第11話 母は強し、可愛いは正義

 急遽リブロスの街に向かうこととなったリシュアとロゼット。二人は今、凶暴な鷹がいると言われている林を歩いている。木々がたくさんあるのは勿論だが、雑草も丈が長く足元が見えにくい。ガサッ。直ぐ側で何かが動く音がして、ロゼットはより警戒心を強めた。

「キュキュー!」

ロゼットの左側から中くらいの大きさのスライムが勢いよく飛び出してきた。ロゼットはすかさずスライムを杖で強く叩いた。

「ムギュー…」

スライムは速攻でダウンしてしまい、目がバツになってしまった。顔が無駄に愛らしいので、少し罪悪感が湧きそうになる。ロゼットはノビてしまったスライムを両手で拾い上げ、リシュアの方を見た。

「これ、どうする?」

「スライムってスライム饅頭の材料になるんですよね。折角だから食べてみましょうよ!」

ロゼットは苦笑いをした。何と言ったってこのスライムはまだ生きているし、ロゼットの手の上でピクピクしている。「食べる」という言葉を聞いて、スライムはウルウル泣きながらロゼットを見た。隣のリシュアは料理する気満々だし、目の前のスライムはプルプル震えて良心を抉ってくるし、完全に板挟みだ。

 結局、スライムは逃がしてあげた。流石にあんな表情を見せられたら食べるなんて出来る訳がないのだ。ロゼットが胸を撫で下ろしながら歩いていると、今度は大きな鷹の鳴き声が聞こえた。というか直ぐ目の前に自分たちよりも巨大な鷹が現れた。

「アメラさん、これヤバいやつでは…鷹じゃなくてグリフォンですね。」

「…まぁ、何とかなるでしょ。た、多分。」

「さっきもそう言ってましたよね!?全然駄目じゃないですかー!」

グリフォンはごく一部の森、または林にしか生息しない鷹と似た姿の魔獣で、「木々の守護獣」とも言われている。腕力が非常に強く、どんな生物でも基本的に握りつぶせる。要するに、現在負け確定の状況である。段々と戦意喪失してきたその時、林の奥から一回り小さいグリフォンが現れ、巨大なグリフォンの前に立ちはだかった。どうやら大きい方を止めに入ったようだ。しかし、大きい方は小さい方を丸呑みしてしまった。

「気性が荒いようです。どうやらやるしかないようですね。」

リシュアはビクビクしながら武器を構えた。グリフォンはずっとこちらを睨んでいる。逃がす気はなさそうだ。

 グリフォンがリシュアの顔をめがけその大きな足の爪を突き出してきた。リシュアは間一髪で回避し、グリフォンの前足を扇で切ろうとした。しかし、思いの外足が太く、そして硬かったので傷口は浅い。グリフォンの勢いは止まらず、リシュアは顔を爪で切られた。

「リシュア、大丈夫!?キュアー!」

ロゼットは急いで治癒魔法を唱えたが、それでも傷は完全には治らなかった。グリフォンのほうが体格が大きく、かつ踊り子もそこまで攻撃特化の職業ではない。これではジリ貧というものだ。

「どうしよう…?何か習性がわかれば…」

 ロゼットはバトルには積極的に参加せず、ジッとグリフォンを観察した。先程から気になっていたが、グリフォンは足を突き出してくるだけで、動こうとしない。後ろになにか弱点があるのだろうか。奥を見ると、グリフォンの巣が見えた。そこに、何か殻を持つ物体がある。そのとき、ロゼットの頭はフル回転し、打開策を思いついた。

 今、グリフォンはリシュアとのバトルに真剣で、周りがあまり見えていない。ロゼットは意を決してグリフォンの背後まで走った。グリフォンはすぐにロゼットの方を向き、やけに全力で殺しにかかってきた。息を荒くしながら一目散にロゼットの方へ大股で歩いてきた。

