旧き神秘と新たな神話【ニューエイジ】

kuro

0,序章1

 あれからもう、3年の月日つきひながれるのだろうか。いや、あるいはたった3年なのかもしれないけど。

 ふかい、深い、まどろみの中、僕はかつての記憶あくむを思い出してゆく。いや、思い出すというのは少しちがうだろう。片時だってわすれたことがない。そう言ったほうがより正しい。

 今でもはっきりと思い出せる。僕がまだ、中学2年だった夏のあるよる。僕が家族と夕食を食べていた時の話だ。

 そう、あの日の夜、僕は。織神おりがみ晴斗はるとは家族全員で食卓を囲んでいた。

 あの日は確か、兄の織神おりがみそらが国立の有名大学に高校2年の身ながら内定ないていを受けたお祝いだっただろうか。当の本人ほんにんより、僕と両親のほうが大喜びしていたような気がするけど。

 父の織神おりがみ夕也ゆうや。母の織神おりがみ朝日あさひ。ともに大学の教授職で物理学や生物学の分野で多大な功績こうせきを残していた。僕の家族は、僕をのぞいてとても優秀な才能に恵まれた家だったと思う。そんな中、僕だけが平凡な才能しか持たずに生まれてきていた、平凡な人間だ。

 でも、そんなことなど一切気にしたことがなかった。僕は、家族みんなのことが大好きだったから。本当に、大好きだったから。

晴斗はる、神様は本当にると思うか?」

 深いまどろみの中、僕はかつて父が言っていた言葉ことばを思い出す。あの夜、どうしてちちはあのようなことを言っていたのだろうか?深い意味いみがあったのかもしれない。あるいは本当に大した意味などなかったのかもしれない。どちらにせよ、もう父にあの日の言葉の意味をくことはできないだろう。

 そう、もうあの日の言葉の意味を父に聞くことはできない。聞くにはもう、すべてがおそすぎるのだろうから。

 今でもはっきりと思い出すことができる。あの日、僕がすべてを失った、すべてを亡くした日のことを。家族を失った、あの鉄さび臭いあかにまみれた記憶を。

 今でもはっきりとおもい出せる。あの日、中学2年の夏のよる。僕はふとトイレに行きたくなって目がめた。時間はもう、深夜の0時をとっくに過ぎていただろう。その帰りのことだった。父の書斎しょさいで物音が聞こえ、軽い好奇心に駆られた僕は父の書斎をほんの軽い気持ちでのぞき見たんだ。

 そこに居たのは、目出し帽をかぶった、全身真っくろい衣服を着たいかにも怪しい人物だった。いかにも怪しげな人が、父の書斎のたなを漁っている。一目で危険きけんを察した僕は、ほんの少し後ずさりをした。けど、その時に立てた物音に気付いた目出し帽の黒い男は、物音ひとつ立てずに僕に飛び掛かると、そのまま僕の胸元むなもとに何かを突き立てた。

 おそらく、ナイフか何かだったのだろう。それを突き立てられた僕は、そのまま意識を暗闇くらやみの中へ落としていった。

 次に目をましたのは、早朝そうちょうの日の出の時間だった。胸元の痛みに目を覚ました僕は、痛みに悶絶もんぜつしながらもいやな予感に駆られて家族の許へ体を引きっていった。

 両親の部屋は2階のおく、右側の部屋だ。兄の部屋は、その向かいにあった。

 家族は、両親はともにベッドの上に横たわっていた。鉄さび臭いあかに彩られたベッド、その上に横たわっている父と母。もう、目をまさないであろう両親のその姿に僕は止まらない涙をおさえることができず、こえを上げて泣いた。

 泣いて、泣いて、涙もれ果てるほどに泣いて。やがて一つの事実を思い出し、僕はわらにもすがる想いで部屋を出た。そのさきにあるのは、兄の部屋だった。もう、ほとんどあきらめにも近い気持ちが心をめていたけれど。それでも、僕はわらにも縋るような気持ちで重い体を引きって、何とか兄の部屋にたどり着いた。兄の部屋からも、やはりあの独特な鉄さび臭い臭いがれ出ている。

 それでも、ほんのわずかな希望きぼうを込めて、僕は兄の部屋のドアをける。そこには、僕の淡い期待を裏切る絶望ぜつぼうが口を開けて待っていた。

 やはり、兄のベッドの上には鉄さび臭いあかに彩られた、かつて兄だったものが横たわっているだけだった。

 もう、兄は僕にあのだまりのようなみで笑いかけてくれない。自慢の弟だと言って、僕の頭を優しくでてはくれない。そこにいるのは、もう兄だった残骸ざんがいだけだった。そう自覚した瞬間、僕の中に言いしれない感情が湧き出てきて。やがて僕は、そのまま残酷な現実げんじつから目をらすように意識を暗闇の奥深くへとしずめていった。

 そう、僕はその日すべてを失った。あの日僕は、大切たいせつだったはずのすべてを失ったんだ。

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