ステラの秘密
七瀬は、約束をすっぽかした。
午前中は明日の最終戦に向け、ステラとジークと最終調整を行う予定だった。
しかし、約束の時間はとうに過ぎている。
七瀬は、自室のベッドの上で仰向けになり、天井をぼんやりと見つめていた。
(ジークに、合わせる顔がない)
どう謝ればいいのか、どう話を切り出せばいいのか。考えれば考えるほど、ジークとの接し方が分からなくなっていく。
「ステラも怒ってるよな……」
スマートフォンが机の上で震えている。今日、何度目かのステラからの着信だった。七瀬はスマホに見るだけで、手を伸ばそうとしなかった。
「……ごめん」
七瀬は小さくつぶやくと、枕に顔をうずめる。そのまま自己嫌悪に沈もうした、その時だった。
突然、部屋のドアが激しく叩かれる音が室内に響き渡る。衝撃で扉がビリビリと震え、今にも扉が壊れそうな振動が空気を揺らした。
「何だ!?」
驚きと怯えが入り混じった声が、口をついて出た。
「ナナ!出てきなさい!!」
「ステラ!?」
間違いなくステラの声だった。その声には怒りがにじみ、ドアは悲鳴をあげるように震え続けている。
「出てくるまで、ずっと叩き続けるわよ!」
「い、いま開ける!頼むからやめて!」
慌ててベッドから飛び起き、足早にドアへと向かった。カギを開けておそるおそる扉を開くと、目の前には怒りをあらわにしたステラが立っていた。
「ナナ、どういうつもり!何であんたもジークも来ないのよ!連絡も無視するし!」
「えっ、ジークも来てないの?」
「そうよ!あんたたち、また揉めたんでしょ!本番は明日なのに!」
その言葉に、胸が締め付けられる。こうなってしまった原因は自分なのだから。
「ごめん。全部俺が悪いんだ……。ステラ、本当にごめん……」
「ナナ?」
七瀬の様子にいつもと違う雰囲気を感じたのか、ステラの語気が弱まる。
「無視したのもごめん。でも、悪いんだけど、今は一人にしてくれないかな……」
言葉を絞り出すように言った。
ステラは何も言わず、じっと七瀬の顔を見つめている。そして突然、七瀬の手をつかんだ。
「ちょっと付き合って」
「え?あのさ、一人になりたいんだけど……」
つかまれた手を見ながら、七瀬は弱々しく言った。
「連絡無視して悪いと思ってるんだよね?付き合え」
有無を言わせない迫力があった。七瀬は反論する間もなく、強引に部屋から引っ張り出される。
「ついて来て」
「……はい」
ステラに手を引かれながら、七瀬はとぼとぼとステラについて歩く。
(前もこんなことあったよな……)
この強引さが今はありがたかった。
*****
「え?これダメじゃない?」
七瀬が慌てて言った。
ステラに連れてこられたのは「立ち入り禁止」を書かれた札がかった屋上への入り口だった。
札をみて足を止めた七瀬を尻目に、ステラは迷うことなく札を取り外してみせる。
「いいの。黙って付いて来て」
そう言いながら、ステラは迷いなくドアを押し開けた。
ドアの向こうには、トレーニングセンターの屋上が広がっていた。屋外トレーニング場や、サイバースーツの専用訓練場が一望できる、開放感に満ちた空間。
「はー、気持ちいい!」
ステラは両腕を大きく広げて、体をいっぱいに伸ばした。柔らかな風が、肩まで伸びた茶髪を軽やかに揺らしている。
「確かに、気持ちいいね」
立ち入り禁止の場所にいる事実に目をつむり、七瀬は答えた。爽やかな陽気にもかかわらず、なぜか居心地の悪さが心の隅にくすぶっていた。
「でしょ。ここ私の秘密の場所なの。ちょっと気分を変えたい時に来るんだよね」
ステラはそう言って、地面に腰を下ろした。七瀬もそれにならい、隣に座る。先ほどまでの怒りが嘘のように、彼女の表情は穏やかだった。
「そういえばさ、ナナに私のこと話してなかったよね」
「ステラのこと?」
「うん。初めて会ったときかな?何でこんなに若くエンジニアになれたのかって聞いてくれたでしょ?」
「そうだね。気になってた」
「……私さ、ユリウス・エルドリッジの娘なんだよね」
七瀬は耳を疑った。思わず、ステラの顔を凝視する。
--ユリウス・エルドリッジ。
サイバーネクストプログラムの主催者、NO.1チーム《エグゾエナジー》の代表、サイバースーツ創設メンバーという並々ならぬ経歴を持つ男。
(ステラがその娘!?)
