神のいたずら

風馬

第1話

神は思い悩んだ。その姿はどこにも見えなかったが、彼の周囲の空気が重く、しばらくの間、動きがなかった。彼は人間の世界において、もう何世代にもわたって続いてきた信仰や儀式が、今や科学という冷徹な力に押し流されていることを感じていた。人々はもはや、彼に願いを託すことなく、機械やデータに頼るようになっていた。


 「このままでいいのか…?」


 神は自問自答した。かつて、彼は人々の心に確固たる存在として君臨していた。豊作を祈り、大漁を願い、病を癒す力を持っていた。しかし今や、科学者たちはすべての現象に解答を与え、薬品や技術で解決する時代となった。


 「私の存在が、無意味になってしまうのだろうか?」


 そのとき、神の心にひらめきが走った。


 「もしも…私が“科学”を使いこなせば、どうだろう?」


 神はしばらく黙って考えた。人間たちの発展した「科学」は、もはや神が持つべき知識を遥かに超えているように見えた。しかし、神はこれまでの歴史を思い出すことができた。人間の持つ知識や技術を遥かに超えたものは、かつて彼自身が持っていた“存在そのもの”だということに気づいた。科学の進歩がどれだけ進んでも、神の“本質”には勝てないのではないか。


 「もし、私がその科学を使いこなすならば、人々に新たな力を示し、再び敬われることができるのではないか。」


 神は試してみることに決めた。


 まず最初に彼は、人間の「科学」がどれほどの力を持っているのかを知るために、その源を探し始めた。無限の情報を手に入れるため、彼は人工知能の世界へと足を踏み入れた。膨大なデータと計算を瞬時に処理できるその力は、彼にとって新しい武器となりうるものであった。人間たちは、すでに遺伝子編集や量子コンピュータといった未知の領域に足を踏み入れていたが、神はその背後にある原理に直接触れることを目指した。


 数日、いや数週間にわたり、神は人間の知識の全てを解析した。彼の心はその途中で何度も混乱し、挑戦を感じたが、次第にその膨大な知識の中に自分の新たな可能性を見出すことができた。


 「これなら、科学と私の力を合わせることができる。」


 神は思った。


 だが、単に科学を使いこなすだけではなく、科学を“神の意志”と結びつける方法を見つけ出すことが重要であった。機械的な冷徹さに感情や命を吹き込む、それが神の新たな力となる。科学と神の本質を融合させることができれば、もはや人々は彼を忘れることはなくなるだろう。


 「私の力を、新しい形で表現する時が来た。」


 神は決意した。


 科学の力を借りて、神は世界に新たな奇跡を起こす準備を始めた。人々が見過ごしていた可能性を引き出し、失われた役割を取り戻すために、科学を使いこなすことこそが新たな道だと確信したのだ。


 その第一歩として、神は新たな医療技術を開発することを決めた。病気や老化に苦しむ人々に、科学と神の力を合わせた治療法をもたらす。それが、神の復活を助ける第一歩となるだろう。


 そして、神の姿は見えないまま、再び人々の中にその存在を感じさせるのだった。


神が科学を使いこなす方法を模索してから数ヶ月が過ぎた。彼はその間、無数のデータを処理し、人間の知識と神の力を融合させる方法を試行錯誤していた。彼は新たな治療法を開発し、奇跡的な効果を上げることに成功した。その成果はすぐに評判となり、人々は再び神に感謝の祈りを捧げるようになった。だが、神は気づいていた。科学の力を使いこなすことができても、それは単なる表面的な復活に過ぎないということを。


「これで満足してはいけない。科学だけでは本当に人々に私を感じさせることはできない。」


神はさらに深く思索を重ねた。新たな方法を見つけなければならない。そして、ある日、神はふとひらめき、にやりと笑った。


「そうだ、遊びだ。いたずらだ。」


神は不意にいたずら心が芽生えた。彼は、人間の期待に応え続けることに疲れたのだ。ならば、期待を裏切ってやろう。神は、科学を使って奇跡を起こす一方で、時折不思議な、意味不明な出来事を起こしてみることにした。


ある日、神は突然、全世界で一斉に天気を変えることに決めた。晴れの日に突然雪が降り、雨の日に太陽が照りつけ、風の強い日にまるで時が止まったかのように静けさが訪れる。人々は混乱し、科学者たちはその原因を解明しようと必死に調査を始めた。しかし、どんなに調べても、それを説明するための理論や証拠は一切見つからない。まるで自然の法則が一時的に崩れたかのようだった。


その後、神はさらに奇妙な出来事を続けた。高層ビルの窓ガラスが一斉に反射し、全世界で一つの巨大な光の球が空に浮かんだり、予告なしに動物たちが集まり一斉に行進を始めたりした。人々はすっかり困惑し、科学者たちは「これは一体何なのか」と頭を抱えた。


そして、ある日、神はついにその真意を明かす時が来た。彼は、人々が「科学」や「理屈」だけでは説明できない出来事に遭遇することで、もう一度、自分の存在に気づかせたかったのだ。神はただの法則や計算を超越した存在であることを、無理にでも思い出させたかった。


その日、神は静かに地上を見守った。人々は少しずつ、また祈りを捧げるようになったが、それは恐れからではなく、むしろ不思議な力に対する感謝と畏怖の念だった。科学と神、どちらも人々の生活に欠かせない存在となり、神はそのすべてを受け入れた。


しかし、神はふと思った。


「でも、たまにはこうして、ほんの少しだけ、いたずらをしてもいいのかもしれないな。」

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神のいたずら 風馬 @pervect0731

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