勝利の行方②

 荒々しい風が、戦闘領域バトルエリアを吹き抜けた。


 それが止んだ瞬間——


 合図もなく、七瀬とジークは同時に加速した。


 向かうは、ノアが待ち構える戦闘領域バトルエリア中央のビル。


 左右に分かれ、挟み込むように突き進む。

 まるで、二対の流星のように。


(流石ジーク……。やりやすい)


 ノアを倒すには、屋上からの砲撃をかいくぐり、ビルに到達しなければならない。


(二方向からの接近で、ノアを迷わせる)


 七瀬とジーク、どちらを狙うか。二択を迫ることで、ノアの判断を揺さぶり、ミスを誘う。


 満身創痍の二人は、互いの存在を最大限に利用し合っていた。


 右側を進むジークの方が速い。


 フォトン残量に余力のある彼は、スラスターを全開で飛ばしている。


 一方、フォトン残量の少ない七瀬は、加速を新調に調整する必要があった。


『来る!』


 咄嗟に叫ぶ。


 次の瞬間、ビルの屋上が蒼白く輝いた。轟音とともに、圧縮された粒子弾が放たれる。


 狙いは、ジーク——


 音速で飛ぶ粒子弾が地面をえぐり、地面を構成する特殊合金サイバネタイトの粉塵が舞い上がる。


『ジーク!!』


 七瀬は前進しながらも、砲撃地点を振り返った。


 砂煙の中からジークが飛び出す。速度を落とすどころか、さらに加速していた。


 二撃目、三撃目——唸るような低音が響く。


 だが、ジークはすべてを紙一重で回避し、まるで舞うように前進し続ける。


「本当どうなってんだよ、あいつ……」


 羨望半分、呆れ半分の声が漏れる。


 サイバーキャノンが発射時の放射音、蒼白い閃光、発射間隔——


 ジークは、わずかな情報から発射のタイミングを読み、弾丸が放たれる瞬間に跳躍していた。


(頭では理解できる。けど、とても真似できる動きじゃない……)


 そんな芸当を平然とこなすのが、ジーク・フェスターという男だった。


 だが、怯んだわけじゃない。

むしろ、全身の高揚感はさらに高まっていた。


(俺は、そんなお前を超えたいんだ……!)


 ノアの注意は完全にジーク向いている。

 今は、千載一遇のチャンスだった。


「スラスター全力解放フルブースト!」


 七瀬は蒼白い閃光を伴い、爆発的に加速する。回避しながら進むジークを追い越し、一気にビルに迫った。


 視界の端に、ノアの姿が映る。


 サイバーキャノンの砲身が、ゆっくりと七瀬に向けられた。


 全身が震える。


 ジークのように発射タイミングを見極める技術は、自分にはない。


(だから——)


 七瀬はすでに、フォトンライフルを撃っていた。


 放たれた粒子弾が、ノアが陣取る高層ビルの下層部を貫く。ほぼ同時に、ノアのサイバーキャノンが火を噴いた。


 砲撃は、七瀬のわずか左側を掠めていく。


 ビルへの直撃の衝撃で、ノアの照準がブレたのだ。


「いける!」


 七瀬は間髪入れず、二発目、三発目とビルを撃ち抜く。


 下層部が崩壊し、けたたましい音を立てビルが崩れ落ちる。屋上にいたノアは、寸前で身を引き、後方へ跳躍していた。


 ポジションは崩せた。あとは詰めるだけだ——


『警告:フォトン残量 5% 』


「頼む……持ってくれ!」


 戦闘AIの警告に、七瀬は叫び返す。


 粉雪のように舞うフォトン粒子をかき分け、崩れ落ちる破片をかいくぐる。七瀬は、なおも前へと突き進んだ。


 砂煙を抜けた先で、地上へと降り立った白銀のサイバースーツを捉える。


「ノア!」


 その姿を確認した瞬間——


「!」


 目の前にフォトングレネードが飛来した。


「スラスター 強制終了シャットダウン!」


 七瀬は咄嗟にスラスターを停止し、両腕で身を守りながら左側へ飛び退く。被弾面積をわずかでも減らすため、体を縮こませた。


 直後、衝撃破と粒子弾が七瀬を襲いかかる。


「……っ!」


 直撃は免れたものの、数発の粒子弾が体をかすめる。衝撃で吹き飛ばされ、地面を転がった。


『警告:アーマー損傷率29% 致死領域デッドゾーン


(動かないと……やられる)


 うつ伏せのまま、七瀬は顔を上げる。その視線の先には、ノアに迫るジークの姿があった。


 ジークのサイバーアックスが届くまで、あとわずか——


 しかし、ノアはすでにサイバーキャノンの発射体制を整えていた。


(あの距離は……絶対に避けられない!ジーク!)


