第2話 陽動作戦

真っ暗な森の中、地図と無線だけを頼りに目的地点を目指す。重装備だから体がクソほど重い。本当にどうにかできないものか。そんなこんなで目的地点までたどり着いた。が、一息つくなんてできるはずがなく、ここから北に300mくらいの平原では戦車と敵軍が絶賛通行中でね、もし気づかれて砲撃なんかくらったら、文字通りここの全員が木っ端微塵になってしまう。一切音を立てないように作戦開始を待とう。


「これより作戦を開始する。諸君らの健闘を祈る」

無線から作戦開始が宣言されるとともに俺たちは顔を見合わせた。

「何度も言うが、作戦通りにな」

「わかってるよ貝殻。目的は撃破じゃない。生存と陽動を最優先しろってさ」

ランディの忠告にクレイが声真似をしながら楽しそうに答える。ランディがしかめっつらをして何か言おうとしたが、オーロンが遮って一言。

「静かに」

2人が黙った後、微かに足音が聞こえてくる。しかもだんだん大きくなる。近づいてきているようだ。

「最悪だ…」

思わず独り言がぽつりと出てくる。

「歯車、最悪にはならないさ。こっちに来た敵を全員殺せばいいだろう。サプレッサーあるだろ、くれ」

カールの提案に賛成する奴が多い。そうだ、うちの部隊血の気が盛んな奴らばっかだったな。

「はあ…ほらよっと」

面々にサプレッサーを投げる。各々素早くサプレッサーを取り付ける。足音が大きくなってきた。時間がないな。

「作戦は二つ。こっちに来た奴らが少人数だったら引き寄せて暗殺。そのまま敵軍を奇襲する。次に大人数だった場合。木に隠れつつ銃撃戦をする。ちょっとした騒ぎにして、陽動する。いいね?」

ランディが小声で作戦を伝えたあと、全員が頷き草むらに身を隠す。信じてるからな、みんな。


敵との距離は大体70mってところか。そして想定していた出来事は現実になった。敵は大人数だった。ざっと見えるだけでも20人はいるな。銃を構えつつ、近くのクレイに目配せする。そして、クレイの奴はニヤッと笑って見せた。クレイはちらっと相手の姿を確認し、月明かりに照らされた敵に銃撃を開始した。サプレッサーにかき消されたスカスカした銃声は響くとは言わなそうだな。そのほうが都合はいいんだが。クレイを合図にタランチュラのメンバー全員が銃を撃ち始める。敵は暗闇からの突然の銃弾に対応が遅れる。もうすでに倒れた人もいる。敵軍の中で木に隠れた奴らが反撃を開始した。かなりの乱戦だ。いつ死んでもおかしくない。ふとクレイの表情が見えた。笑っている。たったの13歳なのに(といってもタランチュラのメンバーは全員同い年なんだけど)。敵が1人また1人と倒れていく様をそうした本人が楽しそうにしている。人を殺すってことは悪いことでしかない。たとえ上の命令でも、戦争であっても、いい気分ではないのは確かだ。ましてや自分も倒れていって奴らと同じ運命になるかもしれないのに。

「歯車!てめぇ何ぼーっとしてんだよ。深夜戦得意だっただろ?」

「悪いな、なんでもない」

なんでもないなら集中してろよ、とカールがブツブツいうのが聞こえてきたが聞こえないふりをした。噛み付くとまあまあ厄介だ。


銃撃戦はかなり続いた。膠着状態が続くと突っ込もうとするクレイとカールを抑えながら。

「撤退を命ずる。拠点が落とされた。ラァーク川付近まで防衛ラインを下げる」

無線からこんな情報が流れてきたため、クレイとカールが大きなため息をついた。

「はぁ…やっぱりか。上がクソだと下までクソになるんだよ。司令部の奴ら皆殺しにしてやろうかな。俺が指揮とればもうちょいましになると思うんだけどなぁ」

クレイがなかなか物騒なこというので制しはするが、本音は賛成だった。前線の状況も理解できない能無しの命令には従いたくもなくなる。

「とにかく撤退は撤退だ。ずらかるぞ」

ランディの一言で愚痴をこぼしながら撤退する面々。クレイが振り返り手榴弾のピンを抜かずに敵軍に投げつけた。慌てて1人が手榴弾に覆い被さる。人間としても軍人としても百点満点の行動だ。俺が敵にいたら拍手を送るくらいだ。でも現実はそうじゃない。

「おっ釣れた釣れたw」

クレイが容赦なく頭を撃ち抜いた。こいつは悪魔か何かか?半笑いで人を殺すのを見るのは悍ましいものだ。


全速力で森の中を突っ走ってもといた拠点が見えた。煙が上がっており、敵軍の戦車が見えた。

「あらら、これはひどい」

ランディが独り言。カールがランディをこづいて口に指をあてる仕草をした。そして親指で拠点にいた1人の男を指した。四十代くらいの顔に大きな傷のある髭面だった。

「アンラーン・エンツァイ。最近暴れてる過激派組織「ルタードの口」の幹部だ。敵軍とルタードが手を組んでいることがわかった上に、幹部が目の前にいる。この意味わかるな?」

その案は賛成できない。

「敵軍がいっぱいの中で大事な幹部が1人だけで出てきて、殺したら帰るのを見送ってくれると?ダメだオカリナ。リスクが大きすぎる」

「ごめんな、ハイリスクハイリターンを取らない選択肢はないんだ」

「オカリナ、上の命令に従え。ハイリスクが現実になった時のことも考えろ」

言い争いをしながらもカールは銃の確認をしていた。どんだけ戦いたいんだよ。

「だから、今は撤退した方が…」

「待て、暴風はどこだ?」

カールが俺の言葉を遮った。確かにクレイがいない。

「暴風?どこにいる?」

オーロンが無言で指を指した。拠点に走っていくクレイが見えた。

「あの馬鹿どうする?」

呆れ返った口調でランディが呟く。

「多分行ったら俺たちまで死ぬぞ」

「なんか興ざめしたわ…」

なんか1人だけやばいやつがいるが今行ったら確実に死が訪れる気がする。

「ラァーク川まで行って状況を報告しないと」

そうして俺たちは全速力でラァーク川まで走って行った。

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