隻眼のおじさんの隻魔眼~辺境のおじさんが裏社会を牛耳る話~

我場こると。

第1話 隻眼

魔眼球まがんきゅう――通称・魔眼まがん

 人々が生まれ持つ魔導まどう器官きかんであり、魔力を生成する臓器……」


 その美少女は、説明の必要もない常識を、それでも噛みしめるように口にした。


魔力炉まりょくろとしての魔眼は、左右がそろった上で、もうひとつの魔力炉――心臓と同調して初めて完成する。片眼かためを失った場合の生成魔力の質と量は、半減では済まされません。……済まされない、はずです」


 戸惑う美少女の視線の先には、一人の男がいる。

 中肉中背のくせに、どこかやつれた印象もある、くたびれた中年の男だった。

 年齢は四〇歳前後だろうか。少し白髪しらがの混じった黒髪。あごには無精ぶしょうヒゲが目立ち、パッとのくたびれた印象に拍車はくしゃをかける。


 一方で「ただのくたびれた中年男おじさん」で片付けるには無理がある、不穏ふおんな特徴も多かった。

 よくよく見れば目つきは鋭く、眉間みけんにはしわが寄り、顔立ちはいわゆる強面こわもてるいする。

 さらにそのこけたほおや首筋、シャツの短い袖口そでぐちから伸びる筋肉質な腕、大剣を握る手の甲にまで。見える限りの男の肌には、古い傷痕きずあとがいくつも刻まれていた。中でも最も目を引く古傷ふるきずは、古びた革の眼帯がんたいおお左眼ひだりめだ。


 つまりその中年男おじさんは――隻眼せきがんだった。


「実はまだその左眼は健在……いえ、そこに魔力の気配は微塵みじんもない。明らかに魔眼としての機能を失っています。なのになぜ、なぜまだあなたは――」


 無言をつらぬく男の前で美少女は自問自答し、そして、男の足下あしもとを指差した。

 先ほどから美少女は男の方を大きく見上げている。

 戸惑い、混乱し、かすかな恐怖さえ瞳に浮かべ、美少女は悲鳴じみた声を絞り出す。


「それほどの強さを、維持できているのですか……!?」


 美少女の動揺を無表情で見つめ返す男の足の下では――巨大な竜種ドラゴンが、死んでいた。

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