第2話 望まぬ邂逅
歌詞の内容は理解しておらず、英語も下手なので火口の口から発せられる歌は滅茶苦茶だ。
だけど声が良い。顔も良い。歌唱力も高い。
おまけに流石のリズム感でダンスも私の数倍様になっている。
そして何より、この馬鹿みたいな歌が不思議と格好良く聞こえてしまうのだ。
こんなノリノリで楽しそうな女が乱入してきて、ダンサー達のテンションも鰻上りだ。
……さて、どうするか。
こんな浮かれた服装で踊り狂う女が天王寺 愛花だとバレる訳には行かない。
学校での私とは正反対だが万が一という事もある。
途中で抜け出すか?
いや、構いたがりの火口の事だ。
変に目立ったら逆に目を付けられる可能性もある。
……1曲終わるのを待って、そこからありがとうございました、とこの場を去るのがベターか。
「ヘイヘーイそこのガール! ボクと一緒に踊ろーYO!」
「……はっ!?」
いきなり、私の腰を抱えて輪の中央に引き込んできた。
コイツは社交ダンスか何かだと勘違いしてるのか?
「いや、あの……」
「ほらほら、お姉さん可愛いんだからもっと笑顔スマイル!」
「いや……」
何なんだコイツは。
私より美形な癖に。
私より人を惹きつけるカリスマがある癖に。
私よりよっぽど“主人公”な人生を歩んでいる癖に。
何で私に構うんだ。気に食わない……
「……あははっ」
だからこれは、そう。
剥き出しの腰に回されたコイツの腕が擽ったかっただけなんだ。
決して、込み上げる笑いが抑えきれなかったとか……そんなんじゃないんだ。
◇◇◇◇◇
「イェーーーイ! センキューセンキュー! グレートグレート!!」
火口効果か、いつの間にかギャラリーまで出来上がっていた。
1曲終わり、火口はダンサーやギャラリー達とハイタッチや、腕同士をその……グッとくっ付ける陽キャ仕草で喜びを表現している。
「じゃあ私はこれで……」
他人に夢中になってる今がチャンスだ。
敢えて人に聞こえない声量で別れの挨拶を告げてこの場から去ろうとした。
「あ、待って待って!」
だと言うのに、この女は私の肩に腕を回してロックしてきやがった。
「な、なんですか……!?」
「せっかくなんでブラザーで記念写真撮りまショーウ!」
何を言ってる???
というかさっき会ったばかりのダンサーズももうブラザー呼びか。コイツならそうか。
殆どが日本語だが、幸か不幸かこの場の黒人ダンサーの皆さんは日本語が堪能であり……そして生来のノリの良さで火口の提案を快諾した。
「はーい、もっと詰めて詰めてー! オー、ナイス詰め詰め! はい、チーズ!」
ガタイの良い黒人ダンサーの方々が密集した輪の中、その中心に押しやられた私と火口。
更にはスマホで自撮りをする関係上火口が顔を寄せてきて……
「オッケーイ! センキューブラザー! また一緒に遊ぼーYO!」
「終わった? じゃあ私はもう行くから……!」
妙に動悸する心臓と何故か熱くなった顔面を誤魔化すように、やや強引に火口の腕を振り解いて輪から脱出する。
ただ、焦っていた。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
だから……声色を変える事を忘れていた。
「あれ、その声どっかで……もしかしてボクと知り合い?」
「えっ!? い、いや初対面だが……!?」
「ふぅん?」
火口は値踏みするように私の周りをグルグルと回る。
いや、大丈夫。大丈夫な筈だ。
今の私は学校で見る三つ編眼鏡の真面目な学級委員長とは真逆の存在。
両親ですら今の私を天王寺 愛花だとは分からない筈だ。
「ちょっと失礼」
「ギャッ!?」
そう高を括っていたら、トップスを引かれて背中を覗かれた。
何故か胸を抑えながら火口から離れる。
「ホクロの位置が同じだ! やっぱり委員長じゃん!」
「お、おま……! 同性でもセクハラは成立するからなっ!?」
「えっ!? あー、じゃあボクのお腹でも……」
「バカバカ裾から手を離せっ!」
公衆の面前でダサいTシャツを捲ろうとする火口の手を抑える。
「そもそもなんで私のホクロの位置なんて知ってるんだよっ!」
「体育の時に着替えるじゃん? 委員長背中綺麗だから良く見るんだよね」
「んな……!?」
こっ恥ずかしい事を言われて、視線の置き場が分からなくてついキョロキョロしてしまう。
それで、ダンサーズやギャラリーが私達の事を見ている事に気が付いた。
「こ、こっち来い!」
取り敢えずこの場に留まり続けるのは宜しくない。
そう判断した私は火口の腕を引いて、バスケコートから逃げ出した。
◇◇◇◇◇
「ほら、コーラで良かったか?」
「良いの? ありがとー!」
暫く歩いた所にあるベンチ。
ひょい、と自販機で買ったコーラを差し出す。
これが口止め料になれば良いんだが……
「いやー委員長めっちゃ可愛いじゃん。あ、もちろん学校の委員長も可愛いけどね?」
「……なぁ、火口。その、今日の事は黙っててくれるか?」
「ん? みんなで踊った事?」
「それだけじゃなくて……私がこんな格好してるのとか、渋谷に行ってるのとか……」
「良いよー」
軽っ。
ただまぁ、コイツは悪戯に言い触らすような奴じゃない、と思う。
「……なんで火口はこんな所に居たんだ?」
「ライブハウスの下見。ホームじゃそれなりに人気になってきたけど、何時までも地元に籠ってるのもね。
だから遠征予定の所をちょこちょこ回ってるんだー」
「へぇ……」
エンジョイ勢かと思ったら意外とマジなんだな。
「で、委員長は何で此処に? カッコイイ格好して」
「私、は……」
適当に気分転換だとか、都会デビューだとか。
今回が初めてです、みたいな顔をしていればきっとコイツは騙される。
「優等生な自分を、崩したかった」
なのに、つい……ポロリと溢してしまった。
「ふぅん?」
「アンタみたいなリア充には分かんねーか。
ま、そういう訳で……秘密にしてくれると助かる」
「具体的に何したの? 今日みたいに踊ったり?」
「え? あー……そういう日もあるってだけ。
ハンバーガーやホットドッグを歩き食いしたり。
UFOキャッチャーで散財したり、夜の街をブラついたり……その程度。
こんな服来て歩くのだって私にとっちゃ冒険なんだ」
「へぇ〜……結構不真面目なんだ」
「不真面目……に入るか?」
「人によるかなー? ねぇ、委員長」
「なんだよ?」
「今日の事は秘密にしてあげる。だからその代わりに、さ」
火口はベンチから立ち上がり、悪戯っぽい笑みを浮かべて私の正面に回る。
「ボクに“不真面目”を教えてよ」
「……は?」
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