リョコウバトの名探偵
シャナルア
第1話 客が少ない名探偵(導入パート)
ここはリョコウバト名探偵事務所。
そこにはハト丸という名前の探偵が居ました。
「ちがうちがう、僕はただの探偵じゃない。リョコウバトの名探偵だよ」
ハト丸は何もない空間にツッコミをいれました。
依頼が無さ過ぎてあまりにも暇だからです。
「仕方ないからテレビでも見るか」
リモコンでテレビをつけました。
~ちまたの動物ニュース~
「速報です。アメリカビーバーのビバえさん(32歳)が無許可でおよそ5万本の杉の木を伐採した容疑で逮捕されました。
自分の強靭な歯で次々なぎ倒したとのことです」
「犯人はなんでそんなことをしたのでしょうか?」
「どうやら警察の発表では、犯人が何を言ってるのかさっぱり分からないとのことです。
そして犯人の証言映像があります」
——『ずびばせんがね!! ばなびつがどまんばぐて!!! ずび、ずびびび、ずぎがふんがね!! だえらべなぐっでえ!!!』
「ひどいです。なにを言ってるのかさっぱり分かりませんね」
「杉の木が大量に切り落とされた影響で、花粉アレルギーの薬の売れ行きが落ちる恐れがあります」
「それでは次のニュースです。日本の人気アイドル、スーパーフレンズハト音ちゃんがジャマイカでレゲエを披露しました——」
~ちまたの動物ニュース 終~
「いや、言ってること分かるだろ」
テレビにもツッコミ始めるハト丸です。
ちょうどその時、ドアを叩く音が聞こえました。
「おや、依頼人かな」
「わんわん」
「なんだハナちゃんか」
「がうがう!! わわんわわんわ!!」
イエイヌのハナはハト丸の新妻です。
幼馴染だった二人は大人になり、結婚したのです。
「わざわざ仕事場に来るなんて、どうしたの?」
「わんわ、へっへ、わんわん!」
「……犬語じゃわかんないよ」
「あ、日本語で話した方がいいですかね」
「初対面ならわかる。
なぜ夫婦でそんなやり取りを繰り返すのかが分かんないよ!」
「そんなことよりハト音ちゃんのライブがもうすぐ始まるんですよ!
ねーねー一緒に見ようよハト丸!」
ハナちゃんは速攻で話を変えました。
「ハト音の世界一周ライブツアーね……次はメキシコだったかな」
「はい!」
世界のトップアイドルであるスーパーフレンズハト音ちゃんの本名はハト音。
そしてハト音はハト丸の妹なのです。
当然ハナちゃんにとっても妹のような存在です。
「その時間は仕事中だから見れないかもって伝えてたじゃん」
「あれれー、お仕事はどこですかね?」
「はっはっは、そういう日もあるだけさハナちゃん。
……はぁ……今日はもう閉店にして、ハト音のライブでも見てやるか」
「わーい!」
PCでライブ配信のページを開いた矢先に電話が鳴りました。
「お、ついに依頼か?」
「ええ!? そんな……」
ハト丸は受話器を取る。
「リョコウバト名探偵事務所です」
『はいはい名探偵。こちらは日本動物警察。刑事のサイ十郎だ』
「いつもご苦労様です。サイ十郎刑事。
依頼ですか?」
『ああ』
ハト丸が探偵になった時に知り合ったサイ十郎。
刑事であるシロサイのサイ十郎はハト丸によく事件の捜査を依頼してきます。
『込み入った話になる。今空いてるか?』
「ええ、もちろ——」
ハナちゃんと目が合いました。
「くぅん……くぅん……」
悲しそうな鳴き声です。
「……二時間後なら空いてますよ?」
ハナちゃんは、「やったー! わおーん!」と尻尾を振って喜びました。
『ああ分かった』
サイ十郎との電話を切った後
「さて、ライブでも見るか」
「えへへ、わんわん! やっぱりアーカイブよりもライブで一緒に楽しむのが一番です!」
「たしかにね」
そして二人でライブを楽しむのでした。
***
二時間後、ハト丸の事務所にサイ十郎と金髪で二つの角が生えている女性の警察官が来ました。
「やあハト丸」
「こんにちは、サイ十郎警部。そちらの女性は?」
「新しい部下だ」
女性はびしっと、敬礼しました。
「はい、わたしはアミメキリンのキリーナです!」
キリーナはなんだかハト丸を見てもじもじしつつ、眼を輝かせていた。
「あのですね……わたしは実はハト丸さんの大ファンでして……ハト丸さんに会えて光栄です! サインしてください!!」
「さ、サイン……?」
「ハト丸さんは、絶滅寸前のリョコウバト。
若くして両親を旅客機の事故で失い、残された幼い妹と二人で支え合って暮らし、家族を支えるため勉学しながら働いたという人の何倍も努力した過去を持つ漢の中の漢!
そして今では旅系ユーチューバーでありながら、名探偵であらせられます!
これまで数々の殺人事件を解き明かし、中には何十年も前に迷宮入りした事件の真相を解き明かされたという偉大な実績を残しています!