昨日、ステラが関係者とともにエルドリッジを見送っていた謎が解ける。
「私が中学生のとき、親は離婚したの。ベネットはお母さんの姓。エルドリッジはね、父親としては本当最悪だった。仕事のことしか頭にない人だったから……」
ステラの言っていることは、何となく想像はついた。
「けどね……サイバースーツを作った功績は本当にすごいと思う。今じゃ、世界中を沸かせる人気競技だしね。8歳くらいから、よく開発ラボに連れてかれてたんだ。だから、サイバースーツには昔から興味はあったの」
そう語るステラの顔は、少しずつ暗くなっていく。
「あの人、それに気づいてたんだと思う。高校生になったら突然連絡がきて、その
「そこでサイバースーツの知識とか、整備を覚えたってこと?」
「うん。私も、自分の興味には逆らえなかった……。エルドリッジの娘という肩書きを使って、毎日のように通い詰めたわ」
七瀬は納得した。エンジニアになるために、何年もかけて大学で学ぶことを、彼女は最前線で身につけていたのだ。
「私はエルドリッジの名前を利用して、自分の好きなように学んで、今ここにいるんだ」
「利用って……。別に悪いことはしてないよ」
「知ってると思うけど、エンジニアになるのは結構大変なの。大学や大学院への進学、チームの入団テスト……時間とお金がとにかくかかるの。だから、私のことを不公平だと思う人は沢山いる……」
ステラは、自嘲するような笑みを浮かべる。彼女のこんな表情は初めてだった。
「こんな風にここに来た私だけど……ナナとジークの役に立ちたいと思ってる。だから、問題があるなら一緒に考えたいの」
ステラは弱々しくほほえんだ。
ジークと向き合うことが怖くて、約束をすっぽかし、逃げてしまった自分。そんな自分のために、ステラは心の内をさらしてまで、励まそうとしてくれている。
自分のことしか考えていなかった浅はかさが、胸に突き刺さる。
彼女がとても眩しい存在に感じられた。
「俺さ……ジークに取り返しのつかないことを言っちゃったんだ」
その言葉は、吐き出すようにぽつりと落ちた。
「取り返しのつかないこと?」
「来年もまだチャンスはあるって言っちゃって……」
「そんなの当然のことじゃない?変なことじゃないと思うけど」
「違うんだ。俺は、ジークの期待を裏切ったんだ」
七瀬の声は震えていた。
「昨日ジークと、俺の部屋で話したんだ。あのジークが俺と話そうとしてくれた。たぶん信頼しようとしてくれたんだと思う。なのに……」
拳を固く握りしめる。
「俺、最終戦にビビってるんだ……。バトルロワイヤルに新しい武器、作戦もなにも通用しないかもしれない……。自分に、保険かけちゃたんだよ。それをジークに見抜かれた。全力を出して戦いと思ってるジークの気持ちを、俺は……」
そこまで言って、七瀬ははっと我にかえる。
「ごめん。ウダウダと面倒くさくて……」
七瀬は耳まで赤くなり、視線を落とした。
女の子、特にステラの前で泣き言をべらべら語った自分が、どうしようもなく情けなく思えた。
「ナナは、もっと自信をもっていいと思うよ」
「自信?」
思わぬ言葉に、顔を上げた。ステラの瞳はまっすぐに七瀬を見据えている。
「さっきさ、奇跡的とか、まぐれとか、言ってたでしょ?でもナナ。この場所は、そんな運だけでいられるほど甘い場所じゃないのよ。その考えは、あなたに負けた人に失礼よ」
その力強い言葉に、七瀬は衝撃を受ける。
「ナナはね、確かに弱気になることはあるけど、それでも勝つために誰よりも考えてる。全部、実力で勝ち取ってきたのよ。だから、ジークもナナを認めている」
ステラは優しく微笑みながら、七瀬を見つめ続ける。
「私が言っても説得力ないけどさ、ナナは誰よりも才能があると思う。だから、自信を持って」
そう言って、彼女は無邪気に笑う。その優しい瞳は、吸い込まれそうなほど魅力的だった。
冷え切っていた心がぼんやり温かくなる。不安で凝り固まっていた全身の緊張がほぐれていくようだった。
「……ステラ、ありがとう。でも、それはそっくりそのまま返すよ」
「え?」
「きっかけは、エルドリッジさんの娘だからかもしれない。でも、今のエンジニアとしての実力は、ステラ自身の積み重ねた結果だよ。こんなに一緒に頑張ってくれる人は他にいない。ステラは、本当に素晴らしいエンジニアだよ」
自分の抱える劣等感を打ち明けてまで、励ましてくれたステラ。
その優しさに報いるためにも、自分の本心を伝えたい。これは、七瀬の心からの言葉だった。
「俺が保証する!……って説得力ないね」
七瀬は照れくさそうに笑う。それにつられるようにステラも笑みを浮かべた。
彼女は、上目遣いで七瀬を見つめる。
「じゃあさ、ナナもあたしもすごいってこと、明日勝って証明してくれる?」
七瀬は胸が締め付けられるのを感じた。
温かくむず痒い感覚--
彼女の顔を見つめかえす。
「……うん。勝って、証明する」
「うん。期待してる」
ステラはいたずらっぽい瞳を輝かせている。頬は朱色に染まり、表情はどこか愛らしい。
七瀬とステラはしばらく、お互いを見つめ合っていた。
「えい!」
突然、ステラが立ち上がり、勢いよく七瀬の背中を叩く
「痛っ!何すんの!」
七瀬は思わず背中を押さえた。
「明日勝つために気合い入れたの!ジークとも仲直りしてね!」
「……がんばる」
ステラの笑顔は、七瀬に力をくれる。
最終戦を勝ち抜くためには、ジークの力が間違いなく必要だ。七瀬は、ジークの信頼を取り戻さないといけなかった。
明日、待ち受ける戦いの厳しさは変わらない。
だが、屋上に吹いた風を七瀬は心地よく感じられるようになっていた。
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