再戦②


 これは、賭けだ。


 いや、この戦いそのものが、七瀬にとっては賭けだった。


 目の前には、七瀬のシールドを吹き飛ばし、今まさにブレードを振り下ろそうとするジークがいる。


 その一瞬が、まるでスローモーションのように感じられた。時間が引き伸ばされ、さながら走馬灯のように思考が脳裏を駆け巡る。


 ジークには、普通の手段は通用しない。


 だからこそ、あえてジークの土俵である接近戦に乗る必要があった。


 ここから先はーー祈るのみ。


(頼む……!)


 七瀬は右手に構えたペイントグレネードを作動させた。


 ブレードが届くより早く、轟音とともに爆発的な衝撃が二人を包み込む。破片が無数に飛散し、蛍光ピンクのシャワーが両者のサイバースーツを染め上げた。


『アーマー被弾率33%超過』


「くっ!」


 システム警告音が七瀬の耳に響いた。


 至近距離での爆発の衝撃に、一瞬たじろぐ。だが七瀬は歯を食いしばり、声を振り絞った。


『スラスター、全力開放フルブースト!』


 音声命令に戦闘AIが即座に反応する。


 背面スラスターが蒼白い閃光を伴って、凄まじい勢いで噴射された。


 七瀬のサイバースーツは弾丸のようにジークへ突進し、そのまま渾身の体当たりを叩き込む。


 ジークはその勢いに抗えず地面に押し倒された。


 七瀬のスラスターから放たれる推進力はさらに勢いを増し、ジークのサイバースーツを地面の上で引きずっていく。


『アーマー被弾率35%超過』


 七瀬は警告音にも構わず、片手で素早くジークの動きを封じ込めた。


 空いている手で腰部のブレードを引き抜き、鋭い切っ先をジーク突きつける。


「獲った!」


 勝利を確信した叫びが口を突いたその瞬間、

 ジークの声が鋭く響いた。



『スラスター、全力開放フルブースト!』


「なっ……!」


 ジークの背後から蒼白い閃光が炸裂する。爆発音が空間を震わせ、七瀬の視界を一瞬で白く染め上げる。


 その直後、強烈な衝撃が七瀬の全身を叩きつけた。


 ジークの蹴りが腹部を捉え、その身体は宙へと弾き飛ばされる。


「……っあ!」


 息が詰まる鈍い衝撃が腹部を貫き、七瀬の意識が一瞬遠のく。


 視界がぐるりと回転し、身体は重力に引かれるように地面へと叩きつけられた。


 硬い地面を数メートル転がり、金属音が耳を突き刺す。鈍痛が全身を駆け巡った。


(……まだだ。まだ、終わってない)


 七瀬は拳を固く握りしめ、素早く手をついて膝を立てる。


 ふらつく身体をむりやり起こし、前を向いた瞬間ーー


 目の前には、すでにブレードを構えたジークが迫っていた。


 鋭い刃先が七瀬を真っ直ぐに捉え、逃げ場のない圧力が襲いかかる。


 全身を恐怖が包み込んだ。心臓が激しく跳ね、思考が白く塗りつぶされる。


「うあぁっ!」


 七瀬は反射的にブレードを構え、その刃でジークの一撃を受け止めた。


 刃が激しくぶつかり合い、蛍光ペイントが四方に乱れ飛ぶ。鋼鉄が軋むような金属音が、戦場に響き渡った。


(考えるな、動け!)


 七瀬の体は、ジークの次々と繰り出される攻撃に反応して動き始める。


 刃を弾き、スラスターで間合いを詰める。


 一瞬でも優位を掴もうと、七瀬は必死に攻撃を繰り出した。


 コンパクトかつ鋭い斬撃を連続して振るう。

 その動きは想像以上に冴えていた。


 だが……


 ジークの脅威的な反射神経が、それすべてを

紙一重でかわしていく。


「っっあああああ!」


 渾身の力を込め、七瀬はブレードを振り下ろした。


 その瞬間だった。


 強烈な衝撃が横腹を直撃する。ジークの鋭い蹴りが七瀬を的確に捉えていた。


 鈍い痛みが七瀬の体を貫き、視界が一瞬揺らぐ。


(……しまった!)


