第1話 花見

「ブルーシートは持った。缶詰持った。おやつも持った。ジュースも持った。……うん。これで大丈夫かな」


ぼそぼそと呪文のように独り言を言う。

荷物を大きめのカバンに詰めて、帽子をかぶった。

よし、準備完了。


「ユウター。まだぁ?」


先に玄関を出ていたエマが待ちくたびれたように声を出す。


「はいはい。今行きますよ」


と言って俺は外に出た。


朝、俺が何の気なしに言った「花見」という言葉に

エマがとてつもなく興味を示したので、

今日はお昼に花見をすることになったのだった。



3

「ふんふふんふふーん♪」


エマが歩きながら、鼻歌を歌う。

白いワンピースの裾が、そのリズムに合わせて翻る。

彼女は上機嫌だった。

かくいう俺も実は結構わくわくしていたりする。

そのわくわくがエマにも伝わったようで、


「ユウタ、なんかわくわくしてるな」


と指摘されてしまう。


「バレましたか?」


と俺は素直に認めた。


「実は俺も、花見に行くの初めてなんです。今まで行く友達がいなかったんですよね」


言ったあとで、結構暗いことを言っているな、と気がつき、

あはは~、と俺は笑った。

冗談ぽくしてみたけど、逆にみじめな感じが増してしまったような気もする。

けれど、エマの方は何も感じてないみたいで、


「そうなのかー」


と気楽に相槌を打った。

そして、数秒空を見つめたあと、


「それじゃ、初めて同士だな!」


ワハハ、と豪快に笑った。

その反応に、心がすっと軽くなる。


「……エマ」


「ん?何?」


「今日は全力で楽しみましょうね」


にっとエマに笑いかける。


「おう!」


エマも少年のように笑い、拳を上げた。



4

「うまい!これ!うまいな!」


エマが目を輝かせながら団子を食べている。



公園に着いた俺とエマは、

とりあえずブルーシートを広げて、カバンに入れていたお菓子を全部出した。

チョコ、ポテチ、グミ、飴、クッキー、ガム、ラムネ、せんべい等など。

コンビニから盗ってきたものが大半だった。


「さあ、好きなもの食べていいですよ」


俺が両手を広げて言うと、

エマは真っ先に俺の作った団子に手を伸ばした。

花見と言ったら団子かなと思い、

なんとなくで作ってみただけの質素な団子なのだが、

それでもエマはおいしそうに食べてくれた。

それが思った以上に嬉しくて、俺はついにまにましてしまう。

コーラを飲みながら、しばらく団子を食べるエマを眺めていた。



5

エマは団子を食べ終えると、ほぼ全てのお菓子に手を出し、たらふく食べ、

お腹いっぱいになると満足そうにお腹をさすった。

そして何か思い出したように、急にはっと顔を上げる。


「どうしましたか?」


俺は首を傾げた。


「そういえば、花見って結局何をするんだ?」


今さらなことをエマが聞いてくる。

俺は腕を組んで、無い知恵を頑張って振り絞った。


「桜の木の下でおいしいものを食べるのが花見ですので、すでに花見をしているって言っていいと思います。……強いていうなら、あとお酒を飲んだり、隠し芸を披露したりしてる気がしますね」


「へー。隠し芸か」


ぼそっと呟いたかと思うと、エマは突然立ち上がった。


「よし、ユウタ。私に何かやってほしい芸はあるか?何でもやるぞ」


彼女が腰に手を当てて得意気な顔をする。


「本当ですか?」


俺はぱっとエマの顔を見上げた。


「それじゃ、さっき全部食べちゃったチョコを出してほしいです。実はまだ食べたりてなくて……」


両手を合わせてお願いする。


「なんだ。そんなことか」


ほっ。と言って、エマが閉じていた手をぱっと開いた。

すると、市販の大袋チョコがポンっと中空に現れ、彼女の手のひらに落ちた。


「はい」


エマが平然とそのチョコを差し出してくる。


「ありがとうございます!本当にすごいですよね。エマのその力」


チョコを受け取ってからそう言うと、

エマはえっへんと胸を張った。


「うんうん。もっと褒めていいぞ」


調子がついてきたエマは

ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、と声を出す。

その掛け声に合わせて、

ポン、ポン、ポン、ポンと

火の玉、水の玉、金属の玉、土の玉が中空に現れた。

エマが人差し指を空に向けて、ゆっくりくるりと回す。

すると、中空に浮いていた4つの玉がぐるぐると回りだした。

回転は徐々に速くなり、4つの玉は中央に集まっていく。

そしてぎゅっと1つになって、エマの手のひらに落ちた。


「よっ」


エマが下投げでその玉を空に放り投げる。


ひゅ~~~~、どん!!


