ゆるブラック社畜

 最強の爆弾オーピーダイナマイト――。



 これは人の悩みや考え事を消滅させるという全人類が熱望しているマジックアイテム。

 オーピーダイナマイトはボムのような見た目だが、人体には一切影響せず、人の悪感情だけをきれいさっぱりに取り除くという。




 ――――的なことは一切ない。

 


「ふわぁ~~……」


「おはよう!」


「……あぁ、おはよう」


「おはようございます!……でしょ!」



 俺が気持ちよく通勤しているのも関わらず、背後からドンと叩いてきたこの女は夢幻志保むげんしほ。会社の先輩だ。



「まったく……、天方あまがた君は同期の氷雨ひさめ君と違って敬語のも知らないの?」


「知ってるけど使い方を知らないだけだ。お前みたいなポンコツ先輩には尊敬する事なんてねぇよ」


「……餓鬼ね。だから人気ないんだよ」


「俺は芸能人でもなんでもねぇからそういうのはいいんだよ」



 はぁ……と呆れる夢幻は俺のケツをパンッと一蹴り。

 小人を全方向に引き伸ばしたような体型をしている彼女から繰り出される蹴りはまるで幼稚園児のようだ。

 パワハラだと一言言ってやったが、聞く耳持たずで、俺を残して走り去って行った。



「四十連勤目の朝なのになんで元気なんだ……?」



 

 夢幻に遅れを取り、出勤時間ギリギリに会社についた俺は「あす……」と小言で挨拶しながら自分の席に座る。

 もちろん誰も挨拶を返してくれないし、それどころか俺の姿なんて見えていないようだ。


 だが、これでいい。


 逆にのように毎日がパーティーピーポーのパリピ族だったら、全員に笑顔を振りまきながら、ホワイトニング並みの真っ白な歯を輝かせながら挨拶をしなければならない。

 あぁ……。きも……。



「天方さん。デスクの上にある書類に目を通して置いて」

「はい」

「あと、今日も君には特段仕事無いから。大人しくサーバーの監視をしていてください」

「はい」

「その書類は夕方の会議で君以外が使う資料だから念のためにチェックだけしておいて。もし何かあれば付箋だけ貼って。それだけでいいから」



 そう。

 俺の会社はゆるブラック企業の中のブラック企業。ティアで言うとブラック度A中のSというところ。

 特段何も忙しくないのだが、約三時間に一度サーバーに不備が出るので、定時後も深夜までオフィスに居座り続けている。

 というか俺が無能ゆえなのだが……。



林間はやしま先輩。この書類って……」


「二度も同じことをこんな短時間で言わせないで。君は所詮繰り上げ合格のオマケ社員なんだから。そもそも君に任せるくらいなら同期の氷雨君にお願いしたいところだけど……、生憎彼は兼業の営業部で忙しいからしょうがなく君に仕事を上げたの。感謝してほしいくらいです」



 まだ何も言ってないのにこの始末。まじでくそ。

 居たわ~こういうイキってるバイトリーダー。

 ……とでも言ってやりたいがここはれっきとした会社だし、俺が何も出来ないから起きていることなので仕方ない。



「……すいませんでした」



 林間先輩はSOCチーム――ざっくり言えばサーバーとか周辺環境の監視・管理をしている――のリーダーで、俺より年下の先輩だ。

 まだ二十歳になったばかりなのに常に凛としていて、誰に対してもきつい(俺には特段格別に)。その上、愚痴も多いし、嫌がらせを見えないところで特定の人間(俺)にしてくる。

 このというのがさらに陰湿で、まさにネットに蔓延るチー牛。


 とにもかくにも、俺は指示された書類(三枚)に目を通して、パソコンとにらめっこを始める。

 今日もまだサーバーにエラーはない。



 ――さぁ、今日も職場ニートを始めるか。

 





 うわぁ~。

 うわぁ~、どうしよ~。


 俺は今まさに「気まずい瞬間」に直面している。

 

