自覚①

 訓練終了後のピットガレージ。


 エンジニアたちは候補生たちのサイバースーツの整備に一斉に取り掛かっていた。各機体のダメージをチェックし、細かな調整や修理を施していく。


 七瀬はその忙しそうな様子を横目に、自分のブースに足を踏み入れた。


 作業が落ち着いたのを見計らい、目的の人物に声をかける。


「ステラ、ちょっといい?」


 モニターとにらめっこしていたステラが振り返る。


「何?どうしたの?」


 彼女はツナギの上半身を脱いで腰に結び、黒いタンクトップ姿になっていた。


 露になった腕や肩は健康的な輝きを放ち、タンクトップのラインからわずかに覗く胸元が、自然と視線を引きつける。


 そのふくらみの確かな存在感に、七瀬は慌てて視線を逸らしながら言葉を続けた。


「サイバースーツの使い方について、アドバイスもらえないかな。自分の課題を把握したくて。改めてエンジニアの視点から、気づきがあったら教えてほしいんだけど」


 ステラは七瀬に向き直り、大きな瞳でじっと見つめる。


「ふーん」


 その真っ直ぐな視線に耐えきれず、七瀬は焦った。


「な、なんだよ……」


「なんか、ちょっと雰囲気変わったわね」


 ステラは小さく微笑んだ。


「いいわよ。エンジニア視点からね……ちょっと待ってて」


 そう言うと再びモニターに視線を戻し、手元のPCを軽快に操作する。「これなんか良さそう」と呟きながら、七瀬に向き直った。


「ナナ、サイバースーツの基本技術と言えば何だと思う?」


「うーん……。思い通りにサイバースーツを動かせること?」


「まあ、間違ってはいないわね。もっと突き詰めるなら、スラスターの運用よ。最小のフォトン消費で、最大限の機動力を引き出す。それがパイロットの腕の見せ所」


 ステラはモニターに何かを映し出し、それを指差した。


「ちょっとこれ、見てくれる?」


「これは、スラスター消費量のデータ?」


「そう。全候補生のスラスター消費のランキングよ。何回か見せてるわよね?そして、これが今日のデータ」


 七瀬は前のめりに画面を覗き込み、数値の羅列を真剣な表情で追い始めた。


「1位は、変わらずジークか。で、俺は……8位。ん?この数値……」


 七瀬の目が「スラスター起動回数」と「スラスター起動時間」の2項目で止まる。


 ジークと自分を比べてみると、「起動回数」はジークの方が多く、「起動時間」は七瀬の方が多かった。


「気づいた?ジークは小刻みに最大出力でスラスターを使うから無駄が少ないの。トータルで見ると、ナナと比べてフォトン消費量が約7%も少ない。これが積み重なると、どうなると思う?」


 七瀬はハッとした表情を浮かべた。


「ジークは俺より7%、フォトンを攻撃や防御に回せる……」


「正解。ジークは筋肉の動きとスラスター連動を完全に掴んでると思う。プロ選手と比べても遜色ない数値だわ」


 数値上は、ジークの動きはプロ並みということだ。改めて、その恐ろしさを実感する。


(やっぱり足りないのは身体の使い方か……)


 ジークの身体能力には、どうあがいても追いつけないだろう。


 それでも、少しでもその差を埋めなければ、この前のような窮地に追い込まれた際に地力の差で負ける。


 やるべきことの方向性は見えてきた。だが、目の前のつきつけられた数字の差は、やはり重くのしかかる。


「数字として突きつけられると結構へこむな……」 


「何言ってんの!ナナ、開始当初は20位だったのに、今は8位まで上がってるのよ?大躍進じゃない!」


 ステラの呆れたような口調に、七瀬は目を丸くした。


「そうか……気にもしなかった。ステラは褒め上手だね」 


「普通は、まずそう思うわよ。ナナがおかしいの。あんたってさ、常にジークと自分を比べてるよね」


 その一言に、七瀬はピタリと動きを止める。


(俺が、常にジークと自分を比べてる?)


