綺麗で美しくて可憐で温かくて優しくて尊い、愛しの天使の話

汐海有真(白木犀)

【366】

 まろやかな木漏れ日が降り注ぐ優しい昼下がり。ホワイト・ゼラニウムの咲き溢れる庭園にて、わたしは今日も美しい天使の絵を描いておりました。


 切り株に腰掛けている天使は永遠のように綺麗。淡い金色の長髪はレモネードが溶け出しているようで、静かな青色の双眸は澄んだ湖に染まっているよう。頬を可愛らしい桃色に染めながら、柔らかな微笑みを湛えてわたしを見つめているのです。


 わたしはさらさらの絵筆にたっぷりと水に溶かした絵の具を含ませて、モノクロの線画を華やかに彩っていきます。ああ、早くこの絵を完成させて、天使へと見せて、天使の表情が陽だまりのような笑顔に移ろう瞬間を目にしたい――そう思いながら、絵筆の軸を握る右手にきゅっと力を込めたときでした。


「何をしているんだい?」


 いきなり声を掛けられて、わたしは驚きながら左隣のほうを見ました。

 そこにいたのは、ひとりの少女。深遠な夜の空を閉じ込めたような黒髪を二つに分けて結わいて、情熱的に燃ゆる炎のような輝きを放つ赤色の瞳でわたしを眺めておりました。余りにも唐突に現れるものだから、後少しで絵筆を落としてしまうところでした。


「……どなた、ですか?」

「ぼく? ぼくは、ニナシャナ」


 少女――ニナシャナは、そう告げてふわりと笑います。彼女が身に付けているゴシック・ワンピースには、夜空の黒と火炎の赤がふんだんに使われていて、まるで髪と瞳から色彩を抽出したような衣装だと思いました。


「きみは?」

「……わたしは、魔女です」

「へえ。それで、魔女さんは、一体何をしているんだい?」


 ニナシャナは不思議そうに、首を傾げました。


「……天使の絵を描いているのです」

「ふうん」


 ニナシャナは頷いてから、わたしが左手に持っているパレットに視線を落としました。


「もっと他の色も使ってみたらどうだい?」

「……その必要はございません。……これが、最も、美しい天使を描くことのできる色彩ですから」


 レモネードの金色、澄んだ湖の青色、優しい桃色。そういう色彩を使用することで、紙の上の天使は繊細な煌めきを放ち出すのです。天使の絵を一日一枚描くようになって三百六十六日が経過したのですから、わたしの見立ては絶対に正しいはずです。


「まあ、魔女さんがそれでいいと言うのなら、別にいいのだけれど」


 そんな感想を置いて、ニナシャナは森と混ざり合っていくかのように姿を消しました。

 後に残されたわたしは、また、美しい天使の絵を描くのを再開しました。

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