第10話 可愛い義妹のためならば

「えーっと、突然のご訪問じゃないと意味がないから……」


 ふんふーん、と愉しそうに鼻歌混じりで支度をしていくステラ。

 ステラの周りには、彼女を愛してやまない風の精霊たちがふわふわと浮いており、久しぶりのミスティアとの再会を今か今かと待ち望んでいる。


【ステラ、行くなら飛んでいこう?】

【ミスティア連れ戻す?】

【不穏な事があれば即しょけーい】


 きゃいきゃいと物騒な会話を繰り広げている精霊たちに、一切の悪気はない。

 彼らは、自分が可愛がる大切な愛し子を、もっともっと大切にしたいだけ。その愛し子が傷つけられるということが、何よりも許せないだけなのだ。


「こーら、駄目よ」


【えー?】

【ダメなのー?】


 ぷく、と頬を膨らませている精霊たちだが、ステラはにっこりと微笑んで、指を口元にもっていって、こう告げた。


、駄目よ」


 その言葉の意味をすぐに察した精霊たちは、きらきらと目を輝かせた。

 まだ、ということはきっとステラがGOサインを出してくれる時が来る、ということ。だったらそれまで良い子で待っていればいいだけのことなのだから、とすぐに理解した。


【んじゃ、大人しくしてるー】

【ミスティア、元気かなぁ】

【ミスティアは特別な子だから、大事にされていないとおかしいんだからねー】


 きゃっきゃと話している精霊たちは、ふわりと漂って身支度を始めステラがいつ出発するのかを目を輝かせている。


 ステラ・フォン・サイフォス。

 現当主・ペイスグリルの妻であり、彼とはお見合い結婚をした。

 義妹であるミスティアをこよなく愛しているミスティア馬鹿の一人で、同じ風属性の魔法を使えある者同士、仲良くできていればいいなぁ、くらいだったのだが、思いがけず読んでいた論文が似通っていたり、学院時代に師と仰いでいた教授が一緒だったりと、共通点が多かったことからすぐにミスティアを可愛がるようになったのだ。


 ミスティアも、自分に良くしてくれていて、なおかつ義姉のステラにはすぐに懐いた。


 良くしてくれる人、ということもあるが、一緒に居る時の空気感がとても好き、という告白めいた台詞をしれっと言ったもんだから、互いの精霊たちも喜んだ。

 なお、ペイスグリルは真っ青になって『俺の妻はやらんからな!!』と絶叫したのだが、今は割愛しておく。


「さぁ、支度完了。わたくしの可愛いミスティアちゃんを助けに行きましょうか」


【はぁい!】

【風に干渉して馬車の速度あげよう!】


「馬がびっくりしちゃうからおやめなさいね」


 あれぇ、ときょとんとした顔で呟いている精霊は可愛らしい。だが、あれこれと手を貸されすぎるのも問題かしら、とステラは思う。

 とはいえ、急ぎたいときには手を貸して、とお願いすればいい感じに手を貸してくれる。

 精霊に気に入られれば気に入られるほど、彼らは善意でほいほいと手を貸してくれる。それに応えるように、人間側は魔力を触媒として与えたり、望んでいるものをあげたりと対価は必要になってくるのだが、お互いのためだと思えばどうってことはない。


 サラサラとしているストレートのショートヘアに、ミスティアとお揃いで購入したガーネットで小さな花を象った髪飾りを付け、ドレスは薄い緑色のマーメイドラインのシンプルなデザイン。

 小さなバッグを持ち、腕には万が一の事態に備えてペイスグリルが魔力を込めた防御魔法の発動する腕輪を身に着けている。


 ここまでしなくても、とは思ったが、ペイスグリルが『ミスティアが何故だか連絡を寄こせない事態に陥っていたんだ。念には念を、というだろう?』と言ったことにより、身の安全を優先しての対策をとることにしたのだ。


「では、行ってまいりますわ」


【ステラはボクたちが守るよ!】

【何かあったらぶっとばーす!】


【ボクらもいるー!】


 水、風の精霊たちがくるくるとステラの周りを飛びながら言えば、見送りに出てきていたペイスグリルが満足そうに頷いた。


【ステラの言うことをきちんと聞くんだぞ】

【ミスティアのいうことは?】

【そっちもだ】


 ミスティアに会える! やった! と喜んでいる精霊たちは力が溢れてきてしまったのか、くるくる飛ぶごとに水しぶきが飛んで、空に虹がかかった。


「あら、出発を祝してくれているようだわ」

「ステラ、念には念をで準備してくれていると思うが、気を付けて」

「ええ、ペイス。どうしましょう、ミスティアちゃんが希望したら、連れて帰ってよろしくて?」

「構わんだろう」

「では、そのように」


 微笑み合っている夫婦の間には、大好きな家族を何が何でも取り戻す、という強い意志があった。


 幸せになっていると思ったのに、そうなっていないのであれば連れ戻す、ただそれだけだとステラもペイスグリルも強く思い、用意された馬車へとステラは乗り込んだ。それを確認して、御者は馬車を走らせ始めたのであった。

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