 ブレードに意識を集中しすぎていた。他の動きへの警戒が疎かになり、それは致命的な隙を生んだ。


 ジークの容赦ない追撃が迫る。


 ブレードが鋭い軌跡を描き、七瀬の腹部を切り裂く。


 蛍光ピンクのペイントがまるで鮮血のように、七瀬の腹部を染め上げた。


『アーマー被弾率67%超過。戦闘続行不能ーーリタイア』


 無機質なシステム音声が七瀬の耳に響く。七瀬は力なく膝をつき、地面に崩れ落ちた。


「ちくしょう……」


 握りしめた拳が震える。


 あと一歩ーー

 あと一歩、届いていればーー


 脳裏に兄の姿がちらつく。


(嫌だ……負けたくない…)


 七瀬は震える腕を抑え、ゆっくりと顔を上げる。そこには、ジークが立っていた。


 ペイントグレネードを受けたジークの装甲は、至るところが蛍光ピンクで染まっている。


 だが、その立ち姿は微動だにせず、揺るぎない。


 ジークはただ静かに七瀬を見下ろしていた。威圧するような気配も、嘲るような態度もない。


 それがかえって七瀬の胸に、どうしようもない敗北感を突き立てた。


(強い……くそっ……)


 七瀬の手から、力がぬけていく。


 ジークは無言のまま七瀬を一瞥すると、踵を返し、悠々と歩き去る。


 その背中は、超えられない高い壁のように映った。



 *****



 初戦で敗北した七瀬は、ピットガレージの片隅に座り込んでいた。


 目の前には、ハンガーポッドと呼ばれる専用コンテナに格納された自身の機体。スタンドに固定されたサイバースーツを、七瀬はじっと見つめていた。


 頭部から肩部、それと腹部にべったりと付着した蛍光ピンクのペイント。


 その鮮やかな色は、ジークとの死闘の痕跡を生々しく物語っている。


「……負けた」


 かすかなつぶやきが、七瀬の唇からこぼれる。


 自爆覚悟で放ったペイントグレネード。

 ペイント弾であれば耐えられる。

 そう信じて賭けた決死の策。


 しかし、ジークの瞬時の機転によって、

 一瞬のチャンスは儚くも消え去った。


(結局、正面から戦ってしまった)


 結果は言わずもがな。

 ジークとの地力を差を痛感し、七瀬は唇を噛み締める。


 悔しさが胸の奥で渦巻く中、不意に背中に衝撃が走った。


「痛っ!」


 振り返ると、両手を腰に当てたステラが真っすぐな視線を向けていた。


「ガレージで暗い顔しない!」


 その凛としたその声と勢いに、七瀬は呆然とする。


「負けちゃったけど、いい試合だったじゃない!自爆覚悟のグレネードには驚いたけどさ、ジークを倒すあと一歩までいったでしょ?」


「……ステラ」


 七瀬は、ぽりぽりと後頭部をかいた。


 ステラの言葉は余計な飾り気がなく、そのまま自分の胸に染み込んでいく。


「2週間前、あんたを見た時は『この人はダメだろうな』って本気で思ったわ。でも、今日の試合は本当にすごかった!勝つために本気で考えたのが、よく伝わった。ナナのこと、見直したよ」


 ステラの笑顔は弾けるように明るく、その表情はどこか誇らしげな自信が満ちていた。


 七瀬もその笑顔に釣られるように、少しだけ口元を緩める。


「確かにそうだね。あと一歩だった……」


「ナナ!」


「分かってる。落ち込んでるんじゃないよ。大事なのは、負けを振り返って次に活かすこと。それを思い出したんだ」


 丸まっていた七瀬の背筋がピシッと伸びる。胸の奥にくすぶっていた悔しさが、少しずつ温かい決意へと変わっていく。


 七瀬は、ステラの整った顔を見つめた。


「ありがとう、ステラ」


「どういたしまして!」


 鼻をふふんと鳴らして得意気に笑うステラ。その無邪気な表情に、七瀬は思わず小さく笑みをこぼした。


 ふと視線を横にずらすと、ハンガーに固定されたサイバースーツが目に入る。


 蛍光ペイントの痕跡がまだ生々しく残るその姿は、静かに戦いの記憶を語りかけるようだった。


「整備、手間かけさせちゃってごめん」


「気にしないで。今日は名誉の負傷でしょ?」


 ステラは軽やかな言葉に、七瀬の表情が和らぐ。


「……ありがとう。少しでも対策練りたいから、残りの試合を観てくるよ」


「分かったわ。行ってらっしゃい」


 七瀬は改めて感謝を伝え、観戦席へと向かった。その足取りには、先ほどまでの迷いが影を潜め、力強い決意が宿っていた。


 ーー数時間後。


 候補生同士のトーナメントがその幕を閉じた。


 その頂点に立ったのは、ジーク・フェスター。勝者として誇るでもなく、静かに佇むジークの姿がそこにあった。


 七瀬は、その姿をじっと目に焼き付けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る