第13話 この世界の災厄

「この先が迷宮の主の部屋じゃ」


 コヨリ達の目の前には重厚な石の扉が佇んでいた。

 この先にいるのは地下迷宮のボスだ。ボスとはいっても地下迷宮自体が序盤のダンジョンなので大した強さではない。ここはただの通過点だ。


 用があるのはこのボスがいる更にその先――下層区域なのだから。


「さっさと倒して宿に戻ろう。『白龍の涙』が私を待っている」

「お主、目的変わっとらんか……?」


 どうやらミズキは先程のお酒様お零れ事件が相当に堪えたようだ。手がぷるぷると震えているのはきっと怒りのせいだろう。そうであって欲しい。


 コヨリが扉に手を触れるとギギギと音を立てて開いていく。扉の先は長方形の広い空間だった。無骨な柱が奥に向かって何本も伸びている。

 そしてその先には、一体の魔物。


 蔦のようなものが束となって体を成し、その上にラフレシアを彷彿とさせる大きな花弁が乗っていた。花弁の中央はぽっかりと穴が開いたように黒く、周囲には牙のようなトゲが無数に生えている。

 うねうねとした触手が幾本も伸び、来訪者を歓迎しているようで地面が抉れる程強く叩きつけていた。


 巨大な食虫植物の魔物――ヘロスフォラ。


 コヨリは歓喜した。

 ここのボスは数種類の中からランダムで出現する。ヘロスフォラはコヨリにとって完全に当たりだった。


「植物系の魔物ではないか! ラッキーじゃのう!」


 もう、ウキウキだった。

 何せコヨリの使う魔法は火属性だ。これ程相性のいい相手もいない。


「一撃で楽にしてくれよう。ルーナ、ミズキ。触手は任せた」

「はっ」

「いいだろう」


 ルーナは短刀を、ミズキは刀を抜く。

 そしてコヨリは尻尾を顕現させ、その膨大な魔力を練り始めた。


 絶大な魔力がコヨリから立ち昇り、うねりをあげる。

 より濃く、より密度を高め、その小さな体へと収束していく。


 ヘロスフォラはその異常な魔力を感じ取ったのか、触手をコヨリに向けて伸ばした。

 だが――


「させません!」

「容易に抜けられると思うなよ?」


 ルーナとミズキは迫り来る触手を斬り伏せる。

 数十本の触手が束となって襲いかかっても、結果は同じだった。二人は軽やかに動き回り、その全てを一刀に伏していく。


 そして、魔法が完成する。

 コヨリは指先をヘロスフォラに向け、くいっと上に向けた。


炎柱フレイムピラー


 直後、ヘロスフォラの足元からその巨体を埋め尽くす程の火柱が上がった。幅5mを越える火柱は天井まで轟々と燃え上がり、ヘロスフォラの断末魔が響き渡る。


「こ、これは……」

「これが、コヨリ様のお力です」


 ミズキが困惑気味に口を開き、ルーナは澄ました顔で彼女を一瞥する。


 炎が収まった時、そこには何もなかった。

 そこに魔物がいたという証拠も痕跡も残さない、圧倒的な大火力。灰の一欠片も残ってはいない。


「ふむ、少々威力が強すぎたようじゃ。座標指定の魔法はコントロールが難しくて敵わんな。もっと練習せねば」

「流石です。コヨリ様」

「ふふん。そうじゃろう、そうじゃろう。もっと我を敬うがよいぞ。わーはっはっは!」


 高笑いするコヨリに対して、ミズキは流れ出ていた冷や汗をゆっくりと拭い取った。


「まさかこれ程とは……九尾族の力というのは全く持って末恐ろしいな」

「いいえ、それは違いますよ。ミズキ様」

「むっ……?」


 訝しむミズキをルーナは真っ直ぐに見つめる。


「九尾族としての力なんて、コヨリ様の力の一端でしかありません。九尾族だから優れているのではないのです。コヨリ様だから、なのですよ」


 そう言って、ルーナはふんわりと微笑んだのだった。



