相違


 七瀬は、夜の屋外トレーニング場を一人で走っていた。


 ステラとジークと新武器の方針を決めたものの、最終戦への不安は増すばかりだった。


(みんな、どう動く?何を優先する?)


 頭の中で、試合展開を何度もシミュレーションする。しかし、どれも確信の持てる答えにはつながらない。


 その不安を振り払うように、無心でトラックを走り続けた。


 何周目かに差し掛かった頃、視線の端にトレーニングセンターの建物が映り込んだ。入り口付近には、数人の人影がぼんやりと浮かびあがっている。


 エルドリッジと、数名の関係者らしき人々。その中に、もう1人。七瀬の視界に飛びこんできたのは、見覚えのあるシルエットだった。


(……ステラ!?)


 遠目でぼんやりとしか分からないが、間違いない。彼女は、エルドリッジと何かを話しているようだった。


 しばらくして送迎用の車が到着すると、エルドリッジはステラに軽く手を振りながら車に乗り込んだ。


(何でステラとエルドリッジさんが……?)


 ステラは、他のエンジニアより明らかに一回り若い。それはずっと気になっていた。


 以前その理由を尋ねたとき、彼女は「環境が良かったから」と話してくれた。エルドリッジと何かの繋がりがあり、学ぶ機会があったのだろうか。


「結局、ステラのこと全然知らないよな……」


 彼女の無邪気な笑顔が思い浮かべた。

 その瞬間、胸がちくりと痛む。


(……変に考えても仕方ない。今度ステラに聞いてみよう)


 七瀬はそれ以上は深く考えるのをやめ、深く息を吐く。十分走り込んだ疲労感を感じながら、更衣室へと足と向けた。


 ******


 ランニングを終え、更衣室で着替えていた七瀬は、ドアがゆっくり開く音に気づいた。


「あ、ジーク」


「カエデか」


 入ってきたジークは、特に驚く様子もなく答える。ちょうど着替えを終えた七瀬は、そのままジークに声をかけた。


「最終戦が落ち着かなくて、ちょっと走ってた。ジークも?」


「お前と一緒にするな。俺は日課だ」


 ジークはロッカーの前まで移動し、七瀬に視線を向けることなく返事をした。


 彼が自主的にトレーニングを続けていることは、七瀬も知っている。何度も屋内トレーニング場でその姿を目にしていたのだ。


「結構前から、やってるよね?」


「プログラム初日からだ」


 ジークは何でもないことのように答えながら、Tシャツを脱ぎ始めた。


 鍛え抜かれた彼の肉体は引き締まっており、まるで彫刻のようだった。


(初日……。分かってたけど、ジークの強さは才能だけじゃない)


 七瀬は改めて実感する。才能ある人間が、愚直に努力を重ねる。これほど恐ろしいものはない。


 そんなジークの強さの源泉は何なのか。その答えを知りたいという思いが、ずっと七瀬の胸にくすぶっていた。


「ジーク、この後、少し話さないか?」


「何でお前と」


 着替え終わったジークは露骨にめんどくさそうな顔を浮かべる。


 最終戦が終われば、ジークと話す機会はもう訪れないかもしれない。胸を覆う不安を払拭するためにも、ジークと話をして何か突破口を見つけたかった。


 数秒の沈黙が流れる。


(やっぱりダメか…)


