3試合目①
3試合目が始まろうとしていた。
ピットガレージでは、エンジニアたちが慌ただしく準備を進めている。
サイバースーツを着装した七瀬は、HUDーーヘッドアップディスプレイに映る対戦表を眺めていた。
(対戦相手は、アレクシスとチャールズ)
ここ数日、全チームの対戦動画を徹底的に確認してきた七瀬は、各ペアの特徴を頭に叩き込んでいた。
アレクシスは絵に描いたような慎重派。チャールズは猪突猛進でアグレッシブなスタイル。
(今さら、こんな基本的なことに気づくなんて……)
改めて気づいたのは、各チームは自分たちも含め、おおよそ正反対の性格で組まれてるということだった。
(ジークとペアになって、気負ってたのか)
ステラやマースから言われた「らしくない」という言葉が、ようやく腑に落ちた。
七瀬は、サイバーウェポンの点検をしているステラのそばに歩み寄る。
「ステラ、忙しいとこごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
ステラは手を止め、振り返りながら答える。
「サイバーフォトンの出力なんだけど、訓練用に制限されたままだよね?」
「そうよ。安全性と整備の都合でね」
「なるほど。
「うーん……そうね。かなり大きいけど、4,5発当てれば崩せるんじゃないかしら?」
ステラの答えに、七瀬は確信を得たように頷いた。
「OK、ありがとう」
「それより……ジークとはまだ話せてないよね?大丈夫なの?」
隣のブースにいるジークに聞こえないよう、ステラは小声で尋ねた。
「大丈夫。やるべきことは見えたから」
七瀬は自信ありげに笑った。そのまま、サイバースーツを着装中のジークの元へ向かう。
「ジーク」
声をかけられたジークは、眉間に皺を寄せて七瀬を一瞥する。
「今日、お前を振り向かせてやる」
七瀬はジークを指差し、力強い声で言い放つ。ジークは不快そうに眉をひそめ、無言でサイバースーツを着装した。
******
ジークは、
(俺は、一人で勝つ)
これまでの試合展開から、自分を避け、七瀬を集中攻撃することは想定済みだ。味方が誰だろうと、敵がどんな相手だろうと、やるべきことは変わらない。
(全て、俺が倒す)
8試合中、すでに2敗。
もう負けることは、許されない。
ジークは隣に立つ七瀬に目をやる。
背筋がまっすぐに伸び、これまでの二戦とは異なる、どこか落ち着いた雰囲気が漂っていた。
(俺を振り向かせるだと……?)
試合開始前に七瀬が言った言葉が脳裏をよぎる。
亡き母親と妹のリリア以外の人間は、自分にとって敵か、あるいは利用しようと近づいてくる存在だった。
(こいつも、そういう人間のはずだ……)
調子が狂う。
沸き上がる感情は間違いなく怒りだ。だが、それは七瀬に向けられたものなのか、それとも……。
思考に沈みかけたその時、試合開始を告げるドローンが舞い降りた。赤色のランプが順に消灯していく。
ジークは思考を振り切り、戦闘体制を整える。電光掲示板に「START」の文字が浮かびあがった。
その瞬間、隣にいた七瀬が全速力で前進を始めた。
「!」
ジークは一拍遅れて、その背を追う。
前方を駆ける七瀬がちらりと振り返った。
(ついてこいとでも言いたげだな……)
その仕草に、ジークの苛立ちはさらに募る。全力で追いかけているはずだが、距離を縮めるまでには至らない。
30秒ほど進んだところで、七瀬が突然足を止め、正面にライフルを構えた。
(何だ?まだ敵は視認できてないはずだ)
七瀬は
圧縮されたサイバーフォトンの粒子弾が空に切り裂き、低く唸る音が周囲に響き渡る。
「!」
ジークは思わず動きを止めた。
粒子弾はビルに直撃し、
轟音が鳴り響いたが、ビルそのものの崩壊には至らない。
その直後、七瀬は急反転し、全速力で進んできた道を引き返し始めた。
ジークの横を駆け抜ける七瀬。すれ違いざまに、チラリとジークを見やる。
「!?」
ジークが唖然とする間もなく、七瀬は付近の建物に紛れこむように姿を消した。
(俺に敵をなすりつけた?)
