第3話 目覚めたきっかけ

 そういえば、とミスティアはふと我に返った。


「私ってば、どうしてずっと寝ていた?のかしら……」


 うーん、と体を伸ばしてみれば、ばきぼきごき、と物凄い音が聞こえてくる。

 腰も肩も背中も、がっちがちに固まってしまっているのだが、そもそも寝ていた原因は何なのだろうか。

 というかこれ、よく起きられたな、とミスティアはしみじみ考えた。


「世話も放棄されていた感じ。つまり私は殺されかけていた?」


 ふむ、と呟いて机の引き出しを漁ってみれば、一冊の日記帳が。

 日付を見ると、嫁いできて、妊娠した直後で書くこと自体をほぼやめてしまっている。


「……そもそも、だけれど……どうして私は実家に助けを求めなかったの……?」


 普通、きっとおかしなことになっていれば助けを求めて当たり前なのに、どうしてそれをしなかったのか。


「あら」


 視線の先にあるのは、何やら怪しげなお香。


【ねぇ、ちょっとこれ何かわからないかしら】


 再び精霊に精霊語で語りかけると、ふわりと現れてくれる。

 そして、ミスティアの指の指し示す先を見て、ぶわりと毛を逆立てるように一気に警戒心を強めた。

 あれ、と思っていれば見たことのないほどに精霊の顔は険しい。


【ミスティア、それだめ!】

「え……?」

【それ、ボクたちを遠ざける効果お香! しかも威力がとんでもないのー!】


 精霊の言葉に、ミスティアはぎょっとした。

 まさかそんなものが、この家にあるだなんて思っていなかったことと、そもそもこの結婚の意味を考えればミスティアに不利益になるようなことをするべきではないのでは、とも思うがこの家の人たちはそう思っていないということ、


【まさか……私の本来の調子が出なかった、のは……】

【当たり前だよ、だってそれがあるとボクたちの加護も、そもそも精霊眼だって発動しない!今発動しているのはそれの効果が切れたからだ!】


 これが置かれたのは、いつだったろうか。

 確か、この部屋が与えられて、ミスティアがこの部屋に押し込められてからずっとある。

 結婚当初は確かに使用できていた精霊眼が、言われてみればいつもより発動しないとは思っていた。もしかして、子が生まれたことで効力が薄まってしまうものなのかと思って、あれこれ文献を漁ってみたりもしたのだが、これといった情報は得られなかった。


「やってくれたわね……」

【ミスティア、それ捨ててー!】


 いつの間にかわらわらとミスティアの周りにやってきた精霊たちを宥めてから、ぽい、とゴミ箱へと捨てた。

 効果はもう切れていることから、追加でお香を焚かない限りは問題なさそうだ。


「壊しておいた方が良いかしら」

【そうしよう!】

【やっちゃお、ミスティア!】


 きゃっきゃと嬉しそうにしている精霊たちに再び力を借りるミスティア。


「そうね……この場合は、香を二度と焚けないようにしておきましょ」

【圧縮した風をぶつけちゃお!】



 す、とミスティアが手をかざせば、手のひらの前にふわりと風の魔力が集まっていく。

 魔力の塊は大きくならず、しかもゆっくりと圧縮されていき、制御しているミスティアですら手が震えるほどになってきたが、精霊が制御を手伝ってくれていることで暴走することもなく、どんどんと圧縮されていった。


【もう……そろそろ良くないかしら?】

【もうちょっと、って思ったけど、ミスティアが良いならいいよー】


 よし、とミスティアが決心すると圧縮された魔力弾ともいえるそれは、見事に香炉を破壊したが、音が聞こえないようにと併せて配慮した精霊が音が空気で伝わらないようにしてくれていたこともあり、破壊はきっとばれないだろうと安堵した。

 ひょいと覗き込めば、見事なまでに粉々になっていたこともあり、ミスティアは更に安堵した。


「これを持ってきた人も、ついでにどうにかしてやりたいんだけど……」

【ボクたち、匂いで分かるよー?】

【……本当!?】

【うん】

【わかるわかる】

【ねー】


 あちこちで分かる、いける、と精霊たちが盛り上がっている様子を見て、ミスティアはぽかんとしたが、本当に心強いな、と嬉しい気持ちも溢れ出してくる。

 そして、改めて思う。

 この家から出て行こうと。併せて、実家にどうにかして保護してもらおう、助けてもらおう、と。

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