文明の衰退した世界で、バンドメンバーを探す少女の話。

上ノ空

世界の終わりのあと

「音楽は……いや、ロックンロールは、宗教とタバコの良いとこ取りなのかもしれないね」


 その少女は、細くて白い華奢な指に無骨なタバコを挟み、星空に紫煙を揺らめかせた。

 ロックンロールというよりは、学校の体育館でピアノソナタでも弾いてそうな優雅な見た目をした彼女は、柔らかい栗色の髪が煙臭くなることを気に留める素振りも見せない。

 

 彼女がタバコを咥えるたびに燃える灰が、その顔を一瞬だけ明るく照らす。

 その時に初めて見えた彼女の瞳が、ここでは無いどこか遠い場所を見つめているような気がした。


 五十年ほど前に崩壊した、かつて栄華を極めた文明とそこに生きた人たちのことを想起していたのだろうか。

 宗教戦争。疫病の大流行。繰り返される世界大戦。異常気象。予兆も無い大災害。

 

 様々な困難を一つずつ乗り越えてきた人類だったが、それらが徒党を組んで何回も襲いかかってきたとき、世界は終わったらしい。

 発達した科学技術も、グローバリゼーションも、人間から良い部分も悪い部分も学習したはずのAIの力をもってしても、この終末は回避できなかったようだ。


 文明崩壊後、半世紀が経過した現代においては、人々は古いインフラが辛うじて生きていた地方自治体の跡地に散り散りになって、学校だった場所などを中心に村を作って共同生活を営んでいる。


 明りのついた街灯一つなく、車の一つも走っていない旧国道沿いの寂れた公園の跡地に、炊事の煙とは違う、むせかえりそうだが清涼感のある香りが辺りに立ち込めた。


 僕は、彼女の呟いた言葉の意味は分からなかったが、とりあえず彼女がギターを弾きたいということだけは分かった。

 

「そろそろ、弾いても大丈夫かもな」

 

 僕がそう告げると、彼女は待ったましたとばかりに、背丈と同じくらいあるケースからギターを取り出すと、組んだ右足の上にギターを寝そべらせた。


 ランタンの小さな光に照らされた彼女の横顔は、その容姿も相まってひどく神秘的に見える。

 たしかに、宗教画に出てくる天使さながらの神々しさだ。


 彼女の姿を目に焼き付け、これから始まる演奏会に身をゆだねるために、僕はゆっくりと目を閉じた。


 *


 少女との出会いは、二週間に遡る。


 僕は、生まれ育った村を出て、かつて首都があったという東京を歩いて目指していた。

 

 僕の村には、数え年で二十歳になった男子は、長男を除いて一度村を離れる掟があった。

 再度村に戻ることができるのは、別の村出身の結婚適齢期の女性を連れて帰ってきたときだけらしい。

 

 同じ共同体内で結婚を重ねて血が濃くなりすぎることを防ぐとか何とか言われたが、まあ体のいい口減らしだろう。


 一応、東京に小規模ながらも現存している役所に行って、村の人口の増減や物資の残量を記した公的書類を提出するという役目が僕には与えられていた。

 だから、育ててくれた村への最後の恩返しも兼ねて、とりあえず東へ歩いている。

 

 そして、村を出て約一か月が経った。

 その日、人とまったくすれ違わないまま、国道沿いを歩いている僕の耳にかすかな音楽が聞こえた。

 

 ――誰かが歌っている?


 旧文明時代に整備された道から逸れてしまうことに不安はあったが、それよりもこの音の発生源を突き止めたいという好奇心が勝った。


 音のなる方へ近づいていくと、だんだんと音楽の全容が分かってきた。

 歌っているのはおそらく若い女性で、歌詞は聞き取れないが、かなりアップテンポな曲みたいだ。

 

 何か楽器の音は聞こえるが、村の校舎の音楽室では聞いたことがないような音だった。

 あえて言語化するのなら「ジャカジャカ」と聞こえる気がするが、耳を貫くようなシャープな音とクリーンで透明感のある音が両立していて、どうも表現しがたい。

 

