さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
第1話 やり直すと決めた日
私の人生は、何だったんだろう。
『おかあさまー!』
『ミスティ、愛しているよ』
ミスティア・フォン・ローレル伯爵夫人は、ただ一人、暗闇の中で考え込んでいた。
自分が今ここにいる意味とは?
自分が、そもそも生きている意味とは?
どれだけ考えても答えは出てきそうにない。
『お母様は僕に嫌なことばかりさせる!』
『まぁまぁランディちゃん、おばあちゃまのところにいらっしゃいな』
『おばあさま~!』
ミスティアの息子、ランディは義母によく懐いていた。
甘いお菓子、ジュース、たくさんのオモチャ、異国の絵本。ランディが欲しいと言ったものには金に糸目をつけず、あれこれ取寄せ、お菓子も遠慮などさせずにたらふく食べさせた。
結果、夕食を残したり、中途半端な時間にお腹がすいた、と泣き叫ぶようなわがまま放題な息子へと変貌してしまった。
『君は、育児がとことん下手なんだな。良かった、母さんがいてくれて』
夫であるリカルド・フォン・ローレル伯爵は、ミスティアをとことんまで軽視した。
産後の肥立ちが悪い妻に暴言を吐き、あまつさえこう言い放った。
『当家の跡取りを産んでくれたことだけが、君の功績だな』
何をいけしゃあしゃあと、とミスティアは憤慨した。
ミスティアの実家は、ローレル伯爵家から比べれば身分は下なものの、相当な資産家だった。それに加えて、とある能力を持っているために、縁談の申し込みは耐えることはなかった。
だが、まずサイフォス家の莫大な資産に目が眩んだ先代ローレル伯爵からの熱心な申し出に疲れたミスティアの祖父は、こう言ったそうだ。
――双方の家に、性別の違う子供が同じ歳で産まれたら、婚約者としよう。
そうそう運良く、うまくいくわけがない、と思っていたが、先代ローレル伯爵の執念勝ちとでも言えばいいのか。
リカルドとミスティア、二人は時期を同じくして生まれてしまったのだった。
これに気を良くしたローレル伯爵は嬉しさのあまり、ミスティアの実家であるサイフォス男爵家へと乗り込まんばかりの勢いでやってきて、『さぁ、約束を果たされよ!』と声高らかに告げたそうだ。
「よくもまぁ迂闊な口約束をやってくれたわね、おじいさま……」
リカルドは、義母と同居するまでは最高の夫だった。ミスティアは、そう言い切れる。
だが、ランディを妊娠してから悪阻などでミスティアが体調をひどく崩したことで、誰か頼れる人が必要だから、とランディは勝手に義母を連れてきてしまったのだ。
「……結婚なんかするんじゃなかったわ……。どうにかして婚約破棄してしまえば良かった……。気付かない私も馬鹿だった、ということね。おじいさまだけのせいではないわ。でも……」
ミスティアの父と母は、二人揃ってしっかりとミスティアの祖父へと怒りをぶつけたそうだが、『わしが責任を取らなければ、今後も執着されてしまう!』と斜め上の回答が返されたことで、もうダメだ、と祖父を見限った。迂闊な口約束で家に迷惑をかけたことにより、当主から追い落とし、ミスティアの両親が当主となった。
だが、それは時期があまりに遅く、ミスティアがランディを妊娠した後のこと。散々揉めに揉め、ようやく見限ることができたかと思えば、娘が冷遇されている事実をひたすらに隠される日々の始まりだった、というわけだ。
「あのクソジジイに刃向かってくれたお父様やお母様には、お礼を言わなければ。おじいさまを当主から追いやってくれたんですもの」
ならば、自分がやることはただ一つ。
「私は、『私』であることを色々な意味で取り戻してやるわ──」
ぐ、と拳を強く握りしめたミスティアは、強い意志のこもった目で、そう決意した。
伯爵夫人が過ごすにはあまりにみすぼらしい部屋だが、今はここがミスティアの唯一、気が休まる場所。
「見てらっしゃい、離縁してここを全て捨てきってしまって、私はまた、サイフォス家に戻るんだから!」
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