 七瀬が諦めかけた時、ジークが口を開いた。


「……少しだけだ」


 その言葉に、七瀬の目はぱっと輝く。


「OK。じゃあ俺の部屋で!」


「何でお前の部屋なんだ」


「作戦に関わることは、外で話したくないだろ?」


 七瀬はジークの気が変わらないうちに、急いで更衣室から彼を連れ出した。


 *****


 七瀬とジークは、七瀬の部屋についた。


「……汚ない部屋だな」


 ジークが嫌そうな声でつぶやく。机やベッドの上に、漫画やサイバースーツの本が無造作に散らばっている。


「うるさいな……。まあ適当に座ってよ」


 七瀬は散らかった本や雑誌を慌てて端に寄せ、ジークに椅子を勧めた。ジークは無言でそれに腰掛ける。七瀬はベッドの端に腰を下ろした。


 部屋をぐるりと見回していたジークは、一冊の本に目に留めていた。


「それ、面白いよ!サイバースーツの初代チャンピオンの自叙伝」


「……興味ないな」


 ジークの返答に、七瀬は目を丸くする。


「前々から思ってたけど、ジークって、サイバースーツに興味ないよな?」


「ない」


ジークは即答した。


「じゃあ、何でこのプログラムに参加してるんだよ?」


「……」


 七瀬は、気づけば踏み込んでいた。


 サイバースーツに興味がないと言いながら、プロを目指して突き進むジーク。その矛盾した行動の裏には、何か彼を突き動かす理由があるはず。七瀬はそう感じていた。


「話せないようなことなのか?」


「……お前には、関係ない」


 やや間を置いて、ジークは答えた。


 険しい目つきはいつものことだが、その瞳に奥には明確な拒絶の意思が見える。


「……分かった。もう聞かないよ」


 重苦しい雰囲気を感じた七瀬は、それ以上踏み込むことを断念した。気まずい空気を払うように話題を変える。


「いよいよサイバーネクストプログラムも終わりなんだな」


「……そうだな」


「もちろん勝つつもりではいるけどさ、今回はかなり不安だよ」


「戦闘中のお前からは、考えられない発言だな」


 不意をつかれたように七瀬はジークを見た。ジークは、その視線を気にせずに淡々と言葉を続ける。


「俺を、敵を倒す駒として利用してるだろ」


「駒だなんて……」


「別に、怒ってるわけじゃない。むしろ評価してる部分だ」


 その言葉に、七瀬はさらに驚された。

 あのジークが自分を褒めている。


「俺を動かすなんて、大抵のやつにはできない。それは、お前が一番分かってるだろ」


「ジーク……」


 七瀬は、全身が熱を帯びるような感覚に囚われる。少しして、これはジークなりの励ましの言葉なんだと気づいた。


「ありがとう。……素直に嬉しいよ」


 ジークはふんと鼻を鳴らし、視線を逸らした。


「勘違いするな。お前がすぐやられると、俺が困るだけだ」


 その不器用な物言いに、七瀬は苦笑した。


 その言葉の裏にある信頼を感じ、喜びを覚える。だが同時に、胸の奥に巣くう不安は消えていなかった。


 未だに作戦案が浮かばないこの状況で、自分はジークの期待に応えられるのだろうか。


 迷いが心を覆い、思わず勢いで言葉がついて出る。この一言を、七瀬は後悔することとなる。


「ジークとこうやって張り合えてるのは、正直奇跡だと思ってる。もちろん全力は尽くすよ。それに、来年もチャンスはあるしさ」


「……来年?」


 ジークのまぶたがピクリと動いた。


「今回のプログラムで上位成績だったら、来年のプログラムに参加できるってさっき説明あったろ?」


 空気の変化を感じ取りながらも、七瀬は弁明するように付け加える。


 最終戦の発表後、エルドリッジから来年のサイバーネクストプログラムの開催も併せて宣言があった。


そして、今回の成績上位成績者には、次回のプログラムへの継続参加権利が与えられることも明言していたのだ。


「カエデ。お前はその程度の考えでやってるのか?」


 ジークの言葉は静かだったが、その中に確かな怒りが宿っていた。


「その程度って……。次のチャンスのことを考えることの何が悪いんだよ!」


 七瀬は腰掛けていたベッドから勢いよく立ち上がり、声を荒げる。


「それは、全力とは言わない」


 ジークの言葉は、氷のように冷たかった。自分の甘えを見透かされたような感覚が全身を覆う。


「……最善は尽くすけど、何が起こるかなんて誰にも分からない。一度ダメでも、次に活かすって考え方もあるだろ!」


 七瀬の声が震える。しかし、その震えは怒りではなく、自己防衛から来るものだった。


 ジークの目つきは、さらに険しさを増していく。


「……ない。俺に、次はない」


「何で?ジークなら実力は十分だろ!」


 ジークはゆっくりと立ち上がり、凍りついた瞳で七瀬を射抜く。


「なあ、お前は腹が減り過ぎて、狂いそうになったことはあるか?」


 突拍子のない問いに、七瀬は息を呑む


 しかし、ジークの言葉はじわじわとナイフのように胸に突き刺さっていく。


「このクソみたいな世界を生きるために必要なのは、金だ」


 激しい怒りと自嘲が混ざったような口調。聞いてはいけないと思いつつも、言葉が勝手に口をついて出た。


「金って……。ジーク、家族は……?」


「親はとっくの昔に死んだ。妹とは生き別れた。全部、金がなかったからだ」


 発せられた言葉の重みに、七瀬は何も返すことができない。


「俺はプロになって金を手にいれる。俺にとってのチャンスは今回しかない」


 サイバーネクストプログラムの参加費用は50万。その金額は、待遇に比べれば、「格安」だと七瀬は思っていた。その費用を出しているのは両親にも関わらず。


 ジークは参加費用を捻出するために、どれだけの苦労をしたのだろうかーー


「お前のはよく分かった」


「ジーク、俺は……」


「俺は一人でやる。お前は必要ない」


 七瀬が慌てて呼び止める間もなく、ジークは乱暴にドアを開け、部屋を出ていった。


 七瀬は、その場で立ち尽くしていた。


「そういうことかよ……」


 ジークを初めて見たときのことを思い浮かべる。


 全てを警戒し、誰も寄せ付けない雰囲気。

 狂気的なまでの1位への渇望。

 そして、食い意地の張り具合。


 これまでのジークの言動と行動が、一本の線で繋がっていく。


(ジークを突き動かすのは、怒り……)


 自分の浅さを実感し、恥ずかしさと自己嫌悪が全身を駆け巡る。


 俯いた七瀬は、しばらく顔をあげることができなかった。

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