 でも、なぜだろう。

 初めて聞く音のはずなのに、心が妙にワクワクして浮足立った。


 期待に胸を膨らませて、大人ひとりが何とか通れそうな、雑草の生い茂る細い道をかき分けて五分。

 雑木林の途中なのに、急に視界が開けた場所に出た。


 僕の目の前には、この音楽を外敵から守るかのように配置されたフェンスの残骸があって、「不■投棄は犯罪です。■めてくだ……(後は読めない)」という看板がある。

 それはもしくは、この音楽を外界に出さないように封じるための檻のようにも感じられた。

 

 もしかしたら、この先は犯罪が行われているような危険な場所なのかもしれない。

 それでも、音の正体を知りたくて、僕は恐る恐るフェンスの中へと足を踏み入れる。

 

 しばらく進むと、もはや走っているところを見たことのない、数台のトラックの荷台を土台として、山の斜面に家具や家電が大量に積み重なった場所に出た。

 

 校舎でただの骨董品と化しているテレビやエアコンは見たことがあったが、それらが大量に並ぶ光景は非現実感があって心がざわめく。


 しかし、それよりももっと非現実感があったのは、その斜面の中腹あたりで車のボンネットに立って音楽を奏でる、同じくらいの年齢の少女の姿だ。

 

 あの楽器の形状は……たぶん、ギターだろうか。

 でも、激しい音はさることながら、デザインも音楽室にあった木の温かみを感じるようなものでなく、ボディーに空洞がない代わりにノブのような機械じみた部品がついている。

 そのギターからは、太くて黒いコードが伸びていて、小型のスピーカーのようなものに繋がれていて、音の発生源はその機器のようだ。

 

 少女は、曲の盛り上がりに合わせて大きな声で、ボンネットにマイク代わりに突き立てたスタンドライトへ向かって何かを叫ぶと、弦をジャカジャカとかき鳴らして曲を終える。


 少女の叫びとギターの残響が消える直前に、僕は思い出したかのように拍手をした。


 少女が、少し驚いたようにピクッと体を震わせ、僕の方に向き直って息も絶え絶えのまま口を開く。

 

「初めてのお客さんだ。聞いてくれてありがとう」


 歌っていたときの力強い声とは打って変わった、高くもなく低くもなく、抑揚も感じられない――でも美しい声だった。


 僕は、数週間ぶりに声を発しようとしたが、久しぶりすぎて口ごもってしまった。


「ここ、こんにちは」

「はい。こんにちは」

「あの……。すみません、道を歩いていたら、音楽が聞こえて。思わずここに来たんです」

「……ロックンロールは、すべての若者を誘う音楽だから。君がここに来たのは必然だと思うよ」


 少し会話をしてみただけで、不思議な少女だと分かる。

 その可憐な見た目とは裏腹に、話し方もどこかミステリアスだ。


 というか、何を言っているか全然分からない。

 ロックンロールとは何だろう?


 僕は、いきなり聞こえた、知らないながらもどこか魅力的な響きを持つ単語について、少女に尋ねた。


「ロックンロールって、何ですか?」

「難しい質問だね。……実は、私もよく分からない」

「そうなんですか?」

「うん。旧文明時代のアメリカという国で生まれた、革新的で自由な音楽という説明はできる。でも、そんな客観的で他人事な説明はロックンロールでは無い……と思うんだ」

 

 彼女は、自分でもまだロックンロールの意味を掴みかねているかのように、ゆっくりと考えながら答えた。

 

「私は、ロックンロールを知りたい。だから、一緒に演奏してくれる仲間を探してる」

「仲間……」

「だから、良ければ私と一緒にバンドをやらない?」


 少女はそう言って、握手を求めるかのように僕へ左手を差し伸べてきた。

 白くて柔らかそうな手だが、その指先には華奢な手には似つかわしくない、硬いタコのようなものがある。

 

 一緒に音楽をやらないかと言われても、音楽なんて村では演奏したことがないし、自分にできるか分からない。

 でも、この不思議な少女と、ロックンロールと呼ばれた音楽に、少なからず興味が沸いてしまっているのは確かだ。


 僕は、誘いへの返答の明言をいったん避け、とりあえず自己紹介することにした。

 少女は、うっかりしていたといった年相応の表情を見せ、ギターを傍らに置いて話し始めた。

 