 今日は華金。

 サラリーマンが待ちわびた解放の日。

 普段は厳しい上司も、この日ばかりはどこか穏やかで、ゲームを買ってもらって今すぐにでも家に帰りたい小学生のようにそわそわもしている。

 いつもの俺ならいち早く帰ってアニメでも楽しみにするのだが、目の前には同じ部署の人間達で飲み会をしようという香しい会話をしている(俺を除いて)。

 

 別にその輪に入りたいという訳では無いが、輪から外されているという現実を人目の前でくらわせられる事が普通につらい。

 


「橘く~ん! 橘くんも一緒に行くよね?!」


「え? まぁ俺も行っていいならいきますけど……」


「モチのロンだよ! も行くよね?!」


「まぁ、はい」



 氷雨章文ひさめあきふみ

 彼は同期でナンバーワンの、所謂主人公というやつで、営業部の星とか英雄とかなんとか。

 まぁとにかく俺みたいな日陰者にとってはウザいやつ(妬み)だ。



「天方。お前も行くよな」

 

「え、あ、いや……」



 はい来ましたぁ! 会社で気まずいランキングトップテンに入るやつ!

 嫌われてるやつを人気者が誘う瞬間はいつまで経っても耐えらんねぇ。

 高校の時も「クラス会」に、体育祭の応援団の奴が俺に気をかけて誘ってきたがめちゃくちゃ嫌だった。

 男子はともかく、女子のヒソヒソが止まらなかったなぁ~。

 現に今でも氷雨以外は「なんで誘っちゃうかなぁ~」とか「こいつには黙っててよ~」的な言葉が止まらない。


 

「俺は……、用事あるから……」


「……そっか。ごめんな」


「いや、こっちこそ……」



 これが一番無難だ。

 けどこれでも女性陣の「きもっ」とか「よかった~」とか……。

 断ったら断ったでギャーギャー言われるし誘いに乗れば「ごめん。やっぱり飲み会無くなった」とか嘘つかれるし、最悪ストレートに……。

 想像したくもねぇ。

 

 じゃあどう答えれば良かったんだよ!!! と、俺は心の中に刻みながら、定時まで何食わぬ顔でパソコンとにらめっこをして、さも何かやってますよ感を出しながら定時を迎えるのであった。




 定時後。

 周りの人が飲み会に向けて支度をしている間、俺はそそくさと会社を出た。

 そして万が一、電車とかバスで飲み会軍団と鉢合わせをしないように、わざと遠回りで飲み屋街から離れた道を辿って家についた。

 風呂に入り、洗濯をして、少しダラケる。これが毎晩の唯一幸せな時間だ。

 誰にも邪魔されない俺だけの空間でなおかつ今日は金曜日。


 ……せっかくなら一人で酒でも飲むか。

 飲み会帰りの同じ部署の人間とは絶対に会いたくないので、マスクをつけてフードを被り、部屋を出てコンビニに向かう。



「はぁ……」



 俺の不甲斐なさがが、こうでもしないもやってらんない。酒だけが俺の友達。俺はただ友達を迎えに行くだけだ。

 心にそう言い聞かせて、玄関の扉を開けるとそこには――。



「貴方は神を信じますか――?」



 壊れかけの蛍光灯が反射する、オレンジ輝く長髪の女が居た。




 数時間。



「……てな訳で、貴方に世界を救って欲しいです」


「……いや。一段落した感ありますけど何も説明してないですし。ていうか誰ですか?」



 女性は名乗りもせず、出会い頭に「世界を救え」と、そう言った。

 


「まぁまぁ、どうにもこうにも救うか救わないか。二つに一つです」


「その二つの前を説明してくださいよ」


「では立ち話も何なのでどうぞどうぞ――」


 

 女はグィっと体を玄関に入れて来て、俺を押しのける。

 


「ちょっ、警察に――」



 俺が女の肩を掴んで引き止めようとすると、女は嫌な事を聞かれたかのように怪訝そうな目で俺を睨む。



「――なんだよ」


「それはコチラのセリフです。のくせして、まだこの後に及んで不法侵入がどうとかを気にしているなんて脳みそが腐っているのでしょうか?」


「死ぬ一歩手前……? ていうか言い過ぎだろ」


「あぁ、申し訳ございません。説明を省きすぎました。貧弱な人間には結果だけでなく過程も説明しないといけませんね」



 こいつは一回一回余計な事を言わないと気が済まないのか。


 ……いや、しかし、彼女が暴言を吐く理由は分からなくもない。

 何故なら、彼女の麗しい髪や顔とは反対に、服はボロボロの薄汚れた白いワンピースで、目を凝らせば露出している腕や足には切り傷のようなものが大量にある。

 

 一旦、彼女の発言は置いておくとすると……。単に動揺して支離滅裂なだけだろうか?

