期待もしちゃったんだ。私も会話の練習をしてるから、良い感じになると思う。


 とりあえず、うまく進んでいると思う。だから、くれと君とのデートプランなんかも、考えちゃったりしたんだ。どんなことが好きなのかな。サッカーとか得意だったりして。なら、一緒に試合を見に行くのはどうかな。なんてね。


 でも、私はくれと君を全然知らないからね。ということで、またみのりちゃんに頼ることにしたんだ。


「ねえ、みのりちゃん。くれと君は、どんなところにつれていけば喜んでくれるかな。やっぱり、スポーツ観戦とか?」

「あいつ、やるのは好きでも、見るのはそこまでじゃないみたい。あんまり盛り上がらないんじゃない?」

「なら、遊園地とかどうかな。盛り上がると思うよ。くれと君、元気な人だし」

「うーん、待ち時間でイライラする光景が浮かぶ感じ。あいつ、せっかちだから」

「それなら、カフェとかどうかな。そんなに待たないお店もあるでしょ」

「コーヒーと紅茶は避ければ良いんじゃない? あいつ、苦いのはダメだから」


 なんか、とてもよく知っているなって思ったよ。でも、きっと私のために調べてくれたんだよね。だから詳しいんだって、納得したよ。


 そんな事を繰り返して、理想のデートプランを考えていったんだ。今のところは、ゲームセンターに行って、ハンバーガーでも食べて、それからカラオケに行く感じだよ。


 私は、あまり行かないところばかり。だから、少し怖いところもあるけれど。でも、くれと君を喜ばせるためだから。頑張っちゃうよ!


 きっと、ただの私のままなら、図書館デートとかだったんだと思う。でも、それは喜んでもらえなさそうだから。少し寂しいけど、仕方ないよね。


 だって、ゲームセンターから出てくる彼の姿は、何度か見たから。きっと、楽しんでくれると思うな。図書館よりも、ずっと。


 ということで、あとは告白するだけ! その言葉も、一緒に考えてもらおうとしたんだ。でも、断られちゃった。


「あたしの言葉で、告白することになってもいいの? それで、もみじは満足?」


 そう言われて、胸の奥がきゅっとしたんだ。確かに、嫌かもしれない。私の告白で、私じゃない誰かを見ているくれと君。それを想像して、寒くなったんだ。


 だから、告白までの流れは、ひとりで考えることにしたよ。みのりちゃんは、彼はゴスロリが好きって言ってたよね。だから、頑張って買いに行ったんだ。


 そして、私の気持ちを伝えるための言葉を考えたよ。でも、とてもシンプルだけどね。ただ好きって伝えるだけの、簡単な言葉。


 準備ができたから、みのりちゃんにくれと君を呼び出してもらったんだ。なんか、知り合いみたいだから。


「きっと、かえではいっぱい成長したから。失敗しても、新しい楽しみが待っているよ」


 なんて優しい顔で言われたりもしたよ。きっとうまくいくけど、前向きではいたいよね。失敗を口にするのは、ちょっと嫌だと思ったけれど。でも、真剣に応援してくれている証だって思ったんだ。


 ということで、待ち合わせ場所の公園に向かったよ。ちょっと見られて恥ずかしいけれど、この先の未来を想像して、勇気を出したんだ。


 くれと君は、こっちを見て目を見開いていたよ。どうしてなんだろう。でも、もう止まれないよね。なら、言うしかないよ!


「くれと君、私は、あなたが好きです。付き合ってくれませんか?」

「あー、悪い。俺、付き合ってるやつが居るんだ」


 そう言われて、ついうつむいてしまった。準備に時間をかけなきゃ、間に合ったのかな。そんな事を考えてしまって。


 でも、きっと私一人なら勇気なんて出なかった。変われなかった。だから、これで良いんだよ。そう思おうとすると、くれと君は言葉を続ける。


「それにしても、告白にゴスロリって、気合い入れすぎだろ。びっくりしたわ」


 笑いながら、そう言われる。せっかく勇気を出したのに、ヒドいよ。唇が、震えちゃう。こんなに悲しいのなら、告白なんてしなければ良かったのかな。でも、聞かなきゃいけないことがあるよ。


「え? でも、くれと君はゴスロリが好きだって……」

「確かに好きだけど、場所とかあるだろ? 誰から聞いたんだ?」

「みのりちゃんから……」

「そいつだよ。俺が付き合ってるの。妙に必死に呼びだすと思ったら。困ったやつだな」


 ……え?だってあの子は、応援してくれるって。なのに、彼の恋人があの子?なんで?どうして?どういうこと?


 彼の顔がハッキリ見えない、目の前が真っ白。力が入らない。


 このまま死んじゃうのかな。違うよね。こんなの、ただの夢だよ……そうだよね。だから、早く覚めて……。


 あれ、おかしいな。こんなに鼓動が早いのに、指先は冷たいだけだよ。寒いよ。どうにかなっちゃいそう。


「悪いな。じゃあ、もう行くわ。あいつによろしくな」


 何か言いながら、くれと君が遠ざかっているのを感じた。みのりちゃんとくれと君が付き合っているなんて、そんなこと、言われなかったよ。


 そう考えて、いくつかの言葉が思い浮かんだ。


『明るい雰囲気になれば、色んな人に好かれるでしょ』

『かえでが心機一転してお洒落をするなら、良い人が見つかるでしょ』

『うん、きっと色んな人がかえでを好きになってくれるって!』


 そうだ! どれも、彼に好かれるなんて言ってない! どこかの誰かとの関係だけだよ!


 気づいた瞬間、全ての違和感が繋がった気がしたよ。


 失敗するって分かってたんだ……! あの子は、最初から裏切ってたんだ……!


 やけに彼に詳しいのも、ぜんぶぜんぶ! くれと君と付き合っていたから、デートを繰り返していたから!


 私は、ただのピエロだったっていうの? みのりちゃんに騙されただけだったの?


 息が荒くなる。拳に力が入る。体温が上がってきた気がするよ。私、どうにかなっちゃいそう。


『きっと、かえではいっぱい成長したから。失敗しても、新しい楽しみが待っているよ』


 そんな言葉が思い出される。


 恋に敗れるくらい大したことないって!? 他の人に好かれていれば満足できるって!? ふざけないでよ! 私の想いを何だと思っていたの!?


 胸をぎゅっと握って、空を見上げる。そこは、青く澄み渡っていた。


 彼は私の努力を笑った。あの子はずっと騙していた。空でさえ、私をバカにしている。だって、こんなにもきれいなんだもん。私の心を見ないフリしてさ。


 誰も彼も、最低だよ。きっと、私のおしゃれも、おかしなことをするって見られていただけ。どうしてなんだろう。私、なにか悪いことでもしたのかな。


 いや、そんなはずない。私は、ただくれと君を好きになっただけ。最初からみのりちゃんが言ってくれれば、諦めたのに。


 なんで、あの子を信じちゃったんだろう。親友だと思っていたんだろう。バカだな、私。好きになる相手まで間違えちゃって。涙がこぼれそうになる。でも、泣きたくないよ。そんなの、負けだもん。


 結局、私のことなんて、誰も大切にしてくれないんだ。みんな、私を軽く見ているだけなんだ。なら、もう誰も信じないよ。私をあざ笑うだけの人達なんて、気にしなくて良い。私の道には、必要ないんだ。


 これからは、私はひとりで生きていくんだ。そうしたら、誰にも邪魔されないもん。そうだよね、みのりちゃん。くれと君。分かるよね、みんな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青空の黄昏 maricaみかん @marica284

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画