5.追放先で
「それでは、侯爵様からのお言葉をお伝えします」
そう言われ伝えられたのは、この先家名を名乗ることを禁じるということ。貴族は、何よりも誇りを大事にする。追放者を出したなどと、ずっと言われるのは耐えられないのだろう。
(……わたくしは、これからどうすれば良いのかしら)
ウェービー家の家紋が入った馬車が遠ざかっていく。女王の提案で令嬢も乗馬を推奨されたが、エリザベスは縁がなかった。
何より、追放されても脱がないピンヒールでは、石畳で舗装されていない土の道は歩きづらい。踏んだことがなかった土で、少し汚れてしまった。
「はぁ……この靴、お気に入りだったのに」
まずはどこかへ移動しなければいけない。馬車で十日以上も移動した辺境の地は、泥臭いばかりで何もない。
「あれは……家、かしら」
何もないと思っていたが、真っ直ぐすぎる農道の奧の山の前に、ポツンと一軒の家が見えた。ひとまずあの家を目指そう。
そう思い、一歩踏み出す。
「うっ……背に腹は替えられませんわ」
歩くごとに柔らかい土の道にピンヒールが食い込む。これ以上汚してなるものかと躊躇うが、令嬢らしからぬ腹の音を出してしまった。
(いえ、もうただのエリザベスね)
この辺境の地は、空気がとても澄んでいるのだろう。早春の風に乗って、美味しそうな匂いが漂ってきた。
土の道にピンヒールの痕をつけながら、エリザベスはポツンと建つ一軒家を目指す。
これまで、ダンスのために心血を注いできた。だから体力には自信があったのだが、何分慣れない土の道。靴が汚れてしまうのも諦めたつもりで、諦めきれていなかったようだ。普段は意識しない筋肉を使ったり靴への配慮だったりと、一軒家に着く頃には疲労が溜まってしまった。
「ごめんくださいまし」
美味しそうな匂いはこの家から来ている。今も尚エリザベスの空腹を刺激しているが、家主が出て来ない。
何度か呼びかけていると、背後から声をかけられた。
「おれの家に何か用か」
「きゃっ……なぜ背後から来るのかしら。今は調理中ではなくて?」
「作っている途中で、もう少しロータスルートの量を追加したくなってな」
これだ、と小麦色の肌にしては目立つ白い歯をニカッと笑って見せる。男性が持っていたロータスルートを持ち上げた瞬間、ピッと泥が飛んできた。
「いやっ。汚いわ!」
「悪いな。お嬢さまのお綺麗な顔を汚しちまった」
言いながら、男性は泥のついた手でエリザベスの頬を拭う。泥が広がった。
「ちょっと! 何をするのよ!!」
「すまんすまん。代わりに昼食を提供すっから」
ニカッと笑う男性はエリザベスの腹の音を、どうやら聞かなかったことにしてくれたようだ。もし指摘されていたら、恥ずかしくて死にたくなっていただろう。
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