S県児童連続欠損事件と歪人形についての記録

Iso

第1話 肉塊と左腕

198×年、梅雨のじめじめとした空気が街を覆う6月ーー静かな住宅街で異様な事件が起きた。


小学三年生の少女、比片美咲ひかたみさきちゃんが、公園に突っ込んできた大型トラックに追突される。

小さな体は一瞬で肉塊と化し、切断された左腕だけがどこかへ跳ね飛んでいったという。

ーー左腕は未だ発見されず。



事故から一週間後、同じ住宅街に住む小学二年生の男の子、田中勇太たなかゆうたくんが、自宅の庭で遊んでいる最中に突然左腕を失った。


まるで綺麗に切り取られたかのように、出血は最小限で、傷口はまるで球体関節人形の接合部のような不自然な滑らかさだった。

勇太くんは恐怖と痛みで泣き叫び、すぐに病院へ搬送されたがーー切断された腕は見つからず、事件は不可解な様相を呈し始めた。


地元の刑事、五十嵐いがらしは、二つの事件の関連性を疑い、捜査を開始した。


美咲ちゃんの事故現場と勇太くんの自宅はわずか500メートルしか離れていなかった。

どちらも左腕を失っているという共通点も不気味だった。五十嵐は、近隣住民への聞き込みや現場検証を徹底的に行ったが、有力な情報は得られなかった。


美咲ちゃんの両親は、娘の左腕の行方を必死で探していた。

母親の恵は、美咲ちゃんの無残な最期を思い出すたびに胸が張り裂けそうだった。


「美咲……。お願い……帰ってきて……」


恵は、娘の小さく温かな手を思い出し、涙をこらえることができなかった。


一方、勇太くんの両親も、息子の突然の異変に混乱していた。


父親の健一は、警察の捜査に不信感を募らせていた。


「こんな不可解な事件……。人間の出来ることか?警察は何もわかっていない……!」


健一は息子のベッドサイドで呟き、握り締めた拳を震わせた。




事件から二週間後、事故現場の公園で、奇妙な落書きが発見された。


それは、人間の顔のような輪郭に、バツ印で塗りつぶされた左腕が描かれていた。

その下には、歪んだ文字で「かえして」と書かれていた。

落書きを見た近所の子供たちは恐怖におののき、公園には人影がまばらになった。



五十嵐は、落書きの写真を手に、美咲ちゃんの家を訪れた。

恵に落書きを見せると、恵は顔色を変え、「…これは…」と呟いた。

恵は、美咲ちゃんが事故に遭う数日前、同じような絵を描いていたことを思い出した。

美咲ちゃんは、左腕のない人形の絵を描き、「かえしてあげなきゃ」と呟いていたという。



その夜、恵が浅い眠りについていると、遠くから子供のような高い声が聞こえてきた。


「……かえして……わたしのうで……かえして……」


声は、街の闇に消えていくように、次第に小さくなっていった。



一方、勇太くんは、左腕を失ったショックから立ち直れずにいた。


夜になると、悪夢にうなされ、「かえして…かえして…」と繰り返すようになった。


勇太くんの両親は、息子の異変に怯え、夜も眠れない日々が続いた。


事件は、迷宮入りかと思われた。

しかし、数日後、新たな事件が発生した。


近所の幼稚園に通う女の子、佐藤莉奈ちゃんが、右足を失ったのだ。


莉奈ちゃんは、公園で遊んでいた時に、突然右足が切り取られたという。


現場には、大量の血痕が残されていたが、切断された足は見つからなかった。



五十嵐は、三つの事件の共通点を改めて確認した。

被害者は全員子供で、身体の一部を失っている。

そして、事件現場には、犯人の痕跡は一切残されていなかった。まるで、幽霊の仕業であるかのように。


五十嵐は、美咲ちゃんの事故と、その後の二つの事件に、何らかの繋がりがあると確信した。



そして、美咲ちゃんの霊が、他の子供たちの身体の一部を奪って、自分の身体を再生しようとしているのではないかと疑い始めた。


「美咲ちゃん……一体何があったんだ……?」


五十嵐は、夜空を見上げ、呟いた。


街には、再び重苦しい空気が漂い始めていた。


ーーそして、誰もが気づかぬうちに、恐怖の連鎖は、静かに、しかし確実に広がりつつあった。

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