 それからのジークの挙動に、七瀬は目を疑った。


 急停止したジークは、右手のサイバーアックスを滑らかに左腰へ運ぶ。


 左手で斧頭を押さえ、まるで剣を構えるような姿勢をとっていた。


(何だ……?まさか……)


 轟音が響く。


 ノアのサイバーキャノンから放たれた弾道が、蒼白い光をまといながら、ジークへ迫る。


 その刹那——


 ジークは目に留まらぬ速さで、サイバーアックスを横薙ぎに振り抜いた。


 刃先が、粒子弾の先端と触れる。


 圧縮された粒子弾と、斧刃に凝縮されたフォトンフィールドが激突。


 鼓膜を裂かんばかりの衝撃音が、空間を揺るがす。


「はああぁっ!」


 ジークの渾身の一撃が、粒子弾を真っ二つに断ち切った。


 二つに分断された弾丸は乱回転しながら左右へ逸れ、光の粒となって霧散していく。


 粒子弾の切断——


 理論上は不可能ではない。

 だが、高速射出された粒子弾を捉えるには、


 発射位置の正確な予測

 最速・最大威力で振り抜く膂力りょりょく

 弾丸を真芯で捉える精密動作


 その全てが完璧に揃う必要がある。


 ほんの一瞬でも狂えば、砕け散っていたのはジークだった。


 まさに神技——




 だが、ノアは止まっていなかった。



 右手にはフォトングレネード。


 この至近距離で炸裂すれば、ノア自身も無傷では済まない。


 しかし、この三者の位置関係を考えれば、損傷率が限界の七瀬とジークの方が先に倒れる。


 ノアが執念のグレネードを振りかぶった、その瞬間——






「それは、読んでた」







 ジークなら、この土壇場を乗り越える。


 ノアなら、それにも対応してくる。


 ならば、俺は——その先を読むだけだ。



 三人がそれぞれ限界を超えた先、その光景は七瀬には視えていた。


 吹き飛ばされても離さなかったフォトンライフル。


 七瀬は、その引き金をすでに引いていた。


 粒子弾が、ノアの右腕を正確に捉える。直撃を受けた右前腕が弾かれ、握っていたフォトングレネードは後方へと飛ぶ。


 グレネードはノアの背後で炸裂。

 爆風に押され、ノアが前方へとのけぞった。


「詰みだ」


 その呟きと同時に、ジークも凄まじい速度でノアに斬りかかっていた。



 虹色の閃光が煌めく——



 七瀬の粒子弾と、ジークの一撃はにノアを捉えた。


 背面のサイバーキャノンが爆発し、胸部のアーマーが派手に引き裂かれる。


「強すぎだよ……お前ら」


 二重の衝撃を受けたノアは、苦しげにつぶやきながら、地面へと崩れ落ちた。


『試合終了——WINNER』


 HUDには勝利のメッセージが浮かび上がる。


「……勝った」



 七瀬は静かに呟くと、そのまま力が抜けるように地面に倒れ込んだ。


 全身に広がる心地よい充足感に身を委ねながら、ただ、勝利の余韻を味わっていた。



 ******



「俺がサイバーキャノンを撃って、ノアを倒したんだよ!」


「いや、俺の一撃がトドメだ」


 試合が終え、ピッドガレージに戻った七瀬とジークは、互いに譲らず言い争っていた。


 アドレナリンが切れたのか、全身が泥のように重たい。


 だが、ここだけは引くわけにはいかない。


「今すぐログを見てかくに…」


 そう言いかけた瞬間、七瀬の首に手が回り、ぐいっと下へ引き寄せられた。


 右半身に伝わる温かく柔らかく感触。


 ステラが七瀬とジークの肩を抱き寄せ、満面の笑みで飛びついていきていた。


「ナナ!ジーク!勝ったよ!おめでとう!」


「ス、ステラ?え、あの、いま汗臭いから……」


 ステラの髪からふわりと花のような香りが漂い、鼻をくすぐる。


 動揺のあまり、七瀬はまともに彼女の顔を見られなかった。


 さらに右側——されるがままになっているジークの存在は意図的に無視する。


 ステラは肩に回していた腕をそっと解く。


「本当に、本当にすごかったよ!おめでとう」


 大きな瞳はうるみ、声は震えていた。


 その表情を見た瞬間、七瀬の胸に達成感と安心感がじんわりと広がる。


「……俺たち、勝ったんだな」



 七瀬は、ジークの胸の前に拳を差し出した。


 ジークは一瞬戸惑った様子を見せたが、やがて拳を突き出す。


 こつん。


 二人の拳がぶつかり、小さな音を奏でた。

 この音色を、七瀬は一生忘れないだろう。


 七瀬とジークは顔を見合わせ、笑いあっていた。

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