私の気持ちはフィルムに

恋心フィルム

　八月が終わる頃、高校二年生の同窓会が催された。なぜ高校二年生なんだと思いつつも商工会議所の会議室に三十人ほどが集合した。市役所に勤める幹事が言うには、高校三年は受験などで記憶にない。催しで団結したのが二年だと。修学旅行、冬山登山、校内クラス対抗マラソン大会、文化祭、運動会、もともと元旧制の女学校だからいうことで料理コンテストと裁縫コンテストでも鉄壁の結束を見せた。

　立食会場の前の挨拶が行われた。

　銅の卵焼き機でだし巻きを数本作らされて記憶がある。家庭科教室でのことだ。中学生のときから母の勤めるスナックのためにお通しとしてだし巻きを数本作っていたのだった。そんなことが二年ほど続いて、母は居抜きで小さなカウンターだけの居酒屋を手に入れ、今に至る。だから高校から今は個人的には安定していた。

「では乾杯！」

　野坂は穏やかにグラスを掲げた。和歌山県でも隅っこに孤立する公立高校なので、ほぼ他校と競争も校内の派閥もない生活で、母も小さいながら一国一城の主として居酒屋を経営していたから、仕事を手伝うこともなく何の変哲もない学校生活を過ごせたのではないかと思い、何となく同窓会に参加しようと思い立った。

　たまに不安にもなったな。

　これが失われるのではないかと怖くてザワザワしたこともあった。今でも夜でも朝でも不安に襲われることがある。家がないということのつらさは、持ち家で生まれた人にはわからないだろうし、気にしていない様子をしていても伏し目がちにもなる。

　半時間ほどして、他の同級生と話しているとき川瀬美奈が近づいてきたのが見えた。脚の細さがわかるパンツ、ブラウス越しにもわかる華奢な肩、麻ジャケットの前を閉じた姿は一際輝いていた。現に男連中はさっきからずっと彼女を囲んでいた。穏やかさと凛々しさのあるミント系のリボンタイもオシャレだ。高校のときはセーラー服姿だからわからないが、こうして同窓会出会うと印象も変わるとうものだ。

「野坂くんとこ市営住宅立ち退きやで」

「夏休みに急に来たよ。じいさんばあさんには寝耳に水やん。激おこや。建築課の前田さんかな。偉そうに。殺されるで」

　建築課の三島が教えてくれた。彼女も昔は市営住宅で暮らしていて、野坂の生活レベルも知っている。よく手続きなど教えてくれるのでありがたい。そんな彼女が幹事をするので参加したこともある。

「抜き打ちや。行政のやり口や。でも野坂くんは優遇されてるやろ」

「あそこは戦後から荒っぽい奴らなんや。僕が何も言わんでも何とかなるわ」

「野坂くんはオアシスらしいで。何でも言うこと聞いてくれるて。アホや。あ、ようやく待ち人来たるやで。うまいことしいや」

　川瀬を取り巻いていた男たちの隙を突くように輪から抜けて、わざわざこちらに近づいてきた。逃げるように来たが、まだ諦めきれない数人を引き連れていた。野坂を交えて数人で記憶にも残らない、二次会へ行こうと話をした。

　川瀬との新しい出会いだ。

「野坂くんも二次会へ行くの？野坂くんが行くんならわたしも行くけど」

　さすがに連中は黙った。

　会場から出てトイレに近い廊下で川瀬がスマホを見せてきてライン交換した。他の男連中もたむろして、川瀬を二次会に誘っていた。

　まだ夏の夕暮れどきだ。

　居酒屋はどこにでもある。

「そんな出し方されたら意識するやん」

「他に教えたないもん」

「教えてたやん」

「そこまで見てたんなら来てくれたらよかったのに。見て笑ってたんやろ。冷房効きすぎ。あったかいもん飲みたい。下の喫茶店行こう」

　川瀬はグイグイと来た。ここでは寒いのでどこかファミレスへ行こうと、二人で名画のレプリカを掛けてあるファミレスへ行った。