あなたを尊敬しているの!」
キリーナさんの称賛に、ハト丸は変な高揚感を覚え、ハナちゃんはにちゃりと笑い、サイ十郎は頭を抱えた。
「お、おほん……も、もちろん当然さ! ある種のとびぬけた才能、灰色の脳細胞を持つ僕ならこれくらいなんてことはないのさ!」
「ハトまるぅ照れてるぅ~」
「こら、笑うんじゃない。かっこが付かないだろ」
サイ十郎が咳払いした。
「本題に入ろう」
「ええどうぞ中へ、後はドングリとコーヒーでもいただきながら話を聞きましょう」
「ドングリはお前が食べたいだけだろ」
「——ふ(不敵な笑み)」
「さ、サインは……? ハト丸さんのサインは??」
「お話しの後で書きますよ、キリーナさん」
「やったー!」
そして四人で事務所のソファに掛けるのでした。
***
「お前たちに調査してもらいたいのは、幼い子豚が殺された事件だ」
「……幼い子豚ですね」
「事件が起きたのは一昨日の夜。猫の集落と豚の集落の中間にある空き地で事件が発生。
豚の集落に住む8歳の少年ブタオが、三匹の猫——人に飼われてないノラネコからリンチを受けて死亡。
犯人である猫の名前は、ブチ、シャケ、フク。
こいつらは猫の集落の中でも特に有名なごろつきで、中でもブチは三匹のリーダー格で、猫の集落の族長の息子だそうだ」
「なるほど、異種族間による殺生事件——」
「警察が事態を把握したのは、犯人グループの猫達が自首したからだ」
「自首ですか?」
「取り調べで把握した事件の経緯がまとめてある」
ハト丸は渡された書類を見ました。
~~
●20時頃
容疑者ブチ、シャケ、フクは現場の空き地にいたところ、被害者ブタオが自ら近づいてきた。
容疑者たちはみな、豚に対して抗いがたい食欲を感じ、三匹で被害者をリンチした。
その後、被害者が死んでいることに気づき、容疑者たちはみな恐怖を覚え、全員がそれぞれの家へと帰宅した。
●24時(翌朝0時)頃
容疑者の一人、ブチは罪悪感から、族長であり父親のヒーちゃんに事件のことを打ち明けた。
そしてヒーちゃんの説得により、ブチは自首を決意。
●翌朝4時頃
ブチはシャケとフクを連れ、警察へと自首。
警察が事件を把握、取り調べが開始。
~~
ハナちゃんは頭をひねりました。
「あれ? ここまで分かってたら事件解決してますよね?」
サイ十郎はうなずく。
「ああ、この事件はもう解決してるんだ。
——表向きは、な」
「話してください。続きを」
ハト丸の思考は研ぎ澄まされていきます。
「重要なのはここからだ。
警察が遺体を検死する前に、ブタオの遺体が豚の集落の意向で処理されたらしいんだ」
「——それは本当ですか!?」
「ああ。つまるところ、警察が遺体の検証をする前に遺体が持ってかれちまって、もう無いってことだ」
「警察がそれを許したのは、【異種族殺生事件】だから、ですか?」
「……上層部はそう判断した。
だからこれ以上の追及を止めた。
遺体の検証は出来なかったが、現場検証から得られた状況証拠が、おおむね犯人の証言と一致したからというのも大きい」
「怪しいですね。確かに」
「ああ」
ハト丸はこの事件のおかしな点に気づいています。
しかし、ハナちゃんはよくわからないので、「はい! 質問です!」と言いました。
「いしゅぞくせっしょうじけん、ってなんですか!
なんでそれのせいで、警察は捜査を止めたのですか!」
「それは常識——」
「サイ十郎刑事、常識よりも良識を、ですよ」
「うぉおおお! ハト丸さんの名台詞きたー!」
ハト丸はハナちゃんに優しく説明しました。
「この国には、殺生罪、またの名を殺人罪があります」
「はい、分かります」
「殺しをしたら捕まる、というのがこの法律ですが、罪にならない例外があります」
「例外?」
「異種族、つまり猫なら猫以外、人なら人以外——を殺す場合は罪にならないのです」
「な、なんだってー!」
この動物社会では常識ですが、ハナちゃんだけは知らなかったみたいです。
「しかし、なんでそんな変な法律にしたんですかね?」
「一言でいえば、肉食動物の捕食を妨げないため、となっているね」
「え、でも私が知ってる肉食動物さんたちはみんなジャパリマン食べて暮らしてますよ?」
「誰でも食べれる合成食糧ジャパリマンがあれば肉食動物も他の動物を食べなくてもいい社会に、今はなってるね。
けれど、この法律を変えようとするとごく一部の肉食動物が『もしジャパリマンが不足したら肉食動物は何を食べて生きていけばいいのだ!』って反対するし、何より動物社会の頂点である人間様が変えたがらないからね。
しょうがないのさ、こればっかりは」
「ふーん……わかった!」
ハナちゃんは理解しました。
「じゃあ犯人の猫たちはどうなるのですか?」
「いい質問だね。
異種族殺生事件での容疑者は、普通の裁判を行わずに当事者同士の種族間——今回の場合は豚と猫との話し合いで処遇が決定されることになる。
大抵の場合、話し会いは相当荒れるけど、互いの武力闘争を避けるために犯人への厳罰を下すのがほとんどのパターンになるのさ」
「へーそうだったんですね」
ハナちゃんの質問は終わり、サイ十郎が続きを話し始めました。
「結局のところ、上層部は豚と猫同士で解決してくれれば何も問題ないと考えているわけさ」
「でも被害者の状態を何も把握できてないのでしょ?」
「豚どもが書いて提出した検死結果だけだな。把握できてるのは。
遺体を確認してない以上、本当に猫が子豚を殺したのかどうか……正直怪しい。
被害者の状況がこんな紙一枚で分かるもんかよ」
「警部、依頼内容を教えてください」
「最優先は、【本当に豚の子供が殺されたのか?】だ
本当に自白の通りだったら