第51話 望まれて死ぬこと

 セルスター家は昔から家族仲が良かった。息子のカイルは陽気で好奇心旺盛、娘の私は内気で物知り、正反対の二人だったが喧嘩は少なかった。母はそれを温かい目で見守り、科学者である父は研究室に籠りがちだったが、心の底では家族を大切にしていた。

 それが崩れ始めたのは、私とカイルが十六歳の時だ。カイルが高熱を出して倒れ、両親は彼を診療所に連れて行った。

「先生…息子は治るんですよね?」

父が縋るように医師に尋ねると、医師は深刻そうな顔をしていた。暫くの沈黙の末、医師は口を開いた。

「お子さんの病気は…不治の病です。恐らく、もって数年かと…」

医師の心無い余命宣告に、両親は膝から崩れ落ちた。

「せめて家で、家族との時間をつくってあげてください。」


 数週間経ってもカイルの容態は良くなるどころか逆に悪化していった。熱は下がらず、頭痛がして咳き込むことも多くなった。時々吐血することもあり、私は何度もこう聞いた。答えなんて分かりきっているのに。

「カイル、大丈夫?辛くない?」

「ゲホッゲホッ…大丈夫。直ぐに…良くなるよ。」

私達が心配すると、カイルは決まって無理に笑顔をつくってこう言った。でも私は知っていた、毎晩高熱で眠れなくて、カイルが毎晩死の恐怖に怯えていることを。だから、カイルの未来のためなら全てを捧げると誓った。

 私は父と再生する細胞の研究を始めた。成功すれば、病に冒されたカイルの体は再び万全の状態に戻るはずだ。カイルのために、そう思って夜な夜な研究を進めた。目に深いクマが出来た私と父を、母は心配していた。

「貴方達ちゃんと寝れているの?無理しないで、二人まで居なくなったら私は…!」

「大丈夫だよ、心配しないで。」

この時はさほど気にしていなかった。カイルの命が助かれば、母も喜ぶと思ったから。

 長い時間をかけて、ついにサンプルが完成した。ネズミに細胞を植え付け、小型ナイフで傷をつけてみた。これで傷が塞がれば成功だ。しかし、予想に反してネズミの傷は数秒ほどで塞がった。今後観察をするために檻に入れようとすると、ネズミは私の腕に噛みついた。

「何よその傷!危ないことはしないでって言ったわよね!もう…実験なんてやめて頂戴!」

翌日、母は私の噛み傷を指さしてそう言った。咄嗟に袖で隠したが、母は私の肩を強く掴み鬼のような剣幕で詰め寄ってきた。私は逃げるように台所に行き、カイルの食事を運んだ。

「カイル、入るよ。」

カイルはこの時咳がひどく、声が殆ど出なかった。テーブルに食事を並べ、部屋を出ようとするとカイルに腕を掴まれた。

「僕の…ことは、ゲホッ、もういいから…」

それだけ言い、カイルはまた咳き込み始めた。この研究で得られるものなど何も無いと、本当は私も理解していた。それでもカイルの死を受け入れられなくて、少しでも長く生きて欲しくて、私はこの日も研究室に入った。ネズミだった筈の生物は、日に日に異形のものへと変貌していく。どうしたら良いのか、もう分からなかった。

 翌日、カイルの様子を見に部屋に行った。何度呼びかけても、返事も咳き込む声も聞こえない。不思議に思いながら部屋に入ると、カイルは眠っていた。熱を測るために額に手を当てると、カイルは死人のように冷たかった。[僕のことはもう良い]、それが最後に聞いた言葉。私は軽くなったカイルを抱きしめ、泣き崩れた。

 もう終わりにしよう、そう決めてネズミを殺処分するために研究室に入った。しかしもう遅かった。檻はもぬけの殻で、ネズミの噛み傷があった。甘かった、ネズミはもう人知を超えた化け物だったのだ。


 カイルの葬式が終わり、家に帰る途中、ある噂を聞いた。[ネズミに似た化け物が、手当たり次第に人間に噛みついている]と。あの時、研究所から脱走したネズミに違いない。この時初めて、私は自身の罪の重さを自覚した。

「(何もかも遅いのに、カイルはもういないのに…ごめんなさい、ごめんなさい…)」

翌日、母は珍しく柔らかな物腰で話しかけてきた。

「ねぇアイリス。カイルは何処?」

「…何、言ってるの。カイルは…死んだんだよ?」

「ッ…嘘言わないで!カイルは何処、何処なの!」

その日から、母はカイルの死を忘れ、家族に暴力を振るうようになった。母をここまで追い詰めてしまったのは、誰にも望まれない身勝手な願い事で化け物を生み出してしまったのは、全て私のせいだ。

「私からカイルを奪う気ね、返して、返してよ!」

「ごめ、ごめんなさい…」

何も言い返せず、黙って母の暴力に耐えるしか出来なかった。


 このような日々が続いたある日、私は自室でナイフを手に取った。

「死んだら…許してくれる?」

ナイフを腹に突き刺し、床に多量の血が流れた。刺し傷は暫く経つと塞がった。ネズミに噛まれたことが原因で、私は不老不死になっていた。早く終わりにしたくて、手首を、首を、腹を何回も何回も切ったり刺したりした。床も壁も紅く染まり、想像を絶する痛みを感じてもまだ私は生きていた。

「天罰が下ったんだ…私は、死に逃げることも出来ない…うあぁぁぁぁ!」

 数日間は自暴自棄になって部屋にこもった。何も食べていなかったが、お腹が空くだけで餓死はしなかった。ある日、私とカイルの幼馴染であるアデリナ・フォン・アフィーノが家を訪ねてきた。アデリナに一切の事情を話すと、彼女は私を殴った。

「カイルは無理に長生きすることなんて望んでなかったのに!それを分かってたくせに、実際に現実になったら尻込み!?ふざけないでよ!」

アデリナは早口でまくしたてた後、深呼吸をした。

「でも、辛かったのよね?気づいてあげられなくて、ごめん。」

「アディは何も…全部私のせいで…」

「親友の罪は、私の罪よ。私も一緒に背負うから、アンタも…自分のやったことを清算できるまで、生きて。」

アデリナの言葉に、私はハッとした。永遠の命も何か意味があると、彼女が教えてくれた。その日から私は、後に魔物と呼ばれる化け物を倒す方法を探すために、私の不老不死の肉体の研究を始めた。アデリナはその後魔物に対抗するための騎士団を設立し、アフィーノ家は力をつけていった。


 千年後、将軍の頼みによりルーダくんと共に暮らすことになった。親が恋しくて泣くルーダくんをおんぶしながら、辺境の家へと向かう。

「私の名前は…カイル。」

カイルを、自分の罪を忘れないために、私はたった一人の双子の兄の名を名乗った。

 ルーダくんは素直でとても優しい子だった。友だちになった魔物一人ひとりを大切に思っていた。心が綺麗で純粋なあの子を見て、私の心も洗われるようだった。ルーダくんはいずれ私の過去を知るだろう。たとえそれで憎まれたとしても、ルーダくんの手にかかるなら私はそれで幸せだ。

「だから今だけは、ルーダくんの家族でいさせて。」

純粋な瞳を持つ子供を、私は強く強く抱きしめる。ルーダくんの嬉しそうな顔を見る度に、私のせいでこの子が穢れてしまいそうな気がした。

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