変化


「おい、ふざけんなよ」


 七瀬の胸ぐらを、ジークが掴んでいた。碧眼の瞳が怒りで燃え盛っている。


 二戦目を終えたばかりの二人は、ピットガレージに戻ったところだった。サイバースーツを脱いだ直後に、ジークが七瀬に詰め寄る。


「お前、俺の邪魔をしたよな?」


 七瀬の脳裏に、先ほどの試合の光景が蘇る。


 初戦と異なり、今回はジークと離れないよう意識して動いていた。しかし、敵を狙うタイミングが重なり、七瀬の射撃がジークのブレード攻撃を遮ってしまったのだ。


 敵チームはその隙を見逃さず、ジークを二方向から挟撃。ジークは戦闘続行不能リタイヤとなり、数的不利になった七瀬は、初戦と同じく撃墜されてしまったのだ。


(敗因は俺かもしれない……。でも、そもそもジークと話ができたら……。少しでも連携できていれば、こんな結果にならなかったはずだ)


 負けた悔しさは自分も同じだ。それなのに、全てを押し付けるようなジークの態度に七瀬の怒りも沸点に達する。。


 七瀬は首元を掴むジークの手を乱暴に振り払った。


「ジークが話すのを拒むからだろ!話さなきゃ、こういうことも起きるって!」


 怒りをそのままぶつけ返す七瀬。

 ジークは一瞬動きを止めたが、すぐに七瀬をにらみ返した。


「そもそも俺は1人で充分だ。お前のように真っ先にやられたりはしない!」


「!」


 売り言葉に買い言葉。

 それでも、その一言は七瀬の胸に突き刺さる。

 

 初戦にジークと離れた七瀬が真っ先に狙われ、敗れたことを明らかに指していた。


「これはチーム戦だって言ってるんだよ!」


 七瀬も感情を抑えきれない。言葉の応酬はエスカレートし、二人の怒りは収まるどころか、ますます激しくぶつけ合う。


「いい加減にして!!」


 二人の側にきていた、ステラが一喝した。


 整備していた数人のエンジニアたちも、手を止めてこちらを注視している。


「二人とも頭を冷やしなさい!他のチームは作戦立ててやってる。あんた達はやってない。原因は明らかでしょ!」


 ステラの正論に、七瀬はバツの悪い表情を浮かべる。


「ちっ」


 ジークは不機嫌そうに顔をしかめると、何も言わずにピットガレージを去っていく。


「ジーク!どこ行くの!」


 ステラは叫ぶが、ジークは一度も振り返らない。彼女の顔はみるみる赤くなっていた。


「もう整備してあげないんだからね!当たり前だと思うなよー!」


 ステラは地団駄を踏みながら、ジークが去っていったドアに向けて声を張り上げる。そのまま怒りを引きずった表情で、勢いよく七瀬の方へ向き直った。


「それからナナ!」


「えっ……はい」


 怒りの矛先を向けられ、七瀬は思わず身をすくめる。


「気持ちはすんごく分かるけど、ジークが相手だと感情出しすぎよ!」


「……」


 ステラの一言に、七瀬はうつむく。それは、自分でも薄々と気づいていたことだった。


「そんなにジークが嫌い?」


「嫌いとかじゃないんだ。そうじゃないんだけどさ……」


 七瀬は言葉を詰まらせる。


 ジークに対する気持ちを、どう表現すればいいのか分からない。言葉にしようとするたび、抑えきれない衝動だけが胸の内をかき乱すばかりだった。


「試合内容も、ナナらしくない感じがする。ジークと戦ってた時とは別人みたいよ」


 ステラの目には、心配の色が浮かんでいた。


 ジークと拮抗していた、あの時の自分。

 あっけなくやられてしまった、今の自分。


(俺らしさって、何だ……)


 七瀬は頭を抱えた。


「ごめん、ちょっと調子悪いかも。俺、部屋にもどるね」


「あ、ナナ……」


 ステラの返事を待たず、七瀬は逃げるようにガレージピットを出ていった。



 *****



 悩んでいたはずの七瀬は、気づけば食堂にいた。


 今は別のチームが試合中のため、食堂は閑散としており、厨房からは夕飯の仕込みをする音が聞こえてくる。


 目の前では、白髪の男がタコライスを嬉々として頬張っていた。


「ほほほ、ここのタコライスは絶品じゃのう」


 ジェラルド・マースが口元をほくほくさせながら言う。


「あの、マースさん?何か話があるんじゃ?」


 困惑気味に尋ねる七瀬。


 この初老の男性、ジェラルド・マースは、サイバーネクストプログラムの関係者と名乗る人物だ。つい先ほど廊下でとすれ違った際、ほぼ強引に七瀬を食堂まで連れてきたのだ。


「いやのう。わしがプレッシャーをかけてしまったと思ってな」


 マースは何気ない調子で言う。


(プレッシャー……前に応援してると言ってくれたことかな?)


