主公認、家出猫は主の気を引きたい
翠雲花
第1話 神の飼い猫
神の飼い猫。
それは神々がメロメロになってしまうほどの愛らしい"ただの猫"であり、特別な能力などなくとも、ただ元気に生きているだけで皆が幸せになる、そんな御猫様である。
さて、そんな御猫様の僕であるが、なぜか前世の記憶を思い出してしまった。
前世、
これも全て、猫宮夢斗を気に入っていた僕の
何を血迷ったのか、主は僕を自分の猫にしたいと思ったようだ。
純白の長毛種である僕の毛を拾い集め、僕のブラッシングや遊び相手にもなっている主は、現在土下座中である。
「ユト様、申し訳ございません!」
「ニッ(許さない)」
「前世を思い出した……と言われ、少々取り乱してしまい――」
「シャー!(痛かった!)」
ブラッシング中、前世を思い出した事を伝えれば、主は動揺してブラシに絡まった毛を引っ張り、それが痛かった僕は怒ったのだ。
頬に猫パンチをしたため、主の美しい顔に傷がついたのだが、主はそれを喜んだのだ。
僕が怒っても喜んでいる主には、さすがの僕も許す事ができず、これを機に下界へと家出すると言えば、この通り必死の土下座である。
「ユト様……ユト、お願いだから家出なんてしないでおくれ」
「ニッ(嫌)」
実はずっと気になってたんだ。
剣と魔法のファンタジーな世界なら、僕だって冒険してみたい。
ここではただの猫でも、僕が下界に行くとなったら、この主は絶対に何かしら手助けしてくれるだろうし、僕が血を流す事を嫌うはずだ。
「ユトは知らないだろうけど、下界はとても危険なんだ。ユトが興味津々なのは分かるけど、ユトは神の御猫様であり、下界では神獣というものになる」
ただの猫が神獣?何かの間違いかな。
でも、神獣なら下界に行っても問題はなさそうだよね。
「にゃーん(行きたい)」
甘えるような声で主の膝に擦り寄ると、主は悶えながらも僕を必要以上に構おうとはしない。
主は僕の嫌がる事はせず、わりと我慢してくれるため、気分の良い時などは普通に撫でてもらっていた。
ゴロゴロと喉を鳴らせば、主は僕の好きな顎の下を撫でてくれる。
「うぅ……可愛すぎる。日光浴で目を瞑ってるユトも可愛いけど、撫でられて目を瞑ってるユトも可愛い」
そう、主は目を瞑っている僕が好きなのだ。
そのため、眠るのが好きだった前世の僕に一目惚れし、僕を御猫様として自分の手元に置く。
それよって不老不死となる僕は、これから先も主に縛られる運命であるため、それならば少しくらいは自由を許してほしいと思うのだ。
「こんなに可愛いユトを下界に……絶対に狙われる!ユトが悪い男に捕まってしまう!」
安心してほしい。
僕は男だし、そもそも悪い男になら既に捕まってる。
「にゃー(主に捕まった)」
「そうだね。ユトは私に捕まってしまったね」
デレデレになった主は、僕のお尻へと手を伸ばすが、僕はすぐに主から逃げて距離をとる。
お尻トントンは、あまり好きではないのだ。
前世が人間であるため恥ずかしいというのもあるが、単純に敏感な部分を触られるというのが許せない。
「ごめんね、ユト。無意識にユトのお尻に手を伸ばすなど……やはり私はユトが好きなのか。前世のユトが猫耳と尻尾……うん、普通に発情できる」
本当にやめてほしい。
この主、だいぶ変態なのが困るんだよ。
「ニャー!(僕は女の子が好き!)」
「ん?でも、残念ながらこの世界は男しかいないよ」
……え?今、なんて言った?
「私は女という生き物が苦手でね。昔はこの世界にも女はいたけど、恐ろしいことに彼女達は種として強すぎた。どんどん繁殖するため、世界に影響が出て、私のユト観察を妨害された。だから、女が少ない世界へ彼女達を送り、私はユトを貰ったというわけだよ」
ん?僕のいた世界って女性の方が多いような……あ、でも世界的に見たら男性が多いのかな。
よく分からないけど、僕は前世の神様に売られたのかな。
「さまざまな世界に女を送り込んだ分、この世界に来た男も多くなってしまったけど、男の出産は危険を伴うからね。この世界は安定しているし、ユトも来てくれた。だから、女は諦めて安全な場所で暮らしてほしいな」
「ニッ(それとこれとは違う)」
「男のみの下界であっても、ユトは下界に行きたいと?」
「にゃー!(そう!)」
別に恋愛には元々興味なかったし、ファンタジーな冒険ができたらそれでいい。
元気良く鳴けば、主は悶えながら僕へと手を伸ばしてくるが、そこは捕まらないように僕も逃げる。
主は僕に一目惚れしただけあり、僕の全てが可愛いようで、ちょっとした事で悶え苦しむ事が多い。
そして僕は、そんな主に近づいて猫パンチし、捕まるギリギリで避けるという、ちょっとしたゲームが好きだ。
「はぁ……ユトが可愛すぎる。こんなに可愛い子を、ひとりで危険な場所に放り込むなんてできない」
「にゃ?(主も来る?)」
「それはしたくてもできない。私は創造神だからね。他の神々であれば……いや、それも危険かな」
僕がひとりじゃなければ許してくれるのかな。
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