第50話 願望の末路
ティガンタの部屋で日記を見つけたロゼットは、そこで驚きの真実を知った。日記をポケットに入れて部屋を出ると、
「うわあぁ、何…これ!?」
というルーダの声が聞こえた。ルーダはティガンタの部屋の右隣の部屋に入った筈だ。心配になり、ロゼットは急いでそこに向かった。
ドアを開けると、血生臭い鼻につく匂いが充満していた。鼻をつまみながら部屋に入ると、床の所々に血痕がある。大部分はどす黒く固まっているのでかなり前のもののようだ。少し奥でルーダが腰を抜かしている。
「ルーダくん、大丈夫?取り敢えずここから出よう、匂いが強烈。」
「あ、あの…これ。」
ルーダが手渡してきたのは一冊のノートだった。表紙に[研究の軌跡]と書かれている。ロゼットはノートを先程の日記と同じところに入れ、そそくさと部屋から出た。
予め決めておいた集合場所に向かうと、既にリエーテとリシュア、ラヴィーネが待っていた。ラヴィーネは一枚の紙切れを取り出し、皆に差し出した。[カイルは死んでない]と殴り書きで何回も何回も書いてある。
「何だか気味が悪いね…頭おかしいんじゃないのかい?」
「言い方…まぁ良いや。僕とルーダくんが見つけたのはこれです。」
まず、ティガンタの日記の内容を要約するとこうだ。彼にはカイルとアイリスという双子の子供がいたが、ある日カイルが原因不明の病にかかった。息子が余命幾ばくの状態であることを受け入れられず、彼はアイリスと共に再生する細胞の研究を始めた。しかし動物実験の際、被験体のネズミが不老不死に限りなく近いものと変貌してしまった。結局カイルは病死し、息子の死、そしてティガンタの生物の範疇を超える実験への不安によって、妻は精神を壊してしまった。
「カイルという人はもう…死んでいるという事?」
「じゃあ…ボク達の知るカイルさんは誰何でしょう?」
ルーダが見つけたノートには、魔物の性質について詳しく書き記してあった。
「『体から切り離した部分は再生しない』『特定の物質を投与すると痙攣する』…色々あるな。」
「ティガンタ・セルスターは魔物の研究もしてたって事ですか?」
「…残念、外れです。」
研究室の方向から誰かの声がした。ドアを開ける音も聞こえ、ロゼットは警戒して武器を構えた。研究室から出てきたのは、ロゼット達がよく知るあのカイルだった。
「我が家にようこそ。きっとここまで来ると、思っていました。」
ルーダは何か言いたそうにしていたが、カイルはそれを見ていつものように笑みを浮かべた。皆に着いてくるように手でこまねき、歩き出した。
「彼が死に怯えている姿が見ていられなくて、私と父は生きてほしいという願望のために化け物を生み出した。異常なほどの再生能力を持つ生物を、人は魔物と呼んだ。」
カイルは研究室の中の古びたドアを開け、地下へと続く階段に足をかけていく。道中で、ロゼットは丁寧に保管された眼球を見た。カイルの瞳と同じ、青色の瞳だ。スミスの里でカイルが、自分の左目は作られたものだ、と言っていたことを思い出した。
「人々は魔物を見た目の違いから迫害し、やがて人と魔物は互いを憎むようになった。魔物に対抗するため、人は自身に適した職業がわかる水晶を作り、信託という概念を生み出した。」
カイルはまるで全て見てきたかのように言う。外見はまだ二十代なのに、不思議と更に歳上なのではないのかと疑ってしまう程だ。
「月日が経ち、父が死んでも私は生きていた。この実験を通して、私も不老不死になっていたから。」
カイルはそこまで言い切ると、足を止めた。研究所の地下は案外広く、蜘蛛の巣も張っていない。カイルはクルッと後ろを振り返り、自己紹介を始めた。
「自己紹介がおくれました。ようこそわが家へ、私は…アイリス、です。」
「カイルさんは…本当に、魔物を生み出した元凶なんですか?」
