第6話 五行輪舞


「んん……?」



スマホの着信音で目が覚める。

時間を確認するとまだ朝の3時だ。

こんな時間に電話してくるのは何処のどいつだ……



「恋じゃねーか……もしもし?」


『愛花! 書けたよっ!』


「んぇ?」


『歌詞! この前の愛花のお陰で凄い良い歌詞書けたの!』


「まさか今の今まで作詞してたのか? 寝もせずに?」


『えへへ、愛花とやった不真面目の気持ちが薄れない内に書けるだけ書いちゃおうって。

そしたら何時の間にかこんな時間になっちゃったけど……書き切ったよ!

曲は涼音に渡してからになるけど、そんなに時間は掛からないと思う』


「作曲は金原なのか? あふっ……」


『あ、眠いよね? ごめんね、こんな早くに起こしちゃって……』


「良いよ。元々は作詞の為に不真面目を学びたいって話だったからな。役に立てて良かった」


『うん……愛花は凄いや。ボクの腕を引っ張って、知らない体験をさせてくれて……バンドマンとして一歩進めた気がするんだ。

ホントにありがと! 大好きだよ、愛花!』


「……いきなり恥ずかしい事言うなよ」


『んへへぇ』



眠気のせいか甘ったるい笑い声を電話口で聞かされる。

歌う時は文句無しにカッコいいのに、今のは否応なしに可愛いと思わされる声だ。



「あふっ……ふぁ」


『あ、また長々と話しちゃった……! もう切るね』


「おー。お前もちょっとは寝ろよ?」


『うん! 愛花も寝てね? それじゃーねー!』



通話が切れる。

眠いのに、妙に目が冴えてしまう。

大好きだよ、か……いや何反芻してんだ私。

恋は誰に対しても大好きとか言う奴だってのは分かってるのに。

心のモヤモヤを晴らすように首を振って、布団を頭まで被り直す。

寝れると良いなぁ……



◇◇◇◇◇



朝になって登校して。

朝の支度を調えていると、恋が右目を擦りながら左手を金原に引かれながら教室に入ってきた。

あの様子を見るにやっぱり寝坊したんだろう。



「あ、いいんちょっ! おはよー!」


「え、あ……おはようございます」



かと思ったら弾けるような笑顔で右手をブンブンと振りながら挨拶してきた。

学校では過度に接するなって言ったのに……まぁ、アイツなら誰にでもあのぐらいの勢いで挨拶するだろう。


その後は机に紙を広げて金原と頭を付き合わせて何やら話していた。

恐らく寝坊した恋を叩き起してそのまま支度させて学校に引っ張ってきたから、今の今まで歌詞を見る余裕は無かったんだろうな。


……金原は本当に授業態度は真面目だ。

時折傲慢な面は見えるが、成績優秀だし何かと危うい恋の面倒もしっかり見ている。

これで大量のピアスさえ無ければなぁ……成績が良いから見逃されてはいるが、委員長の立場としては注意しない訳にもいかない。

そして、その注意を金原が真面目に受け取る事は無い。

それどころか益々ピアスが増える始末だ。あれで耳重くないのか……?



「あいかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ふぐっ!? 土屋さん……?」



そんな物思いに耽っていると、土屋が首に抱き着いてきた。



「勉強教えてくれてありがとう! おかげで後輩にバッチリ良いとこ見せられたわ!」


「それは何よりです。ですがそれも土屋さんの努力の賜物ですよ」



私がそう告げると、土屋はフフーン! と分かり易くドヤ顔を決める。

それで鬱陶しさより可愛さが先に来るんだから顔が良いってのは得だな。



「実はれんがすっごい歌詞を書いたらしいの! れおなが招待してあげるから今度ライブに……」


「レオ〜!」


「ぎゃわー!?」



土屋が言葉を言い終わる直前。

突如恋が背後から土屋を抱き締めて持ち上げた。



「今日もレオはちっちゃ可愛いね〜!」


「こ、子供扱いしないでってば! ひゃう!? 擽ったい……!」



側から見ればJK同士の戯れ合いにしか見えない。

恋なら無遠慮にスキンシップを取るだろうとも思う。

けれど今のは、まるで私から土屋を遠ざけるような……

いや、幾ら何でも自惚れすぎか。



◇◇◇◇◇



あれから恋と幾度かの不真面目勉強会を経て。

バンド練がある時は1人で不真面目行為に耽って。

そんなある日、新曲が完成して次のライブで披露するからとチケットを渡された。

まったく、渋谷なら未だしも地元でチャラ女スタイルになるのはリスク高いってのに。



「それでも来ちまったけど」



まぁ、ライブハウス自体は渋谷でも何度か行ってるしな。

要は今の私を学級委員長の天王寺 愛花だとバレなきゃ良いんだ。



「ねーねー、今日五行輪舞来るって!」


「おー、マジ? ラッキーじゃん!」



このライブハウス……Noise Nestは奴等のホームだけあって五行輪舞の話もチラホラ聞くな。



「あの……」


「うん? どした?」


「私この箱は初めてなんですけど……五行輪舞ってバンドが人気なんですか?」


「あぁ、この箱なら一番じゃないかな?

全員JKってだけでも珍しいのに、皆んな顔が良いからねー」


「ビジュレベルやべーからな。握手会やチェキ会でも列出来るし」


「そうなんですね……あの、バンドとしてはどうなんでしょうか?」


「それで言ったら……そこそこじゃない?」


「だね。高校生としちゃ上手いレベルかなー。涼音が結構頑張ってるけど」


「はぁ……」



そんなもんなのか? なんて。

意外と冷めた感じで見られてるな……って思った。



「だけど……」


「ね」



急に、この二人の熱量が上がった気がした。



「ヴォーカルの恋だけは別」


「ありゃ別格。そりゃ歌唱力だけならもっと上は居るよ?

でもあの醸し出すカリスマ性って奴? あれは……他には居ない」


「しかもステージから降りたらメッチャ人懐っこくてファンサにも積極的!

バンドじゃなくてソロでやってたらとっくにメジャーデビューしてたんじゃない?」


「あと有名な作曲家ね。五行輪舞のオリ曲って割と王道というかありきたりと言うか……もうちょっと色を出してほしいよねー」


「なるほど……色々とありがとうございました」


「良いよ良いよ。楽しんでってね」



ヒラヒラと手を降る二人組に頭を下げてその場を離れる。

王道、ありきたり、か……恋の悩みそのものズバリだな。


普通の学生バンドならそこまで問題にはならないと思う。

火口 恋の存在がその問題を目立たせてしまうんだろう。

誰もが『もっと上に行ける筈なのに』『もっと輝ける筈なのに』と思ってしまう。だから問題点を探してしまう。



「恋……」

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