 もしかしてストーカー? あるいは人さらい? それとももっとおおごとな……。

 


「兎にも角にもとりあえずご飯をください。お腹が空いて万引きの一つも出来ません」



 彼女は凛々しい顔でそう言った。

 あたかも当然のように。

 人からご飯を与えられる事が日常で、物取りがまるでれっきとした職業であるかのように。


 俺は「ふぁ?」と思わず力が抜けてしまったが、彼女の目は本物で、先程までの余裕を含んだ笑みをギリギリ保っていつつも、本気の物乞いをしているのだと、小刻みに揺れる体から理解出来た。


 しかし彼女を家に入れてもいいのだろうか?(もう既に入ってはいるのだが)

 ここで彼女を突き返して、確定した未来であろう面倒くさい事を避けられるのだが、いくら外道で底辺の俺でも出来ない。

 晴れた夜に全身ボロボロの美女。

 

 冷静に考えれば訳あり(主にヤクザや夜の世界関連)女ではあるのだが……。

 


「とりあえずどうぞ――」





 二時間後。

 彼女は盛大にご飯を平らげた。

 

 冷凍していたストックご飯は全てなくなり、合計で軽く5合くらいはあったはずなのだが、冷食のアジフライ一匹と共に全て無くなった。

 ダイ◯ンもビックリの吸引力のお陰で、ご飯を出しても出しても「お腹減った」。クソが。

 

 しかしまぁ……。

 なんとも幸せそうな顔をしやがるもんだな。



「ご馳走様でした!」



 ご丁寧に両手を合わせて綺麗に完食。  

 作った方も気持ちいいもんだ。

 まさかこの歳になって、こんな美女に料理を振る舞うことが出来るなんて思ってもいなかった。

 正直、もっとマシなものがあれば良かったとも若干後悔している。



「美味かったか?」

「はい! とても美味しかったです!」



 綺麗な笑顔だ。

 この子にならご飯をいくらでも与えてやりたい。


 会社ではこんなことなかったな……。

 誰かに喜ばれることの嬉しさ。長らく忘れていた。


 地元に居たときは友達や親から望んでもいない説教をされて、ムシャクシャした思いのまま面接に行ったけど、そこでも人格否定の説教面接。

 なんとか圧迫面接をくぐり抜けて、めでたく入社してもお荷物扱い。

 どこに行っても誰といても常に否定しかされてこなかったここ数年。

 そんな毒に塗れた俺にとっては、彼女の純粋で真っ直ぐな、幸せの笑みはなんとも心が痛気持ちいい。



「さてと……」



 俺がホンワカと美女の笑顔に浸っていると、彼女は手のひらを合わせたまま正座を崩して、ゆっくりと立ち上がり、そして――。



「チェ~ンジ!」

「……え?」



 突如として彼女の全身から白い煙が勢いよく噴射された。

 

 俺は咄嗟に手で顔を隠した。

 ゆっくりと薄目で、指の隙間から見えるのは真っ白な煙だけで、家具も彼女も全く見えない。

 

 勘をたよりに玄関の方に向かうが、足は何かの角にぶつけるし、頭も出っ張りにぶつける。

 しかしやっとの思いで外に出て、玄関を開けっ放しにしたまま中を見た。

 しばらくして煙は徐々に消え去っていったが、そこにはまたもや俺の目を吹き飛ばすような光景があった。



「ゴホッ! ゴホッ! ……やっぱり慣れないなぁ~」


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 目を潤和せた白髪の幼女が居た。



 

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