七瀬の一撃で、自分たちの位置は敵に特定されたに違いない。約300メートル先、白銀の機影がジークの視界に飛び込んできた。
*******
候補生の一人、チャールズは白銀の
(相手はジークとカエデ。だが、かなり不調らしい。今日は勝たせてもらうぜ)
胸の中で意気込んでいると、
突如、蒼白い軌跡を描く粒子弾が、中央のオフィスビルに直撃するのを目撃した。
チャールズは慌てて無線を繋ぐ。
『おい、アレクシス!敵が誤射したぞ!中央の一番高いビル、位置はこのまま正面だ』
『ああ、俺も見た!だが、相手はあのジークとカエデだ。何かある!』
無線越しに返答するチームメイト、アレクシスの慎重な声。
「ちっ」
チャールズは無線を一瞬切り、不満げに舌打ちした。どうもこいつは慎重すぎる。
『大丈夫だろ。試合を見たが、あいつらは全く連携できてない。カエデ一人が何かやったって、たかが知れてる。一気に叩こうぜ!』
『一旦落ち着け!俺たちを誘き出す罠かもしれない……おい!』
アレクシスの言葉が終わる前に、チャールズは既に前進していた。
ジークを倒せるかもしれない。
その興奮が胸を掻き立てる。
(俺なんか眼中にないって態度がムカつくんだよ!)
自分たちも勝利した2チームに続きたい。その欲望が、チャールズを突き動かしていた。
『見えたぞ!!』
チャールズのHUDに映ったアイコンは、「ジーク・フェスター」と表示されていた。
『カエデじゃないのかよ!』
ジークの機体と視線が交わる。距離は約300メートル。
互いにシールドとライフルを構え、ほぼ同時に発砲。粒子弾が鋭く空を切り、双方ともにシールドで弾き返した。
『チャールズ、深追いするな!俺は、右から挟める位置にいく。カエデが見えないから、索敵を怠るなよ』
無線から届くアレクシスの声の緊張感は高まっていた。
『分かってる!ジークもお前が見えないうちは、積極的に来ないだろ。互いに探りあいになるはずだ』
チャールズは、ジークをライフルで牽制しながら、周囲を警戒する。
(カエデはどこだ?ジークと離れたくないはずだろ……)
緩やかに距離を保とうとしていたチャールズの動きが、一瞬固まる。
「なっ!あいつ!」
正面のジークが、チャールズに向かって急加速を始めたのだ。
『おいおい、こっちに向かってくるぞ!2対1でも余裕ってことか?舐めやがって』
ジークはライフルで牽制射撃を放ちながら、スラスターと障害物を駆使して猛烈に距離を詰めてくる。
『チャールズ下がれ、カエデの位置を見てから動きたい!』
アレクシスが冷静に指示を送るが、チャールズは苛立ちを隠さず怒鳴り返した。
『なに悠長なこと言ってたんだ!もう来てる!2人で迎撃するぞ!』
ジークはチャールズの粒子弾をいなしながら、さらに距離を詰め、残り100メートルまで進めていた。
『アレクシス!射撃のタイミングを合わせろ!』
『っ!勝手なやつ!』
チャールズはジークに狙いを定め、アレクシスに合図を送る。
『行くぞ!落ちろ、ジーク!』
ジーク目掛けて、二方向から粒子弾が同時に放たれた。
(アレクシスの位置はジークに割れてない。気づいても反応なんかできないだろ!)
勝利を確信した瞬間、チャールズは自分の眼を疑った。
粒子弾の発射とほぼ同時に、ジークは右足を踏み込み、右斜め前に低く前転した。
十字に交差する砲撃は、虚しく空を切った。
『は……?』
チャールズは思わず声を漏らした。
難なく回避したジークは、射線を切るように建物に紛れこむ。
『外した!そっちに行く!距離を取れ!』
アレクシスの叫び声が耳に届く。
『お前の位置は割れてないはずだ!なのに、あの野郎あっさり避けやがった……』
二方向からの攻撃を予め分かっていたのような動き。あまりに自然で洗練されたその動作に、戦慄が走った。
『化け物め……』
数分後、彼はこの一撃を外したことを激しく後悔することになる。
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