第12話

 1990年頃。


 背の高い男がとある地域をぶらぶら歩いていた。そこはホームレスが多い地域として知られていた。ビニールシートでできたテントが無数に並んでいて、屋外なのにも関わらず異臭が立ち込めていた。


 男がなぜそんなところを悠長に散歩していたのか知らないが、もしかしたら、どん底の人間を見て安心したかったのかもしれない。その人は眼鏡をかけていて、鼻が高く、外国人のようにも見えた。


 男は手に透明なケースに入ったラムネ菓子を持っていた。それを時折口に入れながら、周囲をちらちらと見回していた。


 すると、幼稚園くらいの男の子が一人でベンチに座っていた。薄汚れたオレンジのトレーナーを着て、下は灰色がかった青のハーフパンツを履いていた。顔は茶色く日焼けしていた。


 男はその子の隣に座った。

「一人?」

「うん。ここでお父さんが待ってろって」

「君、ホームレスなの?」

「うん」

「大変だな。子どもだてらにホームレスなんて。普段、どこで寝てんの?」

「テント」子どもは当たり前のように答えた。

「おなかすいてない?」

「うん」

「ラムネ食べる?」

「うん」

「ほら」

 男はラムネ菓子の容器を差し出した。

「手出して」

 男の子は手を差し出した。男は容器からざっとラムネの粒を出した。男の子は嬉しそうに、受け取ると、ラムネを一粒づつ食べ始めた。

「本当は知らない人からもらったものを食べちゃだめだよ」

 男も一緒に食べた。

「うん。お父さんもそう言ってる」

 子どもはもらったラムネを大事そうに口に入れて笑った。

「ほら」

 男はさらにラムネを継ぎ足した。

「じゃあな」

 男は立ち上がって、その場を立ち去った。子どもはそのままラムネを口に運んでいた。まるで、無限になくならないかのようにいつまでもそうしているのだった。

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