第6話

 ランクアップ試験を終えて数日。俺はギルド内でも少しだけ有名になり、街でもそこそこ顔を覚えられるようになった。と言っても、「なんか派手な剣士と戦って勝ったらしい」程度の噂だろう。


 そんなある日、ギルドの掲示板をチェックしようと足を運ぶと、受付のリュカがちらりと俺のほうを見てくる。相変わらずクールな表情だが、少し興味を持っているように見える。


「……ちょうどいいところに。リーゼ・ラヴェルが、あなたと模擬戦をしたいと申し出ている」


「え、リーゼが? この間の試験で痛い目に遭ったんじゃなかったっけ?」


「さあな。俺にも詳しい事情は知らないが、彼女なりに納得できない部分があるんじゃないか。もしくは、再戦であなたをより詳しく見極めたいのかもしれない」


 リーゼがもう一度俺と手合わせを求めるとは、どういう心境なんだろう。前回は俺がギリギリ勝った形だったし、もしかしてあれが気に食わなかったのか?


 とにかく、もう一度彼女とやり合うなら望むところだ。俺はユリウスにも声をかけて、訓練場に向かう準備を始めた。


 


「レンさま、本当に大丈夫ですか? また激しい剣技で襲いかかられたら、前みたいにギリギリにならないか心配ですわ」


「まあな。でも、今回はユリウスが後ろからサポートしてくれるんだろ? それなら大丈夫。少し傷ついてもすぐ回復してもらえるじゃん」


「それは……そうなのですけれど。でも、あまり過信しないでくださいませ」


「へいへい、お嬢様の助言は肝に銘じときますよ」


 こうしてユリウスを引き連れ、指定された訓練場へ到着すると、すでにリーゼが佇んでいた。黒髪のポニーテールを揺らしながら、じっと俺を見つめている。相変わらずクールな表情だが、薄い唇の端に微かな闘志が覗いていた。


 


「来たわね。前にあんたと戦ったとき、あの奇妙な解析能力が気になっていたの。もう一度確かめさせてもらうわ」


「おお、望むところっすよ。俺だってもっと強くなりたいからな!」


「ふん、口ばかりじゃなければいいけどね。そっちの神官……ユリウスだっけ? 途中で回復を入れていいのかしら?」


「うん、模擬戦だからそこは自由でしょ。俺がどれだけ実戦で立ち回れるか見るためにもさ」


「なら、全力で行くわ」


 リーゼが腰の長剣を抜いたとき、空気がぴりりと張り詰める。俺も軽装鎧を整え、虚無理論の感覚を研ぎ澄まして集中。まずは相手の魔力をチェックするが、やはり剣術主体のリーゼには派手な魔力の流れがない。ほぼ肉体強化と剣技だけで勝負しているようだ。


 


「行くわよっ!」


 リーゼが鋭く踏み込み、前回にも増してキレのある斬撃が迫る。まるで見えない弧を描くような剣筋に、俺は咄嗟に身を捻ったが、かすめた衝撃で頬を切られそうになる。


「ちょ、待て待て! ほんと容赦ねえな!」


「当たり前でしょう。あんた、簡単にはやられないんでしょ?」


「そりゃまあ……!」


 そのまま二合、三合と打ち合うが、相手のスピードに押されて俺は受け身に回る。前に比べてさらに力強くなってる気がする。


 


「レンさま、下がってくださいませ! 『ヒールブースト』を!」


 ユリウスが俺の体に癒しの魔力を注ぎこみ、同時に身体能力を少しだけ高める補助魔法を使ってくれる。すると、体のキレが増したような感覚が湧き上がった。


「助かる! よし、これならイケる……!」


 俺は再び前進しながら、虚無理論をフル回転。リーゼの動きに合わせ、彼女が剣を振る瞬間の筋肉の動きや足さばきを解析し、攻撃タイミングを予測する。


「よっしゃ、次はこっちの番だ!」


 リーゼが剣を真横に薙ぎ払おうとした瞬間、俺はその軌道を先読みし、あとほんの少しで当たりそうなところを下方にくぐり抜けるように回避。さらに腰の魔術本を軽く触れて魔力を吸収し、短い衝撃波を剣先にまとわせて反撃に出た。


「っ……!?」


 リーゼは一瞬驚き、バックステップで回避しようとするものの、完全には避けきれずバランスを崩す。その隙を見逃さず、俺は踏み込んで剣先を受け止め――。


「今だ……『俺ならいける!』」


 気合いの雄叫びとともに相手の刃を防御し、がちりと受け止めてから素早くリーゼの手元を払い落とす。


「くっ……やるわね!」


 リーゼの剣が少しだけぶれて、そこに一瞬の隙ができる。俺はすかさずリーゼの背後を取る形で剣を突きつけた。緊迫した数秒後、彼女は息を整えながら、わずかに苦笑した。


 


「はあ……どうやら、私の負けね。まさかここまで追い詰められるとは。認めるわ、あんたの実力」


「よっしゃあ! 俺の勝ち!」


「大声出さないでよ、うるさいわね。……一緒に行くのも悪くないと思ったの。もしパーティを組む気があるなら、私も加えてほしい」


「マジで!? やった! リーゼが仲間になってくれるのか!」


「喜びすぎよ。そんなに私を欲しがってたわけ?」


「いやあ、そりゃもう。前衛の剣士がいてくれたら百人力だからさ!」


 そんな俺たちのやり取りを、ユリウスが微笑ましそうに見つめていた。「レンさま、おめでとうございますわ」と拍手する姿がかわいらしい。


 これでパーティはレン(俺)、ユリウス、リーゼの三人となる。イケイケなヒーラーにクールな剣士、そして俺の解析チート。なかなかバランスいいんじゃないか?


 ただその裏で、銀髪の貴族ベルカが何か企んでいるらしい。ちらりと街の一角で、俺たちを監視する彼の部下の姿が見えたような気がする。けど、今はそんなこと気にしても仕方ない。大丈夫、どんなピンチでも俺たちなら打開できる!


 そう胸を張って、俺たちは新たに結成された三人パーティで次なる戦いに臨む覚悟を決めたのだった。

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