「私はルーシー。まあ、芸名だけど」

「芸名?」

「そう。有名なギタリストが使っていたギターの名前からとったの。旧文明時代では、ミュージシャンは本名でない名前を名乗っていたらしい」


 少女と僕が同い年ということが分かると、僕の口調も自然にほぐれたものになっていた。

 僕たちは、太陽が西の空に沈んで辺りが暗くなる直前まで、色んな話をした。


 彼女はここから徒歩一時間くらいの村に住んでおり、メジャーデビュー(?)のために、村を出て東京へ行きたいらしい。

 だから僕が、村の掟で東京へ行くことを知ると、ひどく羨ましがった。

 この荒廃した世界で、レーベルが生き残っているかどうかは分からないが、もし生き残っているとしたらたしかに東京だろう。


 彼女は、日没とともに村へ帰っていったが、僕はしばらくここを拠点にして寝泊りすることにした。

 

**


 それからの数日間。

 僕は、一日中彼女の傍でギターの練習を聴き、時には合いの手を入れ日々を過ごしていた。


 「音」+「楽」で「音楽」になるように、音楽というものは楽しい。

 このままずっと、彼女の傍で演奏を聴いていたいと思った。


 聴くのも十分に楽しい。

 もし彼女の言う通り、これを一緒に演奏する側になったのなら、どれだけ楽しいのだろう。


 でもきっと彼女の村では、各々が自分の役割をもって共同生活を営んでいるはずだ。

 

 彼女は、毎日ここに来て大丈夫なのだろうかと思った。

 ただ、どこか超然としたところのある彼女には、村の共同生活といった俗世的なことがいまいちしっくりこないし、それを言って彼女がここに来なくなるのは寂しい。

 

 結果として、心に引っ掛かった違和感に気づかないふりをして、僕たちは日々を過ごしていた。


 一週間その生活が続いたとき、しまいには彼女は村を出て、僕と東京へ一緒に旅をしたいと言い出した。

 僕には、旅の同行を断る理由は特にない。


 でも、僕のようないくらでも替えのきく次男以下の男とは違い、女性が村を出ることは困難である。

 村には村の生活があり、荒廃した世界における共同生活は、住民たちの支え合いで何とか成り立っているのだ。


 夜逃げ同然に出てくることは可能かもしれないが、彼女はきっと故郷を失うことになるだろう。

 それでもなお、彼女は僕と旅に出ることを望んだ。


「だって、それがロックンロールじゃん」

「ほんとにその使い方で合ってる?」

「私がそう思うのだから、きっとそれでいい」

 

 いや、ロックンロールの汎用性、高すぎじゃないだろうか……。

 でも、何でもかんでもロックンロールとしてしまうところも、ロックンロールなのかもしれない。

 

 だから僕たちは、綿密に脱出の計画を立て、誰にも見つからないように皆が寝静まった深夜に出発した。

 

 彼女は、ギターとその付属品を自身の背丈ほどあるギターケースに背負いこみ、一箱のタバコと数日分のパンと着替えだけを持って、月も星も見えない曇天に紛れて村を抜け出した。


 ***


 そのまま、音も出さずに一週間、早歩きで進み続けた。

 追手の影もないし、ここまで歩けばいったん大丈夫だろう。


 「そろそろ、弾いても大丈夫かもな」

 

 僕がそう言うと、この旅路でギターを弾けないことに不満そうだった彼女は、タバコの火を消して早速ギターを取り出した。

 

 旧国道沿いの寂れた公園らしき場所で、彼女はバッテリー駆動の小型アンプを取り出して、音楽を奏でだす。

 出会った時に聞いた激しいメロディーとは打って変わって、柔らかく温かみのあるアルペジオ。


 ピックの代わりに使っているコインは、たぶん旧文明時代の五百円玉だ。

 資本主義が崩壊し、通貨の価値がゼロに等しくなったこの時代において、「固くて薄くて持ちやすい」という硬貨本来の性質が初めて活かされるとは、どんな皮肉だろうか。


 同じ楽器から、こんなに様々な感情を引き出す音色が出せるのは、シンプルにすごいと思った。

 

