第40話 今年も
新年。本当なら気分新たにこの1日を過ごすはずだが、俺の気分は全く晴れやかではなかった。あの事件以来全くカールと顔を合わせていなかったからだ。それどころか、カール自身が部屋から全く出て来なくなってしまった。
「…ダレク?聞いてる?」
目の下のクマが多少マシになったランディが声をかけてきた。
「あぁ、ごめんちょっとぼーっとしてた」
「最近寝れてっか?」
クレイが口を挟む。相変わらず化け物じみた回復力だ。たった2日でもう歩けるようになってる。
「戦場の10倍は寝心地がいいよ」
「そうか?俺慣れなくて床で寝てるぞ」
「アホかな?」
それ医者が許さないだろ…。まあバレなきゃいいか。
「あけおめ…よっと」
オーロンが部屋の扉を開けて入ってくる。
「ナイスタイミングだオーロン!!」
クレイがものすごい速度で振り返り、オーロンが手に持つ箱を奪おうとするので、オーロンは素早く手を引っ込めた。箱の中身はケーキ。そう、ケーキなのだ。金はヘルテル司令持ちなので、堂々と最高級の物を買ってこれた。
「ちゃんと4等分しろ!!」
オーロンが叫んでケーキをクレイから引き離した。時、ケーキがオーロンの手から飛んだ。
「「あっ!!!」」
俺とランディの声が重なった。ケーキの箱が優雅に宙を舞い、弧を描いた。そのまま地に落ちるはずが、今回は違った。突然扉が開き、外から伸びてきた手がケーキをキャッチした。
「全く…食品の扱いには気をつけてくれ」
扉の向こうから現れたのは前々任司令、カスピオスだった。
「えっ、し、司令!ご無沙汰しております…」
ランディの口調が旧に固くなる。この人がタウナーの前任、カスピオス司令。頭の回転が早く、元々は前線で戦っていた勇士だった。
「ふふ、そんなかしこまらなくていいよ。私はもう君たちの上司じゃないからな」
とはいえ、この人をタランチュラのメンバーは信頼し、尊敬していた。兵士の意見をよく聞き、しっかりした戦略を立て、ヘレヴェール防衛に尽力した人だからな。
「…司令」
司令の後ろから声が聞こえる。司令の後ろから出てきたのは、まさかのカールだった。
「私は少し医者と話してくるよ」
司令が部屋出て、タランチュラメンバーだけになった。めちゃくちゃ気まずい空気だ。
「久しぶりだなカール。集中治療室まで会いにきてくれてもよかったんだぞ?」
クレイが冗談なのか冗談じゃないのかよくわからないものを飛ばす。それが爆弾になるかふわふわの枕になるか、心臓が嫌に速く鳴っていた。
「クレイ、冗談はあとで。少し真面目な話」
「おっと?俺はいつだって真面目なんだがな?」
カールは無視した。クレイの口角が少し下がった。気がする…。
「あの時、感情的になってお前らを突っぱねて、挙句の果てには銃まで使ってしまった。悪かった。許してくれ」
俺はランディの方を見た。ランディもこちらの方を見た。そして、ランディが最初に言った。
「俺たちは友達だろ?で、喧嘩するほど仲がいいって言ったよな?つまりはそういうこと。気にしないでくれ」
「俺も同じこと言おうと思ってたのに…全部持ってかれた」
オーロンの言葉はカールの耳に届かなかったようだ。
「あー泣くな泣くな、俺が悪いみたいになるだろ…」
ランディがカールを抱きしめて言った。気まずい空間は一気に暖かくなった気がした。
ケーキはクレイが俺の分が小さいなどほざいていたが、黙らせた。中に入っていた硬貨のせいでオーロンは歯を折りそうになっていた。いずれも、楽しい時間はすぐ過ぎるんだ。
「もうそろそろ寝ようかな…」
独り言がスラスラ出てくるくらいには気分が明るかった。でも、これだけは言わないといけない。
「司令、いつまでいる気ですか?」
「いや、そろそろ出ていくとするよ」
「それ30分前にも聞きました」
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