第7章 ②
席替えと終礼が無事終わり、放課後。
今日も一人で帰ろうと思っていると、突然外から大きな音がし始めた。
まさか……雨?
誰もいない教室の窓に駆け寄る。
わ……すごい。
外では、すごい勢いで雨が降っていた。
さっきは降ってなかったはずだよね?
いきなりでびっくり。
「……でも、今日は早く帰らないと」
今日家の鍵を持っているのは、私。
春輝くんが先に帰ってしまったら、この雨の中待つことになる。
それはだめだ。
私は教室を出て、下駄箱へ向かう。
ローファーに履き替えて校舎を出る。
コンクリートを強く打ち付ける大雨の音が、より強く感じた。
私は、あらかじめ持ってきていた折り畳み傘をカバンから取り出す。
「うわ、大雨じゃん。最悪~」
そのとき、すぐ近くでそんな声が聞こえてきた。
見ると、おんなじクラスの女子生徒三人が空を見上げながら話している。
「私たちの中で、誰か傘持ってる人いない?」
「私、こんな大雨の中傘なしで帰りたくないよー」
……私の手には、一本の傘。
私は一人
だけどあの人たちは三人。
雨に濡れるなら、少ないほうがいいよね。
……よし。
「あ、あの」
私は近寄って、話しかけた。
「え、私たち?」
「あ、桜庭さん? どうしたの?」
「よ、よければこれ、使ってください!」
私は勢いよく折り畳み傘を差し出した。
「……え、いやいいよっ。桜庭さんの傘無くなっちゃうじゃん」
「大丈夫です、帰り道のコンビニでビニール傘を買うのでっ」
私は傘を渡して、その場を駆け出した。
「あ、ありがとー! 桜庭さん!!」
雨の中から、かすかにそんな声が聞こえる。
私が傘を差しだすくらいで、誰かの助けになれるなら……。なんて、思ってしまう。
強くなる雨の中、私は遅い足で走った。
すぐ近くのコンビニに、私は雨宿りをするように入った。
よし、ここで傘を買って、また走って帰れば春輝くんの下校までにはきっと間に合う。
自動ドアの近くで売られていたビニール傘を一本手に取った。
そういえば、お財布。
……って、あれ?
カバンを漁るけど……それらしきものは見つからない。
まさか、ない!?
う、うそっ!?
だめだ……これじゃ傘は買えないよ。
もう、なんでお金持ってないかな……。
必要なときに限ってない。
諦めて、傘を元に戻しお店の外へ出る。
コンビニには屋根があり、なんとか濡れないで済む。
……どうしよう、早くしないと春輝くん帰ってきちゃう。
私は少しだけ迷った後、決めた。
よし、このまま雨に打たれて帰ろう。
カバンを肩にかけ直して、また走り出す。
昔、お母さんが言ってたんだ。
誰かが困っていたら、危ない目に合っていたら、助けてあげてほしい、手を差し伸べてあげてほしいって。
お父さんはそうやって、小さい子供をスピード違反の車から守って……亡くなってしまったけど。
でもお母さんは言っていた。それでもお父さんはお空の上で、自分の選択を後悔なんてしていないだろうって。
だから私も……後悔はしない。
ああしていればよかったとか、そういうことは思わないよ。
誰かの役に立てた喜びは、嘘じゃないから。
息が切れて、胸が苦しい。
足も疲れてきて、私は立ち止まった。
そうだ、私にずっと走り続けられるほどの体力はない……。
雨で、暗くて、おまけに霧もかかっていて、ここがどこかわからない。
全然、前が見えない。これじゃあ、間に合わない。
夏とはいえ、大雨の中ずっと外で待ってもらうわけにはいかないよ。
もうちょっと、道がわかるまで……。
私は再び足を踏み出した。
————そのとき。
「わっ」
ドンっとなにかにぶつかった。
霧のせいで周りが見えないから、電柱とかに衝突したのかも……。
身体に鈍い痛みを感じながら、目を開けると。
「……芹菜」
聞き覚えがあるどころじゃないくらい、何万回も聴いた声。
それが、私の名前を発音していた。
「あ……律くん」
目の前にいたのは、傘を差した律くんだった。
少しだけ濡れた制服に、焦った顔。
律くん、いつもあんまり感情が表情に表れないのに……めずらしい。
って、そんなことはいい。
「あの、律く————」
「芹菜。傘はどうしたの」
"どうしてこんなところに”聞こうと思えば、それは遮られる。
がたんと、ビニール傘が私のほうへと傾いた。
とたんに遠くなる雨音。濡れない身体。
傘……かさ。
「え、えっと……友達、に、貸しちゃって」
律くんは心配性だ。
私の事なんかも心配してくれて……。
それがわかってるから、とっさに嘘をつく。
「……あ、律くんっ。濡れちゃってるよ。私はもともと濡れてるから、傘ささなくても大丈夫だよ。ありがとう」
話を逸らすようにそう言い、傘を律くんのほうへと戻す。
……律くん、優しいなあ。
なんで。幼なじみだから? 知り合いだから?
ずっと……何年も一緒にいるから?
ふいに、その優しさがどこから来るのかって気になった。
こんなこと、本当は考えちゃいけないってわかってるけど。
「芹菜」
すると突然、律くんは急に力を無くしたように左の手の平を開く。
そっちは、傘を持っているほうで……。
がこんと傘が地面に落ちた。
え? ……どうして……。
そのとき、濡れた手でぐいっと腕を引っ張られた。
抵抗できずに、私は律くんの身体に飛び込む形になる。
状況を理解するよりも先に、律くんは私の背中に手をまわした。
込められる強い力。
「え……りつ、くん?」
……私もしかして、律くんに。
律くんとハグしたことは、ある。
でもそれは幼稚園生のときの話であって、大きくなってからは一度もなかった。
「……芹菜」
「え?」
戸惑いながらも、雨にかき消されそうなその声を私は拾う。
————俺が、守ってあげるから。
だけどその言葉が、私の耳へと届くことはなかった。
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