△が壊れない

さくさくサンバ

第1話 △が終わる頃

 俺の幼馴染二人を自慢しよう。


 仁宮勇多と古渡茜。どちらも俺と同じ高校二年生だ。勇多は男子で茜は女子。幼小中そして高と同じ学び舎に通う二人とはともすれば親の顔より先に互いの顔を認識したのではないかというほど、それはもうずっと一緒に育ってきた。


 イケメンで頭もよくスポーツも得意と非の打ち所がない陽キャ男子の勇多も大概ハイスペックだが、それら要素を更に上回る水準で兼ね備えているのが古渡茜である。


 絹を黒く染めたような長髪と色素の薄い瞳。目尻はたれ気味でいつも微笑んでいるからとにかく印象が柔らかい。物腰も柔らかい。誰に対しても丁寧だしどんな物事もまずよく聞いてくれる。たぶんだけど前世は聖女とかやってたのではなかろうか。


 バドミントンでは中二で全国制覇したくせに飽きたと言って半年早く退部、とこれは性格上の欠点と言えなくもないかもしれない。本人曰くに熱中できるものがないらしいがならなんで首席合格で新入生代表やったり読者モデルやってみたり球技大会で各部の部員を蹴散らしているのか。今は勇多も所属するサッカー部のマネージャーに納まっているが惜しむ声は同学年内だけに留まらない。というか割とやりたい放題してる部分があるのに敵視されたり嫌われるどころか上級生や同性にも好かれているのすごいと思う。ちなみにソースは幼馴染二人とは比べるのも烏滸がましい凡人の俺がひっそりだったりばっちりだったり聞いた当人不在時の彼彼女に関する雑談や相談の数々だ。


 快活さの中に少年らしさを持つサッカー部のエース。


 才色兼備を絵に描いたような芯硬い真っ直ぐな少女。


 俺は二人を誇りにすら思っている。


 さて既に察していることかと思うが、俺こと佐竹和馬の初恋は古渡茜である。可愛くて優しい異性の幼馴染とか惚れるなというのが無理だって。家族みたいなものだから=恋愛対象外、という意見もわからなくはないが、おそらく三人での幼馴染関係だったというのが幸いだったというか不幸だったというか、少なからず影響したのではないかと今にして思う。


 そして既に察していることかと思うが、俺こと佐竹和馬の初恋は実らずに終わった。自分なりに必死こいて努力したつもりだけど、競合相手が生まれついての王子様では仕方ない。せめて想いを伝えられたことを明日の糧として堂々としていよう。


 と、昨日は思っていた。


 長くなったが、なにが言いたいかというと、俺の幼馴染二人はすげーんだぞということと俺が今現在、すっかり抜け殻状態だということだ。


「あー……つらい……」


 長年の三角関係に決着がついた翌日の月曜日、放課後に部室で机に突っ伏している。そもそもなんで日曜日に告白するんだよ勇多のやつと理不尽を承知で心の中に文句を垂れる。あと四日も学校あるとか普通に地獄だ。中二の時以来の三人同じクラスというのも今ばかりは呪わしい。


 たった十分ほどの間に何回、発作的につらさを口から漏れ出させただろうか。もしかしたら二桁を数えるかもしれない。それだけつらいってわけ、ほんとに。


 漫画研究会に割り当てられた部屋はあまり広くない。元は物置だったという狭い空間にテーブルが一つと椅子が三つ。当然、座れる場所の一か所は俺が占有済みということになる。そして残る二つの席にも着座の予約がある。


「おつかれさまーたのしいたのしい部活の時間ですよー。って、わぁ、ほんとに死にかけてる」


「でしょ。教室でもずっとこんな調子。ウザいよね」


「よねと言われても。いまんとこかわいいけど?」


「その感性はわからん」


「えぇ!? んー……わかんないかぁ……」


 ドアを開けて入ってくるなり人を死にかけと表現したのが相沢里奈。ウザいと率直な感想をくれたのが清水波香。それぞれ荷物を置いて腰を落ち着けるとおり漫画研究会の部員たちだ。


