せっかくだから、異世界を楽しみましょう!!

弥次郎衛門

プロローグ

第1話 主人公は女性と世紀末男のほうです

 森の中。ブレザーを着た少年が腰を抜かして後ずさり、背中をドンっと太い樹に打ち付けた。「だ、誰かぁ! た、助け――」と悲鳴を上げる彼の目の前で緑色の小柄な人型の生き物が、彼を襲おうと棍棒を振りかぶる。


 殺される!そう思ったとき、彼の視界の端から一人の女性が走り来て、左手で緑色の生き物の首を後ろからつかむと口を開く。


「ダークネスフィンガー」


 すると緑色の生き物は急に苦しみだし、青白い炎に包まれて悲鳴を上げながら転げまわる。

 ニコッと笑った女性は少年に声をかけた。


「間に合ってよかったよ。 君、日本人だよね? わたしもよ」


 日本人と聞いて少年はホッと息を吐いた。「安心して」と優しく言う女性の背後で、緑色の生き物たちは彼女の仲間と思われる人物によって倒されていた。


「あ、あの、これは?」


「あぁ、これね。ゴブリンよ」


「ゴ、ゴブリン?」


「あれ? まだ自覚ない? 君、異世界転移してるよ。 居るでしょ?異世界にはゴブリンぐらい」


 やっぱりか、と少年は思った。彼は突然知らない場所に転移してしまい、ほとんど丸一日、どうしていいか分からず周囲を彷徨さまよっていたのだった。


「ツクちゃん、終わったよ」


 そう言いながら大柄の男が近寄ってきた。額には鉢がねを付け革鎧を着、鎧から出ているむき出しの肌にはビッシリと入れ墨が見える。腕や首だけではなく顔までもある刺青と、身長百八十センチ以上の鍛え抜かれた肉体に気圧されて「ひっ!」と少年は小さく悲鳴を上げた。


「ありがとう、ヨーちゃん」


 女性の礼に、ニッと笑顔を返した男は手に持っているゴブリンの血で汚れた釘バットを肩にトンと担ぎ、しゃがむと少年と目線を合わせる。


「よっ! 俺も転移者の日本人だ。 無事でよかったよ、ホント」


 日本人?!!と声を出して問いたくなるような世紀末な格好の男であったが、ホッとした表情で語り掛ける顔は優し気だった。


 少年が「あ、ありがとうございま――」と礼を言おうとしたとき、ズシンズシンと地響きのようなものを感じ、そちらを振り返ると二メートルを軽く超える巨躯に牛の頭が乗っているのを見て血の気が引いた。


「ミ、ミノタウロス――」


「ヨータ、こっちも終わったよ」


「おう、すまんな」


 血塗られた巨大な戦斧を片手にやって来たミノタウロスの戦士を見て恐怖で蒼白となった少年は次に、え?味方なの??と混乱する。


「ヨータさん、こちらも終わりました。 周囲にゴブリンの群れはもうないようです」


 そう言いながら姿を現したのは、水色のセミロングの髪から長い耳がのぞく若い女性だった。


 エルフ?!と、ちょっと感動交じりに驚く少年は違和感も感じた。エルフの女性の肌は薄い灰色であった。彼のイメージの中でのエルフは透き通るような白い肌。ダークエルフであるならもっと色が濃いんじゃないかと少年は思う。

 だがそれは彼の想像の中のもの。実際の異世界ではどうか分からない。


「あぁ、ありがとう、シーラさん」


「いいえ、ヨータさんの為ですもの」


 シーラと呼ばれたエルフはヨータと呼ばれている世紀末男にピトッと体を添わせる。ヨータは苦笑いしつつ少し距離を取ろうとするがシーラは気にせず「ふふふっ」とニコニコ笑って距離を詰めているよう。


 どういう関係なんだろう?と思う少年に、最初に助けてくれた女性が「立てる?」と右手を差し伸べる。手を取ろうと少年も右手を出すが、そのとき痛みを感じて「いっ……!」と声を出してしまった。


 見れば右腕にどこかで切ったであろう切り傷があった。余裕がまったくなく、今まで気が付かなかったようだ。


「おっ、怪我してる?」


 女性も気が付いたようで一度手を引っ込めると「ペリちゃん、お願いできる?」と誰かに何かを頼む。すると女性の髪飾りである大きな赤い花の中から「はいは~い」と応じる声が聞こえた。


 花の中から出てきたのは六、七センチくらいの小さな少女だった。背中に虫のような透明な羽があり、クリーム色の髪を揺らし、額の上部から二本の触覚らしきものが生えていた。ブーンと羽音を立てて少年の傷口にまで飛んできた。


「妖精!?」


「ふふっ、妖精蜂のペリウィンクルちゃん。 わたしの相棒よ」


 少年が驚いている間にもペリウィンクルは彼の傷口付近の肌に手を当てて「む~っ!」と力を籠める。すると淡く光った傷口がゆっくりと閉じていった。


「す、すごい……」


「はぁ~、疲れた。 ツクの同郷人って何でこうも魔力の通りが悪いのよぉ~」


「体質なんだからしょうがないでしょ。 ありがと、ペリちゃん」


 目を丸くする少年に、女性は再び右手を差し出す。


「さ、立てる? あ、名前教えてくれるかな? わたしは影山月夜かげやま つきよ。 で、こっちが日野陽太ひの ようた


「日野陽太だ。 こっちでは苗字、家族名を持ってる人間は貴族や大商人くらいだ。だから気軽に陽太と呼んでくれればいいぞ。むしろ他のヤツの前で苗字と名前を繋げて呼んだり名乗ったりするなよ、変な誤解も生まれたりするからな」


「は、はい。 あ、えっと、中原大地なかはら だいちです。 よ、よろしくお願いします」


 オドオドとした自己紹介を聞いた月夜はニコリと笑う。


「よろしくね、大地くん。 ようこそ異世界へ」

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