 僕が煙の立ち込める公園のベンチで、曲を聴きながら体を揺らしていると、遠くから何か物音が聞こえた。

 

 何かが走ってくるような音。

 「誰か」ではなく「何か」としたのは、この時代においては人よりも、はるかに犬などの小動物が走ってくる可能性の方が高いからだ。


 でも、走ってきたのは人だった。

 これまで、何があっても演奏が終わるまでは曲を止めなかった、彼女の手が止まる。


「お母さん……」


 どうやら、追いかけてきたのは彼女の母であるようだ。

 その表情は、ひどく怒っているようにも、心配しているようにも見えた。


 この公園は、彼女たちが住む村からは一週間くらい歩いたところにある。

 それでも追いつくということは、彼女の母が休む間も惜しんで僕たちを追いかけてきたことが分かる。


「天音! 何やっているの!」

「……ごめんなさい」

「いいから帰るわよ! みんな天音がいなくなって心配してるのよ!」


 こんな形で分かるとは思わなかったが、彼女の本名は天音というらしい。

 どこか浮世離れした彼女には、ピッタリの名前だと思った。


 でも、ひとたびギターを持てば、「天音」というよりは「リリー」と呼ぶのにしっくりくるような、パワフルな声と演奏を見せてくれる。


 彼女の母は、天音の腕を取ると、来た方向へと戻ろうとした。

 そこで、天音の横に座る僕のことに気づく。


「あら……。どなた?」

「あ、初めまして。僕は天音さんと一緒に東京へ旅をしている――」

「東京!? 東京ですって!?」


 彼女の母は、東京という言葉に過敏に反応した。

 それから、天音に向かって嫌悪感をあらわにして怒鳴る。


「あの人がいる東京へ行くっていうの!?」

「違くて……。あのね、母さん。私は……」

「あなたも、私を捨てて東京へ行くのね!」


 後から知ったことだが、天音の父は若くして東京へ向かい、それから今まで帰ってきていないらしい。

 この時代において、彼女の母は苦労しながらも、天音を女手一つで育て上げた。


 そんな最愛の娘が、父親としての役目を果たすことなく上京した人間に会いに行こうとしていると思ったみたいだ。


 ヒステリックに怒り出した彼女の母親をなだめようと泣きそうな顔で説得する天音は、普通の年相応の女の子のように見えた。

 

 僕は、そんな天音の手をそっと握る。

 すると、天音の体の震えが少し止まったように見えた。


 それから、いよいよヒートアップしてきた彼女の母親の目をしっかり見て、静かに告げる。


「天音さんは、東京へ音楽をしに行くんです」

「音楽!? そんな、生活の役に立たないものを……」

「たしかに、生きるのに精いっぱいなこんな時代ですけど、だからこそ音楽の力が必要だと思うんです」


 彼女の母親は、いきなり話に入ってきた第三者に冷静さを取り戻したのか、ひとまず話を聞く姿勢は見せてくれた。

 僕は、この機会を逃さないように早口で言葉を続ける。


「僕は、彼女の歌と演奏には、他の人を元気づける可能性を感じました」

「そう……。娘にそんな才能が……」

「はい。僕は、彼女のそばで、ずっとこの音楽を聞いていたいと思いました」

「そうなのね。……ちなみに、あなたは天音とどういう関係なの?」


 彼女の母にそう聞かれて、一瞬僕は言葉に詰まる。

 

 頭のなかで、質問が何回も反芻された。

 僕と天音は、どんな関係なんだろう。どんな関係になりたいんだろう。


 しばらく考えていると、繋がっていた僕たちの手が、天音によって強く握りしめられた感覚があった。

 天音の手は僕の手よりもすごく小さくて、指先はやっぱり弦のタコで硬くなっている。


 初めて会ったとき、この手を差し伸べながら、僕をバンドに誘った天音の顔が脳裏に浮かぶ。

 僕は、想像のなかで差し伸べられた手を掴む代わりに、天音の手を握り返した。

 

「僕は……。まだ楽器も何も分からないですが、彼女のバンドメンバーになりたいと思っています」

 