 頭の中でその考えが反芻する。


 振り返ってみれば、確かに他の候補生にはほとんど目もくれず、ジークのことばかり意識していた。


 圧倒的才能を持つジークは、決して比べるべき相手ではないではないのにーー


「たぶん癖なんじゃないかな?」


「えっ!?」


 不意を疲れ、七瀬の声が裏返った。


「ん?だから体の使い方よ。ジークは、日常的にしなやかに体を使う競技でもやってたのかも」


「あ、ああ……。体の使い方の癖ってことね」


 ひとまず胸を撫で下ろす。一瞬、ステラに心を読まれたかのようで焦ってしまった。

 

 自分の場合は、ひょっとして思考の癖なのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。


「そうそう、体の使い方は癖なのよね。ナナはスポーツ何やってたの?」


「え?ああ、特にやってないよ」


「はぁ?冗談にしては面白くないわよ?」


 ステラの大きな目が少し吊り上がる。

 七瀬は慌てて答えた。


「本当なんだって!兄貴がいるんだけど、スポーツは一通り兄とやってた。身体能力も頭脳もとんでもなくて、ついていくのがとにかく大変だったんだ……」


 ステラは疑いの表情を浮かべながら言う。


「本当に、それだけ?スポーツ経験なしでこの場にいるのは相当おかしいわよ。お兄さんって、そんなにすごいの?」


「すごいよ。ジークほどじゃないけど、身体能力はかなり高い。サイバースーツのエンジニア志望で、今は大学で勉強してる。兄貴の方が、俺よりもパイロット向きなのにな……」


 七瀬は自分の言葉にハッとして、顔をしかめた。つい漏れでた本音に心の中がざわめく。


「ナナは、自分がパイロットに向いてないと思ってるの?」


 ステラは何かを察したように、柔らかい声で問いかけた。その問いかけは、七瀬の胸の奥深くを鋭く突いた。


「……実をいうと、俺、兄貴に勧められてこのプログラムを受けたんだ。無理だって思ってたけど、兄貴の真剣さに押し負けちゃって。そしたら、奇跡的に合格できたんだ」


 まるで懺悔をするように、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「サイバースーツは俺にとって憧れなんだ。だから、いざここにきても全然実感湧かなくて。せっかくもらえたチャンスだから、がむしゃらにやってただけで……」


 七瀬は言葉を一度飲み込む。そして、静かに付け足した。


「ただ……」


「ただ?」


 ステラが促すように相槌を打つ。その声に背中を押されるように、七瀬は内に秘めた思いを絞り出した。


「……ただ、VRでジークに勝ってからかな。何か、面白くなってきたんだよね。ジークの戦いはキツかったけど、すごく楽しかった。……もっとやりたいって、今はそう思ってる」


 ステラは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「いいじゃない。実際ジークと張り合えてるのは本当にすごいことだと思う。もっと自信を持っていいわよ」


 その言葉は、まっすぐ七瀬の心に響いた。


 ジークと自分が渡り合えている……そう評価してもらえたことは、何より嬉しかった。


「ありがとう、ステラ。おかげで吹っ切れたよ」


「気にしないで。あたしに出来ることがあったら何でも言ってね」


 ステラはウインクしながら笑う。その仕草に、七瀬はどきりとした。


「あ!そうだ。ナナにこれあげるわ。まだ飲んでないから」


 ステラはPCの横に置かれていた飲み物を七瀬に差し出した。その色は蛍光色に濁った、いかにもケミカルな飲み物だった。


「これさ……何飲んでるの?」 


「お手製のエナドリカクテルよ!師匠に教わった、エンジニアの必須アイテム。疲れが一気に取れるわ」


 差し出されたボトルから、つんとした刺激臭が漂ってくる。


「あ……いやあ。遠慮しとこうかな…」


「何?あたしの好意を受け取らないわけ?」


「え……あ、その……」


 ステラのじっとりとした視線に追い詰められ、七瀬は観念した。


 覚悟を決め、飲み物を手に取る。


「……いただきます!」


 七瀬の悲鳴が、ピットガレージ中に響き渡った。

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