 七瀬はそう考えてつつも、マースの意図を測りかねていた。


「チーム戦の結果のことでしょうか?」


「そう、じゃ。チームで戦うのは大変かな?」


「はい……まあ……」


 七瀬の歯切れの悪い返事に、マースは頷くと、そのまま黙々と食べ続ける。


 しばらく、無言の時間が続いた。


 沈黙に耐えかねた七瀬は、ぽつりと口を開く。


「……あの、正直ジークと上手くいってないんです」


「ほほほ。君のチームメイトはクセ者じゃからのう」


 マースは豪快に笑った。


「カエデ、次の試合に勝算はあるのかな?」


「はい、まず……ジークと何とか話さなきゃとは思ってます」


「もし話せなかったら、どうするんじゃ?」


「それは……」


 マースの問いに、七瀬は言葉を詰まらせる。

 

 ジークとのコミュニケーションについて、まだ具体的な解決策を見出せていないのだ。


「やはり、カエデらしくないのう」


 ステラにも同じような言葉を言われたことを思い出す。


(また『らしくない』か、この人は俺に何を求めているんだ?)


 まるで問答のようなやりとりに、七瀬の苛立ちは次第に高まっていった。


「マースさんが思う、俺らしさって何なんですか?」


 自分でも驚くほど語気が強まる。

 投げやりな気持ちが、言葉に出てしまっていた。


「ふむ、そうじゃな。答える前に一つ聞かせてくれ」


 マースは七瀬の勢いにも微動だにせず、表情を崩さなかった。

 それどころか、どこか楽しげな空気さえ漂わせている。


「カエデ。君はジークは勝ちたいのかな?それともプロになりたいのかな?」


 その一言は、七瀬にハンマーで頭を殴られたような衝撃を与えた。

 目をぱちくりと瞬かせ、考え込む。


(ジークに勝つこと、サイバースーツのプロになること……)


 今までは、それらは同じゴールを指しているように思えた。


 しかし、ジークとチームになった今、それぞれが別々の道のように感じられる。


(……俺は、どうしたいんだ?)


 七瀬が考え込む中、マースはさらに続けた。


「チーム戦は難しいが、だからこそ面白い。サイバースーツが世界中を湧かせる理由のひとつでもあるのじゃよ。最後の訓練がチーム戦である意味を、もう一度よく考えてみるのもいいかものう」


「チーム戦の意味ですか……」


 七重はその言葉を繰り返すが、まだその真意は掴みきれなかった。


「そうとも。残りの試合も頑張っとくれ」


 いつの間にかタコライスを平らげていたマースは、

 七瀬の肩を軽く叩くと、その場を去っていた。



 その夜、七瀬は自室で考え込んでいた。

 腕を組み、ベッドに腰掛けながら、マースの言葉を反芻する。


「チーム戦である意味か……」


 単純に考えれば、本番のサイバースーツ競技と同じ環境を再現することで、候補生たちの実力を見極める目的があるのだろう。


(意味……)


 ふと、マースと自分の立場の違いに思い至る。

 候補生である自分と、プログラムの運営側のマースでは「意味」が指すものは異なるはずだ。


(もし自分が運営側……いやチーム代表だったら、どんな選手が欲しい?)


 真っ先に思い浮かぶのは、圧倒的な力を持つパイロット。

 戦況を一変させ、チームの象徴としてファンを惹きつける。いわばエースと呼ばれる存在。


(……イメージは、ジークだな)


 自然と眉間に皺がよった。


 一方で、エースを勝たせる選手もプロチームには多数いる。

 いわゆる縁の下の力持ち。だが、絶対に欠かせない存在だ。


(俺は……)


 七瀬は無意識に目を細める。

 

 ジークのような圧倒的強さは、自分にはない。

 では、やるべきことはエースを勝たせる動きなのだろうか。

 

 だが、その瞬間、ノアの言葉が蘇った。


ーー「ジークのおかげで勝てても、メリットないからな。お前は力を証明しないといけない」


 七瀬は拳を握りしめる。

 その言葉以上に、胸の中に渦巻く感情があった。


(ただジークを立てるだけじゃ……面白くないよな)


 兄に勧められ、半信半疑でプログラムに参加した自分。

 初めは、やれるところまで出来ればと思っていた。 


 だが、ジークとの度重なる戦いで気づいた。勝負の面白さ。

 今の自分に出来ることを全力でやってみたい。

 

 今、心の底から湧き上がる思いがひとつだけあった。


「どうせやるなら、驚かせてやりたい」


 その言葉を口にした瞬間、七瀬の心は晴れた。


 すぐに部屋にあるPCを起動し、対戦動画のログを開く。

 画面に食い入るように眺めながら、ぶつぶつとつぶやき続けた。


 七瀬の部屋の窓から漏れる光は、深夜まで消えることがなかった。

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