3話

「自分でも驚いちゃった。まさか想いが届くなんてさ」


「うん」


「やっぱり愛ってすごいね、奇跡を起こしちゃうね」


「うん」


「月の私がこうやって大地君の隣を歩けるなんてさ」


「うん」


彼女が喋って、僕はいつも聞き役。


堤防が途切れ、街中に入った。


上から降りてきた望が横に並ぶ。


決して身長が高いとは言えない僕の肩の横に、ちょうど頭がある。


足取りは軽やかで、鮮やかで、滑らかで。


まるで一緒に買い物でも行くかのような気軽さ。


もしくはまるで、高校生カップルが帰宅デートでもしてるような。


月明かりが照らす夜の道。


シチュエーションだけ見たらとても幻想的だと思う。


割れた地面を飛び越える。


崩れたガレキを踏み越える。


こういうところに目をつぶったらだけど。


むしろこういうのも幻想的と言ったら幻想的かな。


崩れかけた道。僕が先に行って足場を確認。


壊れる様子はない。


「はい」


彼女に手を差し出し。


「よいしょっと」


僕の手を握る。引っ張る。


それからまた歩く、のだけど。


望は手を離さずそのまま握り続ける。


僕も無理に振り払う理由はないのでままに。


ぎゅっと。


弱くだけどしっかり握ってきて。


「……まぁ若干想いが強すぎちゃった感はあるけど……」


「いくら好きだって言っても……ね?」


僕は全く信じてないけど、彼女は『月』らしい。


口癖のように、予測変換された単語のように望は呟く。


僕への想いと一緒に。


月である彼女は、毎日見つめてくる僕に一目惚れしたらしい。


望にとっては毎日見つめてくるんだから、僕の方が惚れてると言う事らしいんだけど。


それを言ったら宇宙を観測するのを職業にしている人はどうなんだと疑問が出るけど。


そんなわけで月である彼女は僕に会おうと思って。


で、人間の姿となって来たと。そういう事らしい。


しかしながらそれで終わりではない。


愛は奇跡を起こす、かもしれない。


だけど愛も奇跡も、必ずしもいい事ばかりだとはならないんだ。


その結果がこれ。この現状。


「…………地球にぶつかる気はなかったんだ」


望の愛は、僕への愛は。


強すぎて、大きすぎて。


引きすぎて。重すぎて。


月ごと僕に会おうとなったらしい。


その結果がこれ。この現状。


もちろん月ほど大きい星が隕石となって地球に落ちたらどうなるかなんて。


誰がどう考えても明らか。


世界中の偉い人も、賢い人も、聡い人も。


みんな頑張って、どうにかしようとした。


どこかの映画みたくミサイルをぶつけようとしたり、ドリルで壊そうとしたみたいだけど。


やっぱり現実的じゃなくて。妄想的で。


無理で。


そもそも月を壊したら地球にもすごい影響が出て、それこそ滅亡しちゃうらしいし。


それから、変な宗教が出て来て、願えば月が地球から逸れてくれるとか言ってたけど。


とにかく、地球が滅亡するのは確定している。


「……そのせいでみんなを困らせることになっちゃったしね」


「…………」


望の言葉を聞きながら考える。


もしかしたら。


月である彼女をどうにかしたら、月の落下を防げるかもしれない。


望がいなくなったら、とか。


漫画とかであるよね。世界を選ぶか、一人を選ぶか、みたいな。


「…………」


だけど、僕はそれを望まない。


僕はそんな人間だから。


それに。


「……大地君?」


握られてる手を、強くだけど優しく握り返す。


「望が気にすることじゃないよ」


そう僕は言う。気休めでも何でもなく、事実を。


「それに案外、喜んでる人も多いと思うよ」


「地球が滅亡するって聞いてね」


実際、それはあながち間違いじゃないはずだし。


「……大地君、不謹慎」


そう怒りながら望は言う。


だけど、表情ほど怒ってないのは伝わってる。


握った手に、望も返してくれたから。


柔らかい感触と、あたたかい温度を感じながら。


さっきの続きを思う。


月である彼女をどうにかしたら、月の落下を防げるかもしれない。


望がいなくなったら、地球が救われるかもしれない。


だけど僕はそれを望まない。


僕はそんな人間だから。


僕は彼女を好きだから。


それに。


「……」


横目で、横にいる彼女を見る。


「どうしたの?」


「何も。ただ見てただけ」


「もー、大地君ってば」


恥ずかしそうに笑う彼女を見る。


僕はわかっている。


僕だけはわかってる。


彼女が『月』なんかじゃない。


彼女がただの人間だって事を。

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