ロード・オブ・パンゲア
イマジンカイザー
たびのはじまり
「オラっおいコルルァア、さっさと起きねぇか新入りィ」
嗄れて、大声で、とにかく耳障りなこの怒号。誰だって嫌になる。
ここは辺境スペース・エウロパス。この宿屋オアシスは如何なる信条・人種宗教思想のヒトも受け容れます。どうぞごゆっくりおくつろぎください。祝詞みたいに復唱させられ、二週間かけてようやく覚えた長台詞。これが空で言えるようになってから、日当代わりに貰う拳骨が三つ減った。
粗末な布団だけが敷かれた横穴を出て、朝飯だと手渡された煉瓦の欠片みたいなものを喰らい、雑作に吊るされた制服に袖を通す。
親に捨てられた経験はある? ボクはあるよ。『あなたも男なら、食い扶持くらい自分で稼ぎなさい』。母様はそう言ってボクをこの辛気臭い宿屋に残して出て行った。どうしてそうなったのか理由も告げずに。
ボクの名前はフィル。寝ている間に母様にすべてを押し付けられ、行き場をなくした哀れなガキさ。
食い扶持ったって十二のガキに何が出来る? 店長は孤児の押し付けだって憤慨し、働かざる者食うべからずとボクに小間使いを押し付けた。
もうかれこれ一ヶ月。最初の数日は隙を見て逃げ出そうとしたけど、土台無理だと諦めた。理由はふたつ。一つは土地勘の無い場所で闇雲に逃げるのは自殺行為でしかないこと。そしてもうひとつ。というかむしろこちらが本題。
「オウ、来たか新入り。お客様が待ってんだ。寝坊した分きっちりサービスしろよなァ」
店長の太く逞しい腕に紅蓮の炎が渦を巻く。それをそのまま窯に差して種火を作り、昨日捕らえて解体したコカトリスの腸詰めをニ・三束突っ込んだ。屈強な元・騎士団員のセカンドライフ。この近辺で店長よりも強い相手はひとりもいない。
「逃げよう・だなんて思うなよ。俺の炎は荒馬よりも早ェえんだ。仏の顔も三度まで、だぜ」
誰にだって扱えるモノがボクにはない。どれだけ使い方を教わろうと、如何に強く念じようと。ボクの腕から炎が噴き出すことは無い。曰く『ここまで運に見放されたヤツは初めてだ』だとさ。
こんな自分に何が出来る? どこまで遠くに逃げようと、火炙りにされれば一発ゲームオーバー。なら諦めてここでバイトしてた方が、もらう拳骨は少なくて済む。そういうリスクヘッジってわけ。
仕事に誇りさえあれば、ずっと居ても良いと思ったかも知れない。けれど残念ながらここにはそれすらない。なんでかって? 観りゃあ解るだろ?
「ほい、復唱」
「きょうもカンペキ。きょうもカワイイ。宿屋アポピスの美少女メイド・フィーネちゃん。フロア、入りまーす!」
「良し。とっとと行け」
長い髪をツインテに括り、ふりふりのロングスカートにひらひらのヘッドドレス。男なんだよ。ボクはオトコなんだってのにさあ……。
「おはようございますぅご主人さまァ、朝ごはんをお持ちしましたあ」
店長の作ったブレックファーストを盆に載せ、食事を待つお客様に作り笑いでご奉仕。これが食詰めた人間の末路ってか。一芸に秀でてりゃ食い扶持に困らないというけれど。
ここの住民はみんな
腰まで伸びた髪に、色は
「今日も張り切ってるねえフィーネちゃん。ほらよ、チップ」
「ありがとうございますぅ。頑張りまあす」
脱がなきゃ性別なんて解る訳ないんだ。誰もボクを男だと認識しちゃいない。だからこそ小間使いついでにチップを貰えるのだからどうにも歯がゆい。
(やってられるかよ、こんな仕事……)
逃げたい。こんなふざけた場所から逃げ出したい。無論無理だと解っているさ。調理場の隅には長さの不揃いな骨が山のように積まれており、肉切り包丁で店長が卸したそれは……。想像するだけでもおそろしい。
「ようやく配り終えたか。そんじゃあ次は集金だ。うちの宿にタダ飯喰らいは要らねえ。客も、てめぇもな」
ボクが貰ったチップを目ざとく回収し、集金の麻袋を渡される。よくよくと酷い男だ。辺境で支払い逃れしているやつなんか、まずまともじゃないと分かっているくせに。
「りょーかいしましたっ」
なんて、口に出せば殴られるのは分かってる。苦々しい言葉を作り笑いで隠し、七面倒な迷惑客の元へと向かう。
二階へと続く階段を登りながら、教えられたことを頭の中で反芻。宿代は一日十二クレジット。半日ごとに六の加算。あなたは五日分を滞納しています。払っていただけないのであれば――。
「ここか」
宿の端っこ、ベッドと衣紋掛けくらいしか無い粗末な十三号室。何が楽しくてこんなうさぎ小屋に泊まるんだか。
よそう。泊まる側の事情なんて考えてもしようがない。声を出すべく息を吸い込んで、強すぎるアルコールの臭いにむせ返る。
「な、なんだ……これ?!」
ここで給仕をしていれば、酒の臭いくらい日常的に嗅いでいるさ。けれどこれはレベルが違う。うちに置いてある酒全部を混ぜ込んで、汗とともに
(いやいや、ムリでしょこれ。死ぬよ、絶対死ぬ)
そこの窓から飛び降りて逃げ出すか? 目ざとい店長のことだ。窓から跳び降りれば、炎の防壁か輪っか状の火縄が待ち構えているに違いない。前門の虎・後門の狼ってやつ。どちらに転ぼうが苦難からは逃げられない。
だったら受けて立つしかない。ごくんと唾を飲み込んで、作り笑いで戸を開く。
「うるせェな。こちとら二日酔いだぞ。ドンドン叩くんじゃあねえ」
その先で待っていたのは、肩くらいまで伸びた鈍色の髪をざんばらにした、マリーゴールドのおっかない目つきのおっさんだった。髪どころか髭さえ剃っていないぼさぼさで、着古した藍色のセーターと黒のジーンズは焦臭くて穴だらけ。酒壜を十数本床にばら撒き、今も麦酒を呷るように呑んでいる。そりゃあこんな臭いになるわけだ。とても、素直にカネを払ってくれる人種とは思えない。
(けども、妙だな)
ここはパンゲアの果ての果てだ。治外法権をいいことに宿賃を踏み倒す輩は腐るほど居る。だからこそ店長はあんなに強いし、この宿屋はリターンを伴って経営出来ている。
五日も滞納している相手なんて、少し炙って脅してしまえばいいのに。なんて思って眺めていると、おじさんがこちらに気付いたようで。腫れぼったい目でボクを見て。
「待てよ。待て待て待て。考えてるな。俺が六発かまだ五発か―-。正直言うとな、俺も夢中になってて、数を数えるのを忘れちまった」
「はい?」
鈍色の髪の毛をばさばさと揺らし、自分の足元を手探って。そこには酒瓶しか転がっていない。彼は探すのを諦めると、ボクに向けて薬指小指を曲げ、中指人差し指を突き付ける。
「だがよ、こいつは44マグナムってェ世界一強力な拳銃だ。お前のド頭なんざ一発でフっ飛ぶぜ。それでも相手したいってんなら……どうすんだ、エエ?」
オーケー。なんとなく事情は掴めてきた。あのクソ店長、話の通じないイカれ野郎をボクに押し付けたな!?
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