生徒会のミーティング(一)

「最初の報告事項としては、昨日から日延べしていた結城姉弟が当地に到着し、これにて当初予定されていた要救助者の救護作業は無事に終了したことになります」

 書記の小橋は淡々と報告した。

「結城姉妹は、明日のオーバーフロー現象より一日遅れでレベルあげ作業に入る予定です」

 ここまでは、いいんだ。

 と、小名木川会長は思う。


「本日のオーバーフロー処理も、おおむね問題なく終了しました。

 レベルアップしたプレイヤーは格段に増え、レベル十越えのプレイヤーが一気に五十名以上となりました。

 中には、レベル二十を超えたプレイヤーも居ます。

 全プレイヤーのレベルアップ事業については、順調な推移で進行している、といえるでしょう」

 小橋書記は、ここで一度言葉を切る。

「反面、各プレイヤーのスキルに多様性が乏しく、少し変わった特性を持つモンスターへ対抗する手段が限られている。

 という反省点が明らかになりました。

 これについて生徒会は、有効な対空戦能力ならびに貫通力や破壊力に優れたスキルを急ぎ開発するよう、全プレイヤーに通達。

 これに成功したプレイヤーには十万CP以上の賞金を授与する、と公表しました」

 結局、出来ることを順序よく増やしていくしかないしな、と、小名木川会長は思う。

 対モンスター戦においては、これからも頻繁にこちらの欠点が露呈していくはずだったが、焦っても仕方がない。

 全プレイヤーで対策を考え、効果のある方法を浸透させていくしかない。

 地道な作業だったが、他に有効な方法を思いつかなかった。


「ええと、次に、特記事項として、トライデントの人たちが、神格、というのですか。

 その、システム公認の、神様っぽい存在と遭遇、平和裡にお別れしています。

 どうもこの世界は、そういう存在も居る世界のようでして、ええ、思ったよりもファンタジーな世界だったんですね。

 他のプレイヤーも同様の存在と遭遇する可能性があるとして、トライデントから発案された対応策については別紙にまとめていますので、あとで目を通しておいてください。

 これで問題がないようでしたら、明日、全プレイヤーに向けて注意事項として通達する予定です」

 これも、まあいい。

 問題がまったくないとはいわない。

 が、トライデント側から提出された注意事項も、おおむね妥当な内容といえる。

 この内容に従って相手を怒らせたとしたら、それは、運が悪いと思って諦めるしかない。

 神格、上位存在とは、つまりはそういう性質のもの、であるらしい。

 今回のトライデントの遭遇が、どうか例外的な事例でありますように。

 小名木川会長としては、そう祈るしかない。

 ぶっちゃけ、これ以上に面倒が増えるのは、勘弁して貰いたかった。


「次に、今後の課題になりますね。

 ええ、すでにご存じの通り、本日午後、中央広場において、プレイヤー集団同士の衝突があわや起こるところでした。

 たまたま現場近くに居た副会長、ならびに有志のプレイヤーたち数名が仲裁に入ったことで、実際の衝突は避けられました。

 が、かなりきわどいところだったと思います」

 これが、一番の問題だった。

 これについては。

 と、小名木川会長は思う。

 女子寮チーム(仮)のレベリングが、少しうまくいき過ぎたのが、原因だ。

 女子寮チーム(仮)は、効果的にレベルをあげる方法を、事前に研究していたのだろう。

 人数が多い、という利点も、うまく活かしていた。

 交替で手榴弾を投げて、構成員各位のレベルあげをおこなったあと、その際に入手したクズ魔石をその場で精製して属性魔法用の魔石を錬成し、ほぼ全員での攻勢に切り替えた。

 昨日のうちに魔法処女隊が公開していたノウハウを、最大限に利用した形になる。

 そのため、女子寮チーム(仮)は高レベル者が続出し、レベル十五以上のプレイヤーを最多人数を擁する、市街地内でに最大の精強集団になってしまった。

 うまくいき過ぎたゆえの慢心、も、当然あったのだろう。


 この次第は、以下の通りになる。

 この女子寮チーム(仮)は、一度に十名以上が入浴可能な仮設浴場を購入したのだが、この設置作業中、からかい気味に声をかけた男子生徒に向け、魔法の杖を振りかざして恫喝的な言辞をおこなったことが確認されている。

