第7話 愛火


ライブの時間が始まり、演者がステージに上がる。

今日の参加者は五行輪舞を合わせて三組。

五行輪舞はその人気故かトリを務めるようだ。


一組目は典型的なヴィジュアル系バンドだった。

二組目はメタルパンクとでも言おうか。

ヴォーカルのシャウトもパフォーマンスも中々の迫力だ。


その二組も十分に盛り上がったと思う。

だけど五行輪舞が出て来た時……空気が一変した。



『みんなー! 今日は来てくれてありがとー!』



恋がMCを始めると、歓声のボリュームも一気に上がった。



『今日も五行輪舞はアゲて行くよ! 最後まで付いて来てねー!』



最初の曲は最近話題のライバーアイドルユニットのカバー曲。

これも中々にロックだ。恋曰く、何故か自分達にピッタリに感じるのだとか。

劣等感や世知辛いというワードがあるけど、本当にあんなキラキラした奴等に合ってるのか? と思う。



『それじゃ一曲目はこれで終わり! 皆んな、楽しんでくれてるかなー?』



会場が揺れる程の歓声が上がる。

さっきまでのバンドより圧倒的に盛り上がっているのが分かる。



「恋……凄いな」



そんな呟きを思わず漏らしてしまう程に。そんな声、誰にも届いていないだろうけど。



『ボクねー、スイカが好きなんだけど夏しか食べられないんだよねー』



対して曲の合間のMCトークは至って緩い。

ロックバンドと名乗ってはいるが、恋のトークには世間への不満や社会への文句は一切無い。

恋に言わせればそれが悩みのタネなんだろうが、歌っている時とのギャップも受けている要因に思える。



『そろそろ二曲目いっくよー!』



次の曲は学校でも披露した【水恋火(すいれんか】)。

五行輪舞のオリ曲は基本的に漢字+五行何れかの文字で構成される。

学校でもそうだったが、今回も相当な盛り上がりを見せた。



『ふぅ〜……! 聞いてくれてありがとう! この曲はカイのキーボードソロがめっちゃカッコイイよね!』



カイ……水城 海里か。恋は幼馴染の金原以外はあだ名で呼ぶみたいだな。



『え、もう時間っ!?』



MCの最中、金原に耳打ちされて恋が驚いた声を上げた。

その反応に客席からも笑いが起きる。

どうやらトークに熱が入り過ぎて時間が足りなくなるのは五行輪舞では日常茶飯事らしい。



『むぇー……じゃあ次が最後の曲だね。

みんな待望の新曲だよっ! タイトルは……【愛火(あいか)】」



……っ!?

一瞬、私の名前を呼ばれたと思った。

でも愛花じゃなくて愛火か。

私との不真面目勉強会を通して作詞したからそれに因んだ……のか?



『すぅ……』



恋が目を閉じて大きく息を吸って、ロングトーンから始まったソレは……私を含めた観客達の心を大きく揺さぶった。

それは他のバンドみたいに声高に世間への不満を叫ぶ曲じゃない。


ちょっとした不真面目な事。

けれどそれは恋にとっての“殻”で、それを打ち破った時のスリルと高揚感と……少しの罪悪感。

普通のバンドと比べたら遥かに大人しく、良い子ちゃんな歌詞だ。

けれど確かにそれは火口 恋の体験談で、伝えたい想いで、恋の魂が籠った一曲だった。



『……聞いてくれてありがとう! ボク達五行輪舞の新曲【愛火】でした!』



恋は最後にそう締め括った。

ライブハウスは万雷の拍手に包まれる。

推しの名前を叫ぶ人。

涙を流す人。

余韻にずっと浸る人。

アンコールを求める人(恋はあれで時間は守るから実現はしないだろうが)。

五行輪舞がステージを降りても、観客の熱気は冷めなかった。



「恋、凄いな……」



私は思わずそう呟いていた。

これが、火口 恋なのか……



◇◇◇◇◇



「チェキ会始めまーす! 1枚1500円でーす! この列に並んで下さーい!」



ライブを終えてチェキ会。

五行輪舞の前には長蛇の列。今日来た観客全員が並んでるんじゃないか?


一番人気は当然火口 恋。

客層は老若男女問わず、誰に対しても積極的にファンサしている。

……ちなみに私もこの列だ。


他の4人も並ばれているけど、数自体は横並び。強いて言えば水城 海里が多めか?

水城は若い女性に人気らしい。ただファンを踏んでいるのはサービスなのか……?


金原 鈴音は大量のピアスを付けているからか、客層もパンク系のファッションが多い。

ただ、それでも金原レベルにピアス塗れの耳は無かったな。


土屋 玲於奈はおじさんと若い女の子、双方に人気な印象だ。

ギターの腕を褒められたのか、何時ものドヤ顔を決めている。


木ノ葉 芽衣は……なんだ? 地雷系?

ゴスロリ系? みたいな女性が多い。

両手を握られ、熱心に話しかけられている。

その表情は何処か感涙しているようで……木ノ葉は重い女を惹きつける習性でもあるのか?



「今日の恋ヤバかったねー!」


「うん! 愛火の作詞も恋なんでしょ? ありゃスゲーわ」


「一皮剥けたって感じだよね。マジでメジャーデビューあるかも!」



順番を待つ間にも恋への称賛が聞こえてくる。

私は聞いたのは学校と合わせて2回目だけど、以前から知っている人から見ても今回のライブは凄かったって事なんだろう。



「次でお待ちの方どうぞー」



そんな思いに耽っていたら自分の番が来たようだ。

スタッフの指示に従って恋の前に立つ。



「初めてのお客さんだー!」



わー、と大口を開けて真正面から抱き着いてきた。



「来てくれてありがと!」



そして、耳元で囁くようにお礼を言ってきた。

抱き着きと囁きで自分の顔が熱を持つのが分かる。



「約束したしな。最高のライブだった」


「んへへ……さ、どんな写真をお望みかな!」


「え、じゃあピースで」


「はーい!」



正直写真はどうでも良かった。

ただ、恋に少しでも早く称賛の言葉を伝えかったから列に並んだだけだから。



「はい、チーズ」


「ピー……んんっ⁉︎」



それだけなのに、ファンサの一環とはいえ頬にキスはやりすぎだろ……!

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