 初恋破れの佐竹、悩ましガール相沢、アメちゃん係清水。総勢三人、集結。来年こそ新入部員確保しなきゃだな。


「フッ」


「なんかまたくっだらないこと考えてんでしょ佐竹」


「くだらなくないよ、将来についての重大事に思いを馳せてたんだ」


「なにそれ」


「あと約九か月後、来たる新入生たちにどう入部勧誘しようかなってね」


「時期尚早でしょ」


 棒キャンディを咥えながら清水さんは俺のたわ言をばっさりと切って捨ててくれた。切れ長の目は若干つめたいというか呆れ気味ではある。そこそこ長い黒髪をポニーテールにしているのは本日最後の授業が体育だった名残りだ。同じクラスだから清水さんが運動時に髪を結う姿はよく見知っている。結い上げる際の仕草と咥えゴムの真剣な表情が我がクラスのみならずたまに合同する他クラス男子にもちらちら盗み見られているというのは本人は知らない。


「そっかぁ」


「てかいい加減、顔上げなよ。ずっとグダっとしてんの鬱陶しい」


 それはそのとおりなので俺は気合いを入れて体を起こした。短い時間ではあるけど一人になったから気が抜けていたというのは他人に通じる言い訳にはならないだろう。清水さんは先ほど、教室でもずっとこんな調子、と言ってくれたが、ここまで本格的にグダっていたわけではない。ちょっと無気力だっただけだ。


「それで、なんでそんな感じなの今日。なんかあった? 飴いる?」


「もらう。いろいろ、ではないか、ちょっとした、でもないか、これには理由があってな」


 今日のアメちゃんはマスカット味だった。


「理由って? ……言えない話?」


「むしろ言わなきゃいけない話」


「あ、うちのサブロウがこんな感じ!」


「ごめんなんの話?」


 手を打ち合わせてサブロウについて声を上げたのは相沢さんだ。そして清水さんがすかさず問う。よくある光景すぎて俺はすごく気力値が回復するのを感じている。こういう日常がありがたいんだほんと。


 清水さんが綺麗系なのに対して相沢さんはおっとり系で相乗効果もある。相沢さん単体でもにこにこ笑顔とふわふわ茶髪とで癒し効果はかなり高いけど。


「和馬のこうでろーんってしてたの、サブロウが由奈の遊びにしかたなーく付き合ったあとにたまにする感じに似てるの。めっちゃつかれたもうマジむり……みたいな感じ!」


 サブロウは相沢家で飼っている犬で由奈は相沢さんの妹さん。サブロウと俺は気が合わないが由奈ちゃんとは友好関係にある。来年には高校生になるし何かお祝いでも贈りたいくらいだ。


「近くはないけど遠からじってとこか。もうマジむり、はうん、けっこう合ってる」


「そうなんだ。じゃあ今日は部活しないで遊びに行く?」


「いつも大してやってないけどね」


「波香ちゃんはもー、そういうのは言わなくっていいんだよ」


 漫画研究会は現状、事実上の休止状態にある。理由は単純で部員たちの能力不足。本来は漫画ないしは動画等主にサブカルに類する作品を制作発表しなければいけないのだが、この春に先輩が卒業して以来、1ページたりとも筆が進んでいない。新入部員とか言ってる場合じゃないな。


「でもでも、そうだよね、そろそろちゃんと活動しないと駄目だよね。ね、和馬、漫画研究部ってなにするの」


「漫画研究会ね、会。部じゃないから。もちろん漫画を作る。そんでそれを文化祭で発表する。ていうのが主な活動だね」


「わーそうなんだ。すごいね」


「半年前にもしたでしょこのやり取り。里奈、覚えてないの?」


「あはー。忘れちゃった」


 相沢さんの入部当初の焼き直しではあった。別に何度でも説明するから気にしなくていいとだけ伝えておく。


 そんな具合に漫画研究に打ち込んでいない我が部だが、集まる頻度は平日はほぼ毎日だ。そのうち半分くらいは部室に置いてある漫画やらゲームやらを楽しんでいる。もう半分は、部の名前とは完全に関係ない俺個人の事情について、相談をしたり作戦を練ったりしていた。


