つま先ブルーは恋のはじまり

矢口こんた

第1話 新春! サマーソルトキック

 

「わたし、つま先には自信あるんだ!」


「ふーん……」


 いや、どゆこと? って思ったけど、まぁ春霞はるかだし? いつもの戯言かーって流してた。でもまさかその半月後にあんなことになるなんて――。



 今日は待ちに待ったお正月! って言っても、もう4日だね。今日は春霞とわたしで地元の神社へおデート。


 両脇の出店からは、焼きそばが焼ける音に、射的の「パーン!」、子どもたちの笑い声が混ざりあって、大きな神社ってわけじゃないけど、なんだかんだで結構賑わってるんだなーって思う。


 わたしはというと、やっぱこういう時は春霞と一緒にぶらぶらするのが一番。春霞は焼き鳥を頬張りながら、「あのたこ焼き屋、粉っぽそうじゃない?」とか文句言ってるし。いやいや、あれ、どう見ても鈴カステラ屋だよ?


 鳥居をくぐって境内に入ると、玉砂利がゴリゴリしてちょっと歩きにくい。でも、空気がすっごく澄んでて、気持ちいい感じ。そんなこと考えながら、大きな木の横を通りかかった時に――。


「ばぁーっ!」


 いきなりヤツが目の前に飛び出してきた!


「うわっ!」って飛び上がるわたしの横で、春霞は大パニック。


「ぬぉあーーっ!?」


 叫び声と同時に後ろにひっくり返るとみせ、その勢いでつま先がヤツの顎にクリーンヒット!


 ヤツはそのままのびた。


 一方、春霞は何事もなかったかのように、ゆらりと起き上がり、手の甲で口元を拭うポーズを決めて――、


「邪魔するヤツは、つま先ひとつで、ダウンさ」


 ヤツを見下し、得意げに言い放つ。

 いや、何言ってるかわかんないんだけど。そんなことより介抱が先だってば。


「おーい、大丈夫かー? 茜丸」


「いてててて……。あ、梓弓あずみ、ありがと。大丈夫、たぶん」


 コイツは、ヤツこと沢知さわち茜丸あかねまる。幼稚園の頃からの知り合いで、まあ幼馴染ってやつかな。


「それより、いきなり蹴りが出るか? 普通……」


 茜丸は地面にへたり込み、痛む顎をさすりながら恨めしそうに春霞を見上げる。その目元にはうっすら涙が滲んでいて、めちゃくちゃ情けない顔してる。


「まぁね、つま先には自信あるんだ」


 春霞は平然とそう言い放ち、髪をサラリとかき上げた。その仕草に茜丸の視線は釘付け、口元がだらしなく開いてるし。


「いや、褒めてないからっ!」


 わたしがすかさずツッコむと、茜丸はハッと我に返り、頭を軽く振った。……けど、耳が真っ赤になってるのは隠しきれない。


 ――茜丸が春霞のこと好きなの、バレバレなんだよね。春霞以外には。……っと、そこへ冷たい声が割り込む。


「研究の邪魔だなと思って来てみれば……、やっぱり君か、渡瀬わたらせ春霞はるか


 振り返ると、春霞と同じ科学クラブ所属の藤波が立っていた。


「出たな、藤波ふじなみ海里かいり!」


 春霞はわたしの手をぎゅっと握りしめた。その手は少し汗ばんでいて、まるでわたしの手がしっとりハンドケアされたみたいなんですけど?


 科学クラブ内で春霞は藤波に強い対抗心を抱いている。でも、その奥に何か別の気持ちがありそうなんだよねー。……本人は全然気づいてないみたいだけど。複雑なオトメゴコロって、こういうことなのかなぁ。


「藤波くんこそ、何してんの?  普通、こんな日にこんな場所で研究なんてしないから」


「ふっ――空を見たまえ、七草さえぐさ梓弓。こんなに美しい青空は、そう簡単に見られるものではないだろう? こんな日は、レイリー散乱※注①を参照の考察には絶好の日和だと思うが?」


 理系バカの藤波は相変わらず冷静そのもの。「やれやれ」って顔しながら、指先でメガネをクイッて軽く押し上げる。その仕草に、


 春霞の体が、きゅ!


 いやいや、春霞……。めっちゃ藤波のこと意識してるし。緊張とドキドキがこっちに伝わってきてるんですけど? ほんと、いい加減気づけーー。


 そんな春霞はふらっとよろめいて、半歩後ずさる。


「――っ!」


「むっ?!」


 藤波の視線が鋭く春霞の足元に突き刺さった。


「どうした? ボクの計算と、キミの動きにズレが生じた。おかしい、なにか起きたのか?」


「なんでもない! ないったらない! 用が済んだなら、さっさと帰れっての!」


 春霞が焦って声を荒げると、藤波は「……?」と考え込む仕草を見せた。


「――そうか」


 本当に納得したのかは謎だけど、藤波は「うーむ……あの角度と反応速度からして……」とかぶつぶつ言いながら、元来た方へと去っていった。


 その後ろ姿を見送ったあと、茜丸が顎をさすりながら立ち上がる。


「あ、オレも戻らなきゃだわ。なかなかパンチの効いた良いキックだったぜ! またな、梓弓、春霞」


 そう言い残して、茜丸も他の友人達の元へと去っていった。


「だから、ヤツは何しに来たんだ?」


「春霞には、わからない事情があるんだって」


 春霞は茜丸の背中が見えなくなると、わたしに向かって得意げに言い放った。


「さっきのキック、めっちゃ良い感じにヒットしたわ! さすが、わたしのつま先。でしょ?」


「春霞のつま先の魅力って、……そこ?」


 わたしは肩をすくめて返すけど、春霞はしばし無言のまま。なんか珍しいなーと思ってると、境内のベンチに腰掛けて自分の足元をじーっと見つめ始めた。


 そして、おもむろに靴を脱ぎ、靴下越しにつま先をギュッ!


「――っ、痛っ!」


 その一言と同時に、春霞の表情がスーッと曇っていく。靴下を脱いで確認すると……、つま先がほんのり青じんでる。


 ……うん、そりゃ、それだけギュッてしたら痛いよね。


「うそ……な、なによこれ……」


 春霞は震える声でつぶやく。そして、すっくと立ち上がる。彼女の顔から血の気が引き、じっとわたしを見つめる。泣き出しそうな瞳が不安と絶望を語っていて、


「こんな青いつま先じゃ、もうキックもできない」


「いや、そもそもキックが必要な場面なんて、こないから」


「違うの! これは、わたしの、わたしのーっ! こんな足じゃ、わたしはもう――」


 春霞はその場に崩れ落ちるように座り込み、涙目で空を仰いだ。その姿はまるで世界の終わりを宣告されたヒロイン。

 空からガラガラと音を立てて崩れ落ちる瓦礫の城。闇が自らの深淵を広げ、そこから無数の腕が現れた。


「わたし、もうダメかもしれない……」


「ちょっと待って! つま先が青くなったくらいで、人生諦めるの早すぎない?」


 わたしは春霞の肩を掴んで軽く揺さぶるけど、彼女は呆然としたままピクリとも動かない。その顔、完全にどこか遠い世界を見てる……。


「こんなつま先じゃ、藤波にだって勝てない……」


「いや、そもそも藤波とつま先で勝負する意味がわかんないし」


 わたしの必死のツッコミも、春霞のハートには届かない。


「もう、おうち帰る……」


 肩を落として、回れ右する春霞。足取りは重く、まるで人生を悟った哲学者のような雰囲気を漂わせている。


「つま先の青いわたしなんて……コンクリートジャングルで土の匂いを忘れたミミズ以下の存在だわ……」


 ん、どゆこと? なんかよくわかんないけど、相当落ち込んでるのは確かだね。いつでも無駄に強気過ぎる春霞のこんな姿、見たことないし。


「とりあえず、うちでちょっと休んでこっか」


 わたしは春霞んちより近い、わたしんちに連れてくことにした。






——————————————————



※注① レイリー散乱

なーんか、とってもカッコいい名ですよねー!

一応、調べようかと思いましたが、よくわからない数式? とか記号? が出てきたので、そっ閉じしました。以上です。

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