玉は勢いよく空へと昇っていき、

色とりどりの火花を散らして爆ぜた。

花火だ、と思った。


「うわあ!!すごい!!綺麗!!」


俺は手が痛くなるほど拍手した。


「すごい!すごいです!そんなこともできたんですね!」


「あはは。驚きすぎだろ」


エマが嬉しそうに笑う。



6

エマは不思議な力を持っていて、

今みたいに何もないところから

お目当てのものをポンと出すことができる。

俺以外の人間がみんな消えて1か月。

それでものんびり快適に過ごせているのは

彼女のこの力があるからだ。

お腹が減ったらご飯を出してもらえばいいし、

寒くなったらストーブと灯油を出してもらえばいい。

エマが1度使ったり食べたりしたものなら

何でも、何回でも出せるので生活していて困ることはほとんどなかった。

ただ一つだけ制約があって

生物は生きてる状態で出すことが出来ないのだそうだ。

1つ例を出すと、牛肉は出せるけど生きてる牛は出せない、という感じになる。

もちろん、生きた人間も同じだ。

だから、俺が死んだら人間は絶滅したことになるだろう。



7

彼女にはもう1つ力があって

何もないところからポンと物体が出せるのと同じように

そこに存在するものをポンと消すこともできる。

彼女はその力を使って、何十億人という人々を一晩で消した。

それはたまたま俺が自殺しようと決めていた日のことで、

世界から人が消えたことで、俺の悩みはすっと消えてなくなった。

おかげで俺は、自殺する必要がなくなって、

今もこうしてぬくぬくと生きることが出来ている。

だから、俺にとってエマはヒーローなのだ。



8

「はい。次はユウタね」


褒められて満足したエマが、ニコニコで言う。


「……え」


突然すぎて俺は言葉を失った。

あんなにすごいことをされた後で、俺は一体何をすればいいというのか。


「エ、エマ。俺はエマと違って特別なことは何もできませんよ?」


「ん?別に特別なことじゃなくていいぞ。何でもいいからユウタの隠し芸を見せほしい」


エマが腰を下ろして、純粋な好奇心で俺を見つめてくる。

やりたくないです、とは言えそうになかった。

うーんと唸りながらしばらく考えた後、俺は意を決して言った。


「それじゃ、変顔やります!」


「おぉー」


やる前からエマがぱちぱちと拍手する。



9

一度深呼吸して、俺はエマに顔を近づけた。

口元に力を入れ、わざとほうれい線を浮き出させる。

そして鼻の穴を広げてふがふがし、すました目つきでエマを見た。

俺なりに必死に考えて編み出した変顔だった。

……どうだろうか?

ちらっとエマの様子をうかがう。

エマは何か我慢するように体をプルプル震わせたあと、

……ぷっ。と吹き出した。


「ぎゃははははは。へんなかお~」


とお腹を抱えて笑う。

どうやらウケたようだ。

俺は心の中でガッツポーズしつつ、

エマの爆笑する姿を眺める。

しばらく彼女の笑いは止みそうになかった。



10

(あはは、マジできめーなこいつ)


(あっはっはっは。ほんとどんくさいなぁ。君は)


(あはははは。見て見て。泣いてるわこの子。)


……ふと、人々が普通に生活していた時のことを思い出した。

あの頃は、本当に色んな人に笑われていたな、と思う。



11

記憶を振り切るように頭を横に振って、もう一度エマを見る。

彼女は自分の涙を人差し指で掬いながら、

まだ笑いの余韻に浸っているようだった。

そして、本当に楽しそうな顔で、


「ユウタ、あの顔はもう禁止な。息ができなくなるから」


と言う。

不思議だな。と俺は思った。

笑われることはとても嫌なことのはずなのに、

エマに笑われるのは全然嫌じゃない。

むしろ、もっと笑われたかった。


「そう言われるとやりたくなりますね」


俺はいたずらっぽくニヤッと笑う。


「いや、本当にもうだめ、やめ……、ぷははははは」


俺が変顔をすると、エマはまた笑う。

楽しくなってきて、俺も笑った。



12

少し寒い風が吹く。

桜の花びらが散る。

気づいたら、空は一面オレンジ色になっていた。


「大分暗くなりましたね」


「そうだなぁ。暗くなってきたなぁ」


桜の木に並んでもたれかかっていた俺とエマは

ぼーっと頭を空っぽにしながら会話していた。


「……今さらですが、その恰好寒くないんですか?」


エマの白いワンピースを見て俺は言う。

春になったとはいえ、日暮れはやっぱりまだ寒くて、体が若干冷えていた。

俺はまだ7分袖のシャツだからマシだが、

エマのワンピースは二の腕辺りしか袖がない。


「別に寒くないぞ」


エマが平然とした顔で言った。

表情からしてやせ我慢しているわけではなさそうだ。

考えてみたら宇宙の方が寒暖差は激しいはずだし、

これぐらいの寒さじゃどうってことないのかもしれない。

……それでも、と俺は思う。


「これ、一応着てください」


カバンからパーカーを取り出して、エマの肩に掛ける。

寒くなったとき用に用心で持ってきていたものだ。


「なんだこれ?」


エマがこてんと小首をかしげる。


「嫌でしたか?」


「……いや、あったかくていいな。気に入ったぞ」


エマが袖に腕を通してから両腕をパタパタさせる。

そしてニコッと笑った。


「それならよかったです。もう暗いので家に帰りましょうか」


「そうだな。家に帰ろう」


そう言って俺とエマは後片付けを始めたのだった。



13

後片付けが終わり、荷物を持って公園を出ようとしたとき、

隣にいたエマが


「ユウタ」


と言って俺の顔を見上げた。


「私に花見を教えてくれて、ありがとな!」


柔和な笑みを浮かべてこちらを見てくる。


「こちらこそ、ありがとうございます」


あったかい気持ちにしてもらったお礼に俺もそう言った。



14

「桜の花って咲いても全部散ってしまうのか?」


帰り道の途中、エマが聞いた。


「そうですね。全部散っちゃいます。……けれど、月日が経てばまた咲くんですよ」


俺の回答にエマが顔を明るくする。


「そうか。また咲くんだな」


「はい」


「それじゃ、花が咲いたらまた花見しような」


「……はい。絶対に行きましょうね!」


俺は笑顔で答えた。



15

沈む夕日が、俺とエマの影をどんどん大きくする。

きっとこれから二人で過ごしていけば

その影はもっともっと大きくなるだろう。

けれど、俺たちはまだそのことには気がつかないまま

楽しく笑いあいながら家に帰ったのだった。

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