お嬢様学園からの転校生は無口でクールな幼馴染。家にまで押しかけてきて、ぼっちな俺への好意を隠してくれない。

ななよ廻る

第1話 妖精のように神秘的な幼馴染との再会は突然に

 ――お嬢様学園からの転校生が幼馴染だったなんて。

 世界がどれだけ広くっても、そんな経験をしたのは俺ぐらいなものだろう。もしいたとするなら、友達が1人もいない俺だけど、そいつには2つの情を抱くだろう。

 友情と同情を。


 黒板の前。教壇の上に立つのは青みがかった長い髪が特徴の少女だ。

 頭の上から毛先に流れるほどより濃い青色へと変化していく。窓から差し込む光に反射して、透明にすら見える髪はあまりにも幻想的。そんな髪が現実にあるのかって思うけど、地毛でこれなのだから人間はまだまだ神秘に満ちている。


 なにより、自ら発光しているように輝く青い瞳は恒星にも宝石にも見えた。

 それらの要素が1つの体に合わさると、妖精と言われても信じてしまいそうなほどに人間離れした美しさとなる。


 そんな女神か妖精かという美少女がいる教室はあまりにも静かだった。美少女転校生に歓喜の声を上げそうな男子連中でさえ、息を呑むのがやっと。

 男も女も。

 誰もが突然外界に舞い下りた美の化身に見惚れていると、彼女はようやく口を開いた。


「……樋妖ひようアオ。ユイトの幼馴染です」


 囁くように小さく、冬風の如き冷たい声だった。

 その美しい容姿なら声も美しいに決まっていると誰もが思い、予想を超えてくる旋律。そして、誰もが予想をしなかった発言に教室の彼らはなにを思っただろうか。


「……悪夢か」

 思わず口にしてぼやてしまうぐらいには、教室が地獄の様相を化していた。地獄の吹雪ももう少し温かいだろうと思う、肌を刺す冷気に満ちている。

 そんな声を出せば喉が凍傷になりそうな絶望の空気を唯一感じ取っていないアオが氷を溶かした笑顔で俺に向けて手を振ってくる。


「ユイト、久しぶり」

「……悪夢だったか」

 神は人の心がわからない。

 だから、女神と並ぶ容姿を持つ幼馴染もわからないのだろう。

 女神を幼馴染に持つ者の苦悩を。


  ■■


 学校はただただ地獄だった。針のむしろと言ってもいい。血が出てないのが不思議なくらい、物理的な痛みを感じる視線の数々だった。

 今日1日の教室がどんな様子だったのか……思い返すだけで石を飲み込んだように胃が重く、痛かった。


 夏休みが終わってから11月。秋も終わりに近づこうとしているけど、夏の残り火を感じるぐらいには温暖だった。

 季節外れのセミが1匹だけ鳴き、2匹のトンボが横切る。季節が交錯する中、日の短さだけは冬の到来を感じさせて、赤トンボの似合う茜に染まっている。


 空には雲がかかり、これから夕立かもと思わせる。

 ……まぁ、俺の心は朝から雨が降りっぱなしだけど。帰路を歩きながら、黄昏時に合った憂鬱な気分になっていると、当たり前のように隣を歩いていたアオが俺のご機嫌を窺うように恐る恐る尋ねてくる。


「怒ってる?」

「どう見える?」

 疑問を疑問で返すと、へにゃっと目尻が下がった。

「……怒ってる」

「そういうわけじゃないが」

「嘘」

 拗ねるようにアオが否定するが、別に嘘はついてない。怒ってはない。本当だ。

 ただ、なにも知らされてなくて、いきなりだったから驚いたというのが大きい。あと、平穏なぼっちライフが崩されたのも。どちらかといえばこっちの方が割合が大きいかもしれない。


 あれ?

「怒ってるかも」

「怒ってる」

 ずーんっと肩を落とす。転校の挨拶ではあれだけ神秘的で、神々しさすらあったのに、隣を歩くアオは普通の女の子にしか見えない。落ち込む顔は幼さすらあり、実年齢よりも下に見えるほどに。


 誰もこんなアオの顔を知らない。きっと俺だけが知っている。

 優越感にも似た感情がある。ただ俺はそれを忌避していた。だから家を出たはずなのに。アオに再会した途端、目を背けた感情が湧き上がる。

 困ったもんだ。そう思っていると、手が柔らかいものに包まれた。

 見下ろして、

「おい」

「……ダメ?」

 アオが手を繋いでいた。しかも、指と指を絡める恋人繋ぎだ。いいか悪いかで言えば、まったくもってよくない。


 でも。

 体を前に傾けて、ねだるように下から見上げてくるアオに、はぁとため息がこぼれる。

「人が来たら離せよ」

「わかった」

 素直に頷く。アオの長い髪が合わせて揺れた。髪先の深い青。根本の方は薄いのに、どうしてこんなにも明度が違うのか。かつて見慣れた青い髪は、久々に見ると新鮮さを抱かせる。

 触れてみたい。そんな衝動が沸き立つけど、

「なに?」

「なんでもない」

 口を閉ざす。

 手なんか繋いで、はたから見れば彼氏彼女に見えるのかもしれない。それでも、俺の中では幼馴染で、手のかかる妹のような存在だった。

 その手の感情はない……と思いたい。


 俺の家と高校の間にある通学路もあと僅か。そろそろアパートが見えてくる頃合いだった。なのに、アオは手を離そうとせず、別れようとする兆候1つ見せない。


「このままだと俺んちに着くんだが」

「そうだね」

 いやそうだねじゃなくて。

「なに? このまま家に付いて来るつもりなのか? 送ってくの面倒なんだけど」

「あら?」

 と、なぜかこのタイミングで不思議そうにこちらを見てくる。

 知らないの?

 そんな不思議そうな目を向けられて、嫌な予感がする。

「おいまさか」

 口の端が引きる。そんなはずはないと希望に縋って大きな青い瞳を見つめ返すが、現実はあまりにも俺に対して冷たかった。


「今日からユイトの家に住むのだけど、おば様から聞いてないかしら?」

 ……。

 …………。

「聞いてないってー」

 夕暮れ空に向けた文句は、残念ながら実家にいる母には届かない。

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