 僕がそう言った途端、天音が息をのむ音が聞こえた。

 そして、先ほどまでのビクビクした表情から一転、喜びを隠しきれない表情で彼女の母の目を見つめる。

 

「ねえ、お母さん。私の……いや、私たちの音楽、聴いていってよ」

「……そうね」


 彼女の母は、天音の表情を見て、何かを諦めたかのように息を吐いた。

 でも、その横顔からは悲しみだけではなく、娘の成長を喜ぶかのような前向きな喜びも感じると思うのは、少し都合よく考えすぎだろうか。


 天音が、ギターの弦を鳴らす。

 Bmコードから始まる、どこか切ないムードの漂う曲。


 ――かと思いきや、天音のテンションを反映したかのように、曲は激しさを増していった。

 

 きっと、音楽理論からは外れている滅茶苦茶な曲。

 出したい音をただ感情の赴くままに鳴らしているだけだ。


 でも、その至近距離の爆音の無秩序さが、彼女の母の心を打った。

 彼女の母の目からは、一筋の涙がこぼれる。

 

 天音は、「私たちの音楽」と言ってくれたが、僕はまだ楽器も何も弾けないので、とりあえずリズムに合わせて手を叩くことしかできなかった。

 でも、それだけで、天音と僕の何かが繋がった気がした。

 

 これが、ロックンロールなのだろうか。まだ分からない。


 何かを掴みかけたそのとき、唐突に始まった演奏会は、唐突に終了した。

 感情を高ぶらせすぎた天音の手から、ピック代わりのコインが飛んで行ってしまったからだ。


 でも、彼女の母は、満足したようにゆっくり頷いて、拍手で娘を称える。


「分かりました。天音。あなたはあなたのやりたいことをしなさい」

「ありがとう、お母さん」


 そのまま、彼女の母はギターを持ったままの天音とハグをした。

 天音も、力強くハグをし返す。

 

 そこで、彼女の髪から煙の臭いがすることと、近くに落ちていた吸い殻に気づいたようだ。

 涙を引っ込めて、毅然とした表情で彼女に告げる。


「天音。タバコは止めなさい」

「ええー! ロックンロールなのに?」

「それが何か知らないけど、タバコは健康に悪いからダメよ」

「そんな……!」


 そう言って、彼女の母はタバコを没収して、最後にもう一度娘を振り返り、元の道へ帰っていった。

 天音は、自身の母親が消えていった方向を見つめながら、小さい声で「ありがとう」とつぶやく。


 それから、僕の方に振り返って、彼女の母にしたのと同じように、力いっぱいのハグをした。


「これからもよろしくね、バンドメンバー第一号さんっ」

「ちなみに、天音のファン第一号でもある」

「私、ギターを弾くときはリリーなの」

「はいはい、ごめんごめん」

「もう!」


 天音の神秘的なベールに包まれた部分が暴かれたことと引き換えに、僕たちの距離はもっと近くなったように感じる。

 年相応の女の子だった天音と、ずっと昔から一緒にいたような、そんな心地よい幸福感だ。


「とりあえず、もう一本ギター探すか」

「あ、ギターはもう大丈夫。それより、ベースかドラムをやってほしい」

「え、そうなの? それ何? 楽器?」


 バンドのことを何も知らない僕にとって、ここから先は前途多難かもしれない。

 でも、天音と一緒なら何とかなる気がした。


 天音は、きょとんとする僕を見て笑いながら、今度はしみじみと言った。

 

「ロックンロールは、宗教と愛情の良いとこ取りなのかもしれないね」

「それは……母と娘の愛ってこと?」

「さあ? どうだろうね?」


 今度は僕も答えを返すことができた。

 でも、答えは外れていたみたいで、僕は迷える子羊のごとく表情で天音を見つめる。


 天音は「ふふっ」と神秘的に笑うと、ギターをしまって僕の肩に寄りかかったきた。

 

 自由な二人の若者の門出を祝福するかのように、煙も雲もない澄んだ綺麗な空には、満天の星が輝いていた。


 【了】

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文明の衰退した世界で、バンドメンバーを探す少女の話。 上ノ空 @OSoraku_Sora

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