 ***



「えーっと、確かこの辺りじゃったな」


 コヨリは主のいた部屋の一角で、なんの変哲もない壁に手をついた。


「こほん。『我、汝の下に至る英雄たらんことを』」


 するとなんの変哲もない壁が淡く光り、ゆっくりと横にスライドしていく。


「「おおー」」

「こっから先は魔物の強さも格段に上がる。気を引き締めていくぞ」


 コヨリ達は下層区域へと足を踏み入れた。明らかに今までとは違う、魔力の濃さ。粘つくような空気が、この先が普通ではないことを示していた。


(だがまぁ、この3人ならば問題なかろう)


 本来であれば下層区域はかなり実力を付けてから挑む場所だ。

 だがコヨリは元々の基本スペックが高いし、ルーナもコヨリやザンキの魔力を吸って原作以上にパワーアップしている。

 ミズキは身体能力だけで言えば作中屈指の実力を持つので、こちらもなんら問題ない。


 結果として、コヨリ達は下層区域の魔物を蹴散らしながらどんどんと奥へと進んでいった。

 オーガも、ミノタウロスも、鎧の騎士も、大魔狼も、彼女達の敵ではなかった。


 しばらくして、コヨリ達は小部屋にたどり着いた。奥には台座があり、その上には真っ白なガラス玉のようなものが置かれている。


 それこそが、今回の目的である『静謐な宝玉』だ。

 コヨリはそれを手に取ると、左右に振る。玉の内部にある液体がちゃぷちゃぷと揺れた。


「ふむ、間違いなく『静謐な宝玉』じゃな。これで目的達成じゃ」

「これで私の体が……。ほ、本当に治るのか……?」

「あぁ治るとも。じゃが治すには魔力を込める時間が必要じゃ。ここでは落ち着いてできんから、宿に帰ってからにしよう」

「む……そうか。ならばすぐに帰ろう。道中は私に任せてくれ!」


 意気揚々と来た道を引き返すミズキに、コヨリも後に続く。

 しかしルーナは、小部屋の真ん中でぼーっと立ち竦んでいた。


「ルーナ? どうしたんじゃ。早く行くぞ」


 しかし、ルーナは答えない。

 それ所か、ふらふらと部屋の奥へと歩いて行く。



 



「――ッ!! ルーナ!!」



 何者かの魔力が、ルーナを覆っているのが見えた。

 コヨリは即座に魔力を全開放し、ルーナに叩きつける。


 ルーナを魔力で覆いつくし、コヨリは魅了チャームを発動させた。


 



 ルーナの体がぐらりと揺れる。コヨリはすかさず駆け寄り、その体を抱き留めた。


「うっ……私は一体……」

「ルーナ! 大丈夫か! 気分は!? おかしな所はないか!?」

「え、ええ……大丈夫です。特に問題はありません」

「そうか、良かった……」


 コヨリは安堵の息を漏らす。

 これは己の失態だ。きちんと二人に説明をしなかったせいだ。


 近付かなければ大丈夫だなんて、そんなのは甘い考えだった。


「コヨリ殿……今のは一体……」

「そうか。ミズキは魔力が出せんから分からんか。……ルーナなら分かるじゃろ。この先に、何かがいると」


 ルーナはこの部屋のある一点の先へと、魔力を広げる。

 一見するとただの壁だ。だが、その先には通路がある。


 そして、いるのだ。


「こ、これは……なんですか、この異常な魔力は……。こんな、こんなの……。もしかするとコヨリ様以上の……」


 ルーナの顔が、驚愕と恐怖に染まった。


「コヨリ様……一体この先に、何がいるのですか……?」


 コヨリは見つめる。

 この先にいる、あの男を。


 絶対に呼び覚ましてはいけない、災厄を。


「この世界の最狂のラスボスにして、災厄を振りまく男。100年前に魔族との戦を終わらせた大英雄――ネメシス=ブルームじゃ」

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