 多分、きっかけは、他愛のない、やっかみから出た野次、だったのだろう。

 セクハラめいた内容を含んでいたのかも知れない。

 受けた側がさりげなく流せば、それで済んだ、程度のやり取りだった、はずだ。

 だが、設置作業に当たっていた女子生徒たちは、かなり本気で憤り、感情のままに反発してしまった。

 小名木川会長個人としては、どちらかといえば、女子寮チーム(仮)側に同情的な立場だった。

 なんで自分たちで稼いだ金でようやく設置した浴場に、ケチをつけられなければならないのか。

 険悪な雰囲気になった中、たまたま周辺に居合わせた男子たちが集まり、作業に当たっていた女子寮チーム(仮)の人員に、罵声に近い言葉を投げはじめる。

 中には、

「その風呂をおれたちにも使わせろ!」

 などという言語道断な要求も含まれていた、という。

 つまりは、その場に居合わせた人員すべてが、これまでに溜まった鬱憤を晴らす。

 そんな場に、あわやなりかけていた。

 ここに、巡回に出ていた築地副会長と常陸の二名が通りかかり、二人がかりで必死に双方を宥め、説得した。

 この生徒会男子二名は、昨日から小まめに市街地内を巡回し、各プレイヤーから各種の相談に乗っていた。

 そのため、この二名のいい分には、比較的耳を傾ける生徒も多かった。

 結果、この衝突は、どうにか回避された。

 という形になる。


「よく考えなくても、だけど」

 小名木川会長は、所感を述べた。

「スキルを持ち、高いレベルに育ったプレイヤーって、武装した人間と同じようなもんなんだよな」

 今回の事例は、つまりは、武力衝突がすんでのところで回避された、という性質のものだった。

 次に、別の機会に、別の場所で、別の理由で。

 現在、小名木川会長たちプレイヤーを取り巻く状況の中では、いつでも起こりえる衝突だった。

「プレイヤーっていっても、全員、生きている人間、生徒たちだもんなあ」

「ぶっちゃけ、一番の原因はストレスだと思いますけど」

 会計の横島が発言する。

「この異常な状況下で、ストレスを発散する機会もそんなにない。

 だとすれば、こういうことはまた起こりますよ」

「まだ二日目だぞ」

 小名木川会長は、気弱に反発する。

「たった二日で、ここまで来るか?」

「たった二日だから、まだしもこの程度で済んだんでしょうね」

 横島は、怯まずに応じる。

「副会長に呼ばれて女子側の説得および事情聴取を担当しましたが、いやもう、凄く感情的になる子が多かった」

 横島と小橋の二名は、副会長からの応援要請に応じる形で現場に駆けつけ、女子側を宥めるために尽力していた。

「はっきりいいますけど、会長」

 小橋も横島の言葉に頷き、小名木川会長に説明しはじめる。

「ストレス耐性、ことに、今回のような異常な状況に対するストレス耐性には、個人差があります。

 幸い、この場に居る人たちは、だいたい、その耐性が高そうですが」

 そういって小橋は意味ありげに周囲を見回した。

「そういう人たちは、むしろ例外。

 ほとんどの生徒たちは、学校や家庭、普段の生活の場か隔離され、いきなりこんな場所に連れされられた、ってだけでかなりのメンタルダメージを負っているんです。

 そのことを前提にして、対策を考えなければなりません」

「各所に風呂を用意するってのは、どうかなあ」

 庶務の常陸が、のんびりとした声を出した。

「風呂に入る機会が増えれば、ストレス軽減には繋がるでしょ?」

「その程度の予算は、十分にありますね」

 会計の横島が、その言葉に頷く。

「瓦礫をか片付けて更地になった場所も多いですし。

 制度的なことはあとで整えるとして、まずは複数のお風呂を用意するのも手かも知れません」

「あとは、炊き出し。

 それか、有償でもいいから食堂みたいなものもあるといいです」

 小橋も提案する。

「見ていると、みんな、冷たいまま出来合いの食事をしているようですから」

「住宅に関して、なんらかの補助をしてみますか?」

 築地副会長も、いった。

「パーティ単位で、住宅を建てる的に何割かのCPを生徒会で持つとか。

 あるいは、プレハブくらいならすぐに買えますので、仮設住宅としてそれを何カ所かに建てる、とか」

「……やれることを、片っ端からやっていくしかないのか」

 しばらく考えたあと、小名木川会長は決断する。

「よし。

 それじゃあ、その各案を企画書にして。

 準備が整い次第、実行に移そう。

 人手が足りないようだったら、広く全プレイヤーに呼びかける他、モンスターとの戦闘を拒否している子たちにも重点的に声をかけて協力を要請しよう」

 ストレスの元を、ひとつひとつ潰していく。

 今の生徒会に出来ることは、それくらいしかない。

 そう。

 あのトライデントの連中みたいに、この異常な状況に順応出来るプレイヤーばかりでは、ないのだ。

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