11話
彼女が月だって?
僕に一目惚れしただって?
「っは」
――ははは。
「ははっ」
はははっ――――。
「ははっ、は――ははは――」
笑う。
笑ってしまう。
なんて。
なんて、悪い冗談。
全てが陳腐だ。全てが滑稽だ。
全てが茶番だ。
竹から出てきた女の子が月の姫だって言われた方が信じる。
あの話だってどうせ、口減らしのために赤ん坊が捨てられただけなんだろう。
この話だってそうだ。
それより酷い。
彼女が月だって?
月が僕に恋したって?
月の彼女が僕に恋したって?
そんな事ある訳がない。
彼女はただの人間で、僕もただの人間で。
彼女と僕はただのクラスメイトで。
一緒の学校に通って、一緒の授業を受けてただけだ。
彼女は人気者で。
僕は遠くから見つめてるだけで。
それだけの関係だった。
なのに。
その日。その夜。
兎病が発症した僕は父親を殺し母親を縊り姉を舐り。
そのまま外へと出た。
それから、偶然彼女に出会った。
想っていた。
焦がれていた。
想い焦がれていた彼女に。
誰もいなかった。
暗がりだった。
静かだった。
そして。
僕の手が、腕が、脚が、口が、歯が、舌が、涎が、喉が、骨が、臓が。
性器が、赤く染まった性器が。
脳が、赤く染まった脳が。
目が、赤く染まった目が。
生々しい全てが欲に従い、彼女を欲した。
暴力欲が、征服欲が、支配欲が。
暴力的に、征服的に、支配的に。
生存欲が生存的に。
彼女を求めた。
だから。
求め、欲し、襲った。
犯した。侵した。冒した。
――、 ――――、 ――――――。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
気付いたのは終わった後。
反芻する呼吸。
起立する性器。
鈍動する思考。
寝転ぶ彼女。
馬乗りの僕。
動かない彼女。
動かない僕。
気付いたのは終わった時。
僕がどれだけ彼女を想っていたか。
僕がどれだけ彼女を焦がれていたか。
求めていたか。欲していたか。
僕がどれだけ彼女を好きだったか。
その時初めてわかった。
「あ」
後から悔いるのが後悔だって言うなら。
あの時ほど後悔した事はなかった。
悔いて、悔いて、悔いた。
「あ」
感情が落ちて行く。
彼女への感情が。
「あ……」
月のように落ちて行く。
僕の中から抜け落ちて行く。
代わりに満たされていく。
「あ…………」
重く鋭く突き刺さるような罪悪感が。
どこまでも醜く、汚く、惨く、暗く、悪辣に。
僕の心を満たしていく。
「こんばんわ、大地君」
そんな時。
下から、声が聞こえた。
教室で何度も聞いた、よく通る綺麗な声が。
「やっと会えたね」
乱れた服もそのままに。
「私、望って言うの」
ほつれた髪もそのままに。
「ありがと、私を好きになってくれて」
擦りむいた頬もそのままに。
「私もね、大地君の事、好きだよ」
それは自分を守るための嘘。
穢された自分を肯定するための虚。
散らされた自分を拒否するための偽。
「急に言われても、わかんないよね」
彼女はその時から壊れた。
「実は私、月なんだ」
「だから、逢いに来ちゃった」
彼女はその時から『月』になった。
「……そう、なんだ」
愛おしそうに笑う彼女に、僕は頷いた。
それからだ。
僕が彼女と一緒にいる事にしたのは。
償いのために。
罪滅ぼしのために。
自己満足のために。
彼女の嘘を、虚を、偽を。
守るために。
彼女が月であるために。
もう二度と好きだなんて思わないために。
僕は彼女と一緒にいようと決めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます