才能
風馬
第1話
部屋の中央で一際大きな机に腰掛けている青年がいた。彼は一日のほとんどをここで過ごしている。席を外すのは食事かトイレの時くらいである。机の上はきれいにしてある。部屋の雰囲気からいうと、渋谷駅前の忠犬ハチ公といったところだろうか。何かを待っているというよりも、何もすることが無く遠くを見つめているといった方が近いかもしれない。そんな彼の静寂は、ある男によって破られた。
「評価を伺いに参りました。」と言って差し出された手の上には、四角い形をした金色に輝く美しいライターが載せられてある。彼はそれを手に取り、神妙に見つめている。
彼はこの会社の商品開発課の課長。彼の若さからいえば異例の出世といえる。
「出来映えは如何でしょうか?」
そう男は言って、何か祈るような目つきで彼の答えを待っている。
「だめだ。」と彼が呟く。男は答えを聞いてライターを受け取ってから、部長のいる部屋へ急いでいった。
課長である彼は社長の息子である。
俗にいう血縁で会社に入った人間である。彼が何の取り柄もなく、この会社に入れたのも親の意向によるものだった。彼の父親は、高度経済成長の時代に独立し、現在ではこの業界でも知れ渡るほどの人物になっている。
入社前彼は、この会社に入るのは大反対だった。当時、学生であった彼は四度就職試験を受験したがいずれも不合格だった。その後、教師と父親と本人とで三者会談が行われ、父親の会社を受けることになった。家に帰っても彼は、不平を漏らしていたが必ず公平に試験するという約束で渋々承諾した。
そして試験日はやってきた。
彼の試験を行った、人事担当の男は思った。長年面接をやっている男の勘である。「彼はこの会社に入っても役に立たない」と。彼は全てのことに平凡であったのだ。試験の結果も平凡であり、面接についても秀でたところが見あたらなかったのである。強いてあげるとすれば彼の風貌だろう。とても並みの人間とは思えない面構えである。しかも、彼は社長の子である、血が繋がっているのだからどこかに秀でたところがあってもいいはずだ。そんな不鮮明な考えを持ちながら担当官は、風貌と血統で彼を採用したのである。
まるで、客商売を行う会社のように・・・
大方の予想通り彼は一年毎に、総務、営業、経理と会社の部署を転々とし、最後に商品開発部に異動したのである。
当然彼は異動する度に自分の身の危機を感じ、人事担当の男に相談した。そして、その担当官の答えはいつも同じだった。
「君は将来この会社を背負う人間だ、いろいろな経験が必要なのだ。だから、今は我慢しろ。」そう言うしかなかったのだ。そういわれて彼はいつも素直に引き下がった。
いつの間にか彼も将来自分が社長になると信じ込んでいたからだった。実際には、どこの部署でもお払い箱だったのである。
そして最後の最後にこの部に異動してきたのである。この部で、結果を出せなければ、彼は解雇される。今までの成績であれば結果は明らかである。
しかし、奇蹟は起こった。彼は二ヶ月程でこの部でもダメ社員の烙印を押された。彼が開発する作品はひどい物ばかりだった。これまでの成績から言えば当然といえるものだった。この部の部長は彼のナンセンスを生かせないものかと、設計監査課という部署を作り彼一人に新商品の合否の判定を任せたのである。今までにそういう人がいないわけではなかったが、最終的な判断はいつも部長に任せられていたのだ。もし、ここでもダメなら、残りを窓際で過ごして貰うつもりだった。そして、部長は彼が判定した二作品を手に取った。合格と書かれた作品は、長年経験を培ってきた部長にとって傑作といえる程の物ではなかった。もう一つのほうは、不合格と書かれている。確かに、見るべき処がないと思った。部長が最後に下した判断は、二つの作品の商品化である。
2つの商品の売り上げ等は部長にとってどうでも良かった。失敗を覚悟してでも、彼の才能をどうしても知りたかったのだ。
彼が合格と判定した作品のほうは、客の目には留まらず売れ行きも過去最低を記録した。しかし、不合格だった作品の方は、売れたのである。しかも、こちらの方は過去最高の売り上げだった。困惑したのは部長本人だった。彼が判断したものとは全く反対の結果が出てしまったのである。そういう結果を期待してなかったわけではないが実際に売れるとそれどころではなかった。それを本人に告げるべきかどうか、いろいろ悩んだがいわないほうがいいという判断をした。結果は部長にとっていいほうに傾いた。何故なら、当時彼がそれほどこの仕事に情熱を注いでいなかったからである。普通の人間なら自分で判断した商品が売れているかどうか、店に顔くらいは出すものである。しかし、彼はそういうことをしなかった。結局、結果は本人が知らぬまま一年が過ぎた。
男はノックをして部長室に静かに入った。自分の作った新製品の報告をするためだ。
「『だめだ』といわれました。苦心して作った製品なのですが・・・。」
「そうか。ご苦労だった」と部長は告げながら、久しぶりの合格品だと思った。実際最近報告される製品は彼の言う合格品ばかりでおもしろくなかったのだ。
「あのう・・・。お聞きしたいことがあるのですが・・・。」と男は部長にいった。
「何だ、改まって。君のことなら心配いらんぞ。私がしっかり査定をしてやるから、安心して仕事に精を出してくれ。」
「いえ、私のことではないのです。自分で言うのも変ですが、私は常日頃から忠勤に励んでいるつもりです、しかし、課長はいつもボーッとしていて私たちの作った製品の善し悪しをいうだけです。そういうことならいないほうがいいのではないのでしょうか?」男は真剣にいい、部長の答えを待った。
「君の言うことはもっともだが、課長は君や私らとは隠れている才能が違うのだ。この事は誰にも言わないでくれ。君と私の秘密だ。どんな才能を持っているかはとても言えないが。」
男は納得したのか、すごすごと部屋を出ていった。
それから10年後、彼はついに社長になった。前社長が引退したのだ。社長になった彼は、今までとは別人のように一生懸命働いた。
手始めに過去に自分がデザインした作品を製品化した。提出された作品の中から、社長が自ら優れた作品を選び商品化した。業績は途端に下がり始めた。それを知って社長はさらに働いた。昔、人事担当の男が言ったように社長になれたのである。いろいろな部署を転々とし、10年間製品開発に携わった実績が自分にはある。今まではとても一生懸命働いているとはいえなかった。その間会社は少しずつだが業績も上がり、自分もそれを追うように出世をしてきたのだ。今この会社があるのも自分の実力と共にがあるのだという自負が彼にはあった。その社長である自分が一生懸命働けば会社の業績は必ず上がると信じた。
果たして、彼が一生懸命働いた結果、そして、彼がデザインした商品を客はどう見たのであろうか・・・。
才能 風馬 @pervect0731
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