5話

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


「待てよ、逃げるなって。お互い生き残り同士だろ」


「仲良くしようぜ、なぁ?」


仲良く出来るわけがない。


僕はまだしも、望は絶対に無理だ。


そう言う彼らの目は血走っており。


そう言う彼らの言葉は暴力的な空気を含み孕んでいた。


彼らは全員、悪人で狂人で病人だ。


比喩なんかじゃない。


彼らは本当に、悪くて、狂ってて、病んでるんだ。


皆知ってると思うけど。


この世界には物体と物体の間に引力という力が発生する。


それらは物体同士が近くなるとより強くなる。


つまり、月と地球の間にも引力があって。


月が近くなった分、その力も強くなる。


結果、何が起きるか。


血流疾患性脳障害。


大きくなった月の魔力は人を狂わし、


大きくなった月の引力は血を狂わす。


本来循環するべき血は月に引っ張られ、頭へと微妙に微量に溜まっていく。


溜まった血は目に流れ、兎のように赤くなる。


その症状と月に関係する事から『兎病』と呼ばれている。


さらに溜まり続けた血は脳へと行き、刺激し成長させ。


人間を本来の姿と変える。


人間、というより動物の。


変える、というより還る。


理性が、野生に。


すなわち、生き残るための生存欲求。


人の薄汚い部分。


より暴力的になり、より征服的になり、より支配的になり。


より自らを残そうとする。


結果、欲求に従順になる。


「おい女だ、女がいるぞ」


「はっは。マジかよ。一ヶ月ぶりか?」


「絶対捕まえろ。ひひゃひゃひゃ」


そんな欲望が充満するわけだ。


僕達のと違う足音が近づいてくる。


「ちっ」


もう一回舌打ち。


僕達を見られたのは面倒だ。


二人の手は繋がれたまま。


このままじゃ二人とも捕まってしまうだろう。


「だ、大地君……どうしよう……?」


なんて言われても、僕がする事なんて一つしかなくて。


「……僕に任せて」


「任せるって……」


「僕が囮になる。だから望は逃げて」


「囮……そんな、それじゃあ……」


「大丈夫。男の僕ならボコボコにされるくらいだろうから」


最悪殺されるだけで済む。


望が襲われるよりは、全然いい。


「……わかった。だけど、無理しないでね? 無茶もだよ」


「安心して。両方ともしないから」


そして僕は立ち止まり、ちらりと振り返りながら去って行く望を見つめる。


――ふぅ。


深く息を吸って、怒声と足音に囲まれるのを待った。

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