第6話
その日は朝から嫌な曇り空が広がっていた。
ぽつり、ぽつりと雨粒が落ち始めて、俺は少し焦った気持ちになる。
理由は簡単だ。収穫した穀物や種を保管する場所がまともにないからだ。
「せっかく畑がちょっとずつ軌道に乗り始めたのに、これじゃ保管場所が雨漏りしたらアウトだろ」
俺は小走りで村の外れにある古い倉庫へと向かった。
そこは、いかにも“屋根が破けてます”と言わんばかりのボロ倉庫で、重い扉を開けるとカビ臭い空気がむわっと漂ってくる。
壁や柱はひび割れだらけ、屋根はところどころ穴が開き、天井からは雨漏りの水滴がぽたぽたと床を濡らしていた。
「こいつはひでぇ。保管どころか、ここに置いといたら全部ダメになるじゃん……」
嘆き節をこぼしていると、筋肉質な腕で木材を担いだリィラ・ヴェルローゼがやってきた。
焦げ茶のショートヘアに軽鎧を身に纏い、腰には剣。
最前線で戦う女戦士というイメージが強いが、今日は自ら人手を率いて倉庫改修を手伝いに来てくれたらしい。
「タカト、お前さんが言ってた“新しい倉”ってのはここでいいのか? 確かに雨漏り酷そうだな」
「そうなんだよな。食料を貯めようにも、ここが使えなきゃ話にならない。んで、せっかくだから“ちゃんとした蔵”を作りたいんだ」
「ちゃんとした蔵、か。具体的には何をするんだ?」
リィラが興味深そうに俺の顔をのぞき込む。
俺は前世で得た知識を思い出しながら、簡単な設計図を取り出した。
紙には床を高くして湿気を防ぐ構造や、雨水が屋根を伝って流れ落ちる仕組みを図解してある。
「ま、ざっくり言うと“床下に空間を作って空気を通す”“斜めの屋根で水を外に逃がす”って感じかな。あと、壁は防虫用にきっちり隙間を埋めておかないとな」
「ほー……聞いたことないやり方だが、面白いじゃないか」
リィラは感心したように頷くと、周囲を見回す。
既に何人かの村人が木材や工具を用意していて、作業を始める態勢だ。
俺もすぐさま全員を集め、段取りを説明する。
「いいか、まずは屋根の穴を塞ぐ。雨が本格的に降り出す前に、防水をしっかりやるぞ!」
俺の掛け声に、村人たちは「おう!」と元気よく応える。
リィラは大きな木材を運び上げ、屋根の上で作業する者たちをリードしている。
防御ばかりが得意かと思いきや、こういう力仕事もバッチリらしい。
それから数時間、時折降る小雨に負けず、みんなで頑張った。
まずは屋根の補強。木材をかぶせて隙間を埋め、樹脂代わりになる粘土を塗り込んで雨水を通しにくくする。
次に床のかさ上げ。石を組んだ土台の上に新しい板を敷き、通気口を確保した。
虫除けのためにハーブを干したものを倉庫の隅に置くのも忘れない。
「おいリィラ、そっちの釘はもう打ち終わったか?」
「ああ、バッチリだ。さすがに慣れない仕事だが、まあ筋トレだと思えば楽しいもんだな」
「筋トレ扱いかよ! でもありがたい、助かるよ」
俺は笑いながらリィラに声をかける。
彼女の頬には汗が滴っていたが、それを拭いながら嬉しそうに肩を回している。
戦う姿もカッコいいが、こういう地道な仕事に率先して取り組む姿は、また違った意味で頼もしさを感じる。
昼を回った頃、ようやく新しい屋根や床が形になってきた。
屋根の隙間からの雨漏りはほとんど止まり、倉庫の内部には風が通るようになって湿気がぐっと減った気がする。
「いいね、いい感じ。これなら穀物をカビらせる心配も減るはずだ」
「タカト、やるじゃん! すごい発想だね、こんなの普通の農村じゃ聞いたことないっしょ?」
いつの間にかやって来ていたコーディア・ベルナールが、軽い口調で声をかけてきた。
彼女は栗色のツインテールを揺らし、大きな瞳で倉庫を見回している。
どうやら興味津々らしく、薄いチュニック姿でちょこまかと動き回る。
「もっと見たいっしょ? まだ他にも工夫があるなら教えてよ!」
「まだ途中だけどな。あとは出入口を二重扉にして、外気の熱や湿気を直接入れないようにするんだ。あと、換気用の小窓もいくつか……」
「へえー、なるほどね。そりゃあ、防犯にもいいかもしれないし、何ならもうちょっと改造してさ……」
コーディアが商売人独特の冴えた目で提案を重ね始める。
その視点はやはり経済面重視で、「新しい倉の余剰スペースを市場拡大に使えないか?」など突飛なアイデアが次々と出てくる。
でも、それも悪くない。
俺は大いに刺激を受けながら、新しい倉庫の使い道を膨らませる。
こうして、村人総動員の改築作業はひとまず完了した。
かつてのボロ倉庫は見違えるようになり、外観も少しだけ整えられている。
試しに穀物を収納してみると、床がしっかりしているおかげで湿気もこもりにくい。
雨が降ってもきちんと外へ水が流れ落ちるようになったし、いい感じに仕上がった。
「リィラ、みんな、本当によくやってくれた。ありがとな!」
「お前さんが用意した設計図のおかげだろ。まあ、私としては力仕事で腕が鈍らないのが助かったけどな」
リィラは軽く肩をすくめながら照れくさそうに笑う。
そう言いながらも、彼女がいたからこそ作業がスムーズに進んだのは明らか。
俺は心から感謝の言葉を伝えた。
「これで食料をしっかり保管できる。領地の飢えに対する不安も、ちょっとは減りそうだ」
「そうっしょ? これから市場にも人が増えれば、ここの倉庫は活躍間違いなしだよ!」
コーディアが得意気に言うと、まわりの村人たちが「おおっ!」と湧き上がる。
今までずっと貧しさと不安が渦巻いていたこの領地だが、新しい倉庫の完成は確実に人々の希望を形にした出来事だと思う。
屋根にはまだ補修跡が残るし、倉庫としては完璧とは言い難い。
それでも、こうしてみんなで協力して一つの建物を作り上げた。
その達成感は何にも代えがたいものだ。
改築作業が終わった直後、パラパラ降っていた雨が止み、雲の切れ間から光が差し込む。
さながら、俺たちの努力を祝福してくれているような日差しだった。
「よーし……これでまた一歩前進だ!」
俺は拳をぎゅっと握ってガッツポーズを作る。
リィラ、コーディア、そして村人たちの笑顔が重なって、領地の未来がほんの少し明るく見えた気がした。
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