ロゼットは、背中に爪が突き刺さる直前でリシュアに向けて叫んだ。

「リシュア!グリフォンの脇腹あたりに攻撃を集中させて!」

リシュアはロゼットの言う通り、左の脇腹をめがけて大きくジャンプした。

「剣の舞!」

華麗に、そして素早くグリフォンを何度も切った。鳥は空を飛ぶために体が軽く、骨が多くある訳ではない。また、脇腹部分は数本の細い骨が鉄格子のように平行に並んでいる。そのため、骨と骨の間に少し隙間が存在するのだ。グリフォンは脇腹から血を出し、地面に倒れ込んだ。

「や、やった…もう駄目かと思いましたよ。」

「ふぅ…ほら、何とかなるものでしょ?」

ロゼットは丸呑みされた小さなグリフォンが気になり、口元を見た。すると、口の中からそれが元気そうに飛び出してきた。グリフォンはロゼットの肩に乗って鳴き声を上げている。

「テレパス。」

ロゼットは『動物と心を共有する魔法』を使い、グリフォンと会話を試みた。本来は動物と主従の関係を結ぶ契約魔法なのだが、今のロゼットにそんな高度な事は出来ない。せいぜい動物の言葉がわかるくらいだ。

「(このグリフォンは私の母です。貴方も見たと思いますが、あの巣に卵があるんです。それを守るために神経質になっていただけなんです。お願いです、母を助けてください。)」

「(やはりそうだったのか…)キュアー!」

ロゼットはグリフォンの母に対し治癒魔法を使った。すると、かろうじて動けるくらいには回復した。リシュアは信じられないという目でロゼットを見た。

「ちょっと、何してるんですか!そんなことしたら、また襲われますよ!」

「いいんだよ。この子いわく、巣にある卵を守りたかったんだってさ。」

リシュアはまだ何か言いたそうにしていたが、二人は一刻も早くリブロスの街に向かわなくてはならない。ロゼットはグリフォン一家に別れを告げ、林を抜けた。


そこから数日間ひたすら歩き、二人はようやくリブロスの街に着いた。街はとても多く、ミゲルほどではないが人が沢山いる。奥の大きな建物を見て、リシュアは驚いた様子だ。

「アメラさん、あの建物は何ですか?随分大きいですね。」

「あぁ、あれ?あれがギルドだよ。依頼をしたり請け負ったりする場所。依頼をこなしたら、ギルドを通じて依頼人から報酬がもらえるんだよ。」

二人は会話をしながら街に入り、そこでしばらく立ち話をした。すると、急にロゼットの右頬に切り傷がついた。

「アメラさん、血が出てますよ!」

すると、間髪を入れずリシュアの左腕に深く切り傷がついた。先程から人の気配はしないし、誰もいないように感じる。

「リシュア、一旦ここから出よう。」

「そうですね、早くしましょう!」

出血が止まらず、二人は近くの木にもたれかかった。だんだんと顔が腫れてきた。ついでに両手が痺れる。

「体が、動かない…取り敢えず傷を治してほしいです。」

「わかった…キュアー。」

出血が止まったのはいいものの、少しずつ痺れる範囲が広くなってきている。毒でもくらったのだろうか。

「も、もしかしてこのまま…気絶する流れ?」

「そう、でしょうね…何か解毒する魔法とかないん…ですか?」

普通にそこは盲点だった。ロゼットは確かに解毒する魔法を覚えている。効くかどうか不明だが、このまま何もせず野垂れ死ぬよりはマシだ。出来るものは試すしかない。

「ポイゼル。ほら…かけたよ。どう、治った?」

「駄目、ですね…もっと高度な魔法じゃ…ないと…」

もはやなす術無く、二人はそのまま意識を失った。誰の仕業なのか、どうしたら解毒できるのか、何もわからないままだった。そもそも、恨みを買うようなことは何もしていないのに、どうしてこうなったのだろう。

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