「清水さん、相沢さん、二人ともちょっといいかな」


「おお、なになに今日はどんな相談? わたしに任せて」


 相沢さんが厚い胸を叩いてふんすと鼻を鳴らす。


「それとも作戦思いついたとか? またおかしな作戦だったらいい加減はったおすからね」


 清水さんはじとりとした目で警戒を露わにする。


 そんな二人に伝えなければいけない。いざとなると気後れして少しばかり後ろだおしてしまったけれど、絶対に言わなければいけないことだ。


「そのぉ、振られました、俺」


「また? どうせ段取りも勝算もなく突っ走ったんでしょバカ」


「何回目だっけ? 飽きないねー。和馬ってたまにちょっと他の人のこと考えないとこあるよねー」


 清水さんも相沢さんも容赦がない。たしかに俺が茜に気持ちを伝えた回数は両手の指では足りない。その度ごめんなさいではあったけど、昨日まではそこまでのことだった。その先、俺と付き合わないとしてその先、茜がどうするという話はなかった。それが昨日ちゃんと前に進んだことを、俺の都合に付き合ってくれた二人にはちゃんと伝えなければいけない。


「そんで……茜と勇多が付き合いはじめたことをここに報告します。……以上です」


 なんだか形式ばったものになってしまった。難しい顔を作って目を瞑る。そのまま十秒ほどは三人とも沈黙していたと思う。


「あ、遊びに行こ! ね! やっぱ今日は遊びに、パーっと遊ぼうよ、ね、いいよね波香ちゃん!?」


「待って。ごめん佐竹、それほんと、なんだよね? ほんとに茜と仁宮君が、付き合うことになった。佐竹の勘違いとかじゃなくて」


「波香ちゃん、それはちょっと……」


 さしもの清水さんも声が固いし相沢さんは不安そうに眉を寄せている。どこまでもいい人たちだ。なんの因果にせよそれが道楽や愉悦の類であろうとも、俺の恋を応援してくれたことは事実だ。


「ああ。今回ばかりは間違いでも勘違いでもない。……ありがとう清水さん、相沢さん。俺に付き合ってあれこれ考えてくれて、やってくれて。本当に感謝してる。いままでありがとう」


 思い出すことはたくさんある。茜に贈る誕生日プレゼントを清水さんと一緒に選んだこと。相沢さんが友人グループでの遊園地を企画してくれたこと。世界一カッコいい告白の台詞を三人で考えてあやうくガチ喧嘩になりかけたこと。


「そういうわけで『漫画研究会兼佐竹和馬はいかにして古渡茜と付き合うか委員会』は本日をもってもとの『漫画研究会』に戻ります!」


 今度はわざと芝居がかって宣言した。遊ばれてるとしか思えない部名も今となっては愛おしい。いややっぱナイな。とにかく、昨日に幼馴染の三角関係が終わったように、今日はこの三人組も終わりを迎える。


「俺は、わるいけど今日は先に帰るよ。戸締りと施錠は頼む。そんで……退部届はいつ出してくれてもいいから」


 本当の事を言うと二人には退部して欲しくない。はじまりは悪ふざけみたいな形だったとしても、漫画研究会が存続できるならなんだってよかった。清水さんが人の悪い笑みを浮かべて入部届をひらひらとさせていたことを覚えている。相沢さんがいいよいいよーとかっるいノリで入部届にサインしてくれたことを覚えている。


「けど、けどもし、名前を置いとくだけでもいい、残ってくれるなら……ありがたい。じゃあそういうことでまた明日」


 言いたいことだけ言って逃げるように部室を後にした。近所のスーパーの特売に間に合うかどうかは五分五分といったところか。


 漫画研究会はほとんど駄弁るだけの場となっている。そんな部から退部して欲しくないというのは、ただ君たちと一緒に居たいんだと言うようでこっぱずかしかったのだ。思春期男子が同い年の女子二人にそんなこと言えるか言い訳の一つくらいは許せ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る