ルーダは信じたくなくて、念の為分かりきっていることを聞いた。もしかしたら、全て嘘だと言ってくれるかもしれない。縋るような目でアイリスを見たが、彼女は暫く黙っていた。
「な、何とか言ったらどうなんです!」
「私は…自分の願望のために大勢の人を不幸にした。カイルが、そこまでして生きたいわけでないと…分かっていたのに。」
ポツリポツリと言葉を発するアイリスの姿は、ロゼットには空っぽで、されど苦しそうに見えた。今まで[カイル・セルスター]として自分を嘘で塗り固めていたときとは、全く違って見えていた。アイリスは真っ直ぐとした目でロゼット達を見つめ直し、こう言った。
「私の目的は人を襲う魔物を撲滅すること、そして自分の過ちにけじめを付けることです。今から、全ての魔物の魂を私の体に取り込みます。その状態の私を、貴方達に倒してほしいのです。」
[全ての魔物]という言葉が引っかかり、リシュアはすかさず質問をした。
「全ての魔物って…ルーダくんのペット達はどうなるんです?」
「心配いりませんよ。あの子達の主はあくまでルーダくんですから、私から干渉することは出来ません。」
アイリスは再びロゼット達に対して話を進めた。
「知っての通り、私は不老不死です。しかし、自分の眼球を取り出してみて分かったことですが、体から臓器や腕などを切り離せば、その箇所は再生することはありません。」
確かに、研究室にいた巨大なネズミは上半身と下半身を切り離しても生きていたが、新しく下半身の部分が生えてくることはなかった。
「生き物が生命活動を維持するためには、心臓が必要です。よって、私の体から心臓を切り離せば、きっと倒すことが出来るはずです。」
「なるほど、大体分かったよ。でも、それなら何故もっと早くやらなかったんだい?」
「確実に私を倒してもらえる確証がなかったからです。何百もの魂を一度に取り込めば、きっと自我を保てません。その場で倒すことができれば私とほぼ全ての魔物は死に絶えますが、失敗すれば人間側に甚大な被害を及ぼす可能性がある。ルーダくんの鞭に塗った毒は、魔物に効果があることが実証されています。だから今やろうと思ったんです。」
たしかに筋は通っているが、ラヴィーネは正直ワガママだと思った。元はといえば自分が原因なのに、その解決策さえ人任せだ。ロゼットも同じことを思ったようだ、偶然目が合うと、複雑そうな顔をしていた。
「ワガママだと、思いましたか?でも…魔物が消えて平和になるなら、そこには平和を勝ち取った英雄が必要だと、私は思うんです。」
「聞いてられないわ、さっきから貴方の理想ばかりこちらに押し付けてきて。何様のつもりなの?さっさと魔物の魂を取り込みなさいよ、お望み通りにしてあげるわ!」
ラヴィーネが怒りを露わにすると、アイリスはニヤリと笑った。アイリスの足元に巨大な魔法陣が現れ、周囲に魂が集まってきた。
「待って、カイルさん置いてかないで、何で?これでお別れなんて嫌だよ!」
自分の家族はこれから異形の化け物になる。その事実が頭の中を支配し、ルーダの頭の中はとめどなく湧き出てくる感情でグチャグチャになっていた。魂を取り込むほど、アイリスの姿は人間から遠のいていく。人間とはとても似つかない声で、アイリスは言葉を発した。
「楽しかった、よ。また、家族が出来た気が…してさ。これからは、お父さん…大事にしなきゃね。」
辺り一面が眩しい光に包まれ、皆思わず目を閉じた。その中でアイリスの最後の言葉が聞こえた。
「最期に良い人たちに巡り会えて、幸せだよ。」
瞼の奥が暗くなり目を開けると、そこにはあらゆる魔物が溶けて融合したようなドロドロの怪物がいた。怪物の奇妙なうめき声が、地下ではよく響いた。
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