NTRシンデレラをキッチリ断罪いたします!

流城承太郎

第1夜 つま先からそっとやさしく

「そっと、そっとよ……つま先からそっと……そう」


ボクの声ではない声が、ボクの喉を伝って流れ出している。

誰かの指が、鼻息がボクの足の甲をなでた。


意識が混濁している。

なんだか記憶が曖昧だ。

寝る前に一杯やったっけ。


ゆっくりと記憶をたどる。

そう確か、ガレキを組み立てている途中で眠くなって。

お酒なんて飲んでない。

シンナーがいけなかったのかなあ。

ああ、そうだ。来月のイベントで着るコスプレの衣装も縫わなくっちゃ。

言ってはなんだけど、ボクはオタクだ。ちな女。


「アッ」


の指がボクのふくらはぎから太腿へ這ってきた。

漏れる嬌声きょうせいを抑えるように、ボクは思わず右手で自分の口をふさいだ。

全身の産毛が逆立っていく。


同時に――。

意識が溶け合うような不思議な感覚がして、ボクのモノではない記憶が頭の中へ流れ込んでくる。


   母親に連れられて妹と家を出た日。


  新しい父親と義妹ができたこと。


 慣れないけれど裕福で不自由ない暮らし。


義父から貰ったお気に入りのドレス。


――義父の愛を一身に受ける義妹への嫉妬しっと


ドリンシア。


それがの名前。


ほっそりとした男の手が、あいかわらずベッドの上に横たわるわたくしの太腿をなでまわしている。さらに這い上がって脚の付け根をまさぐろうと……。


不意に我に返った。


「おやめなさいッ!!!」


股座またぐらに埋めようと顔を寄せてきた男、クラウスの顔面をしたたか蹴りつける。


「ぅわッ」


クラウスは天蓋付きの私のベッドから転げ落ちた。


「ド、ドリンシア、急に何するんだ!?」


自分が下着姿になっていることを思い出して、私は慌ててシーツをかき寄せた。

そうだ。

王太子に袖にされた腹いせに、自暴自棄になってこんなことをしたのだ。こんなことを。


「帰って! 帰ってちょうだい!」

「僕、何か怒らせるようなことしたかい。さっきまであんなに――」


鼻を抑えるクラウスの手の隙間からは血が零れている。


「大声を出しますわよ!」

「分かった。分かったよ」


クラウスは鼻を抑えたままよろよろと立ち上がり、扉へと向かう。


思い出した。

クラウスは私と妹ナスタージアの幼馴染。第二王子。

決して邪険に扱って良い存在ではない。


「お待ちになって」


私は慌てて呼びかけた。

クラウスは立ち止まった。一瞬の逡巡しゅんじゅんがあって、それから恨みがましい顔をこちらへ向けた。

よし、まだいける。

私は猫なで声に切り替えた。


「ごめんなさい。今日は急に気分が悪くなってしまって。なんだか眩暈めまいがしますの」


下履きドロワーズのままであることも構わず、私は立ち上がってクラウスに寄り添う。


「この続きは……私のお願いを聞いてくださったら……ねえ、良いでしょう」


したこともない言葉遣いが、すらすらと私の喉から発せられた。


「なんだい、ってのは」

「後でお手紙いたしますわ。ですから今日は……」


鼻を抑えながら退室するクラウスを、私は小さく手を振って見送った。



ベッドの上に戻って座り込み、物思いにふける。


事態を整理しよう。

私はドリンシア。大公の義理の娘。長女。

妹はナスタージア。

それから義理の妹のエラ……灰かぶりのエラシンデレラがいる。


――シンデレラ!


引きこもりのあの女が、呼ばれもしないのに宮殿で行われた舞踏会にやってきたのが事の発端だ。

いつもとは違う装い、いや明らかに以前とは違うが会場の衆目を集めてしまった。

その場の雰囲気も手伝い、王太子カルロがよりにもよってあの女を見初めてしまったのだ。

すでに私と良い仲になっているカルロをあの女が誘惑したのだ。


あの女は去り際にガラスの靴を残し、カルロは持ち主を探そうと布告した。


『ガラスの靴に足が合うものをきさきにする』


言葉選びのできないカルロらしい言い回しね。

聞く者によっては、正しい意図が伝わらないでしょう。


そして今だ。


まずい。

もうそこまで進んでしまっているの。

なんとかしないと、このままでは私と妹にとんでもない悲惨ひさんな未来が待っているじゃないの。


うーん。

でも私の知っている童話と記憶に食い違いがあるのが気になる。

バージョンの違いでは済まない、決定的な違いが。

この食い違いがさらなる問題を生まないといいのだけれど……。


思考を巡らせているうち、次第に二つの意識と知識が混ざり合って一つになっていく。


私は大公家の長女ドリンシア。

もはやそのことになんの違和感もない。

問題は未来を知ってしまった今、どうするかよね。


いつも半開きにしている扉から黒猫のニクスが入ってきた。

ベッドの上にぴょんと飛び上がり、膝の上に寝ころんだニクスはゴロゴロと喉を鳴らしている。


「ご機嫌ね」


ふさふさの毛をなでてモフモフしてあげる。

ニクスは目を細めて、ゆっくり尻尾を左右に振った。


「可愛いカワイイ」


可愛い……。


ちょっと待って!

ドキンと強い鼓動が私の胸を打った。

私の可愛い妹。


心配だわ。

私たち姉妹はこれからすぐに大変なことをしでかしてしまうはず。

私は慌てて自室を飛び出し、隣にある妹の部屋へ向かった。


「おナスちゃん、開けますわよ」


形ばかりのノックをしてから扉を開け放った。


ナスタージアがチェストの上に右足を乗せ、大きくなたを振り上げていた。

鉈は今まさに、ナスタージアのかかとを目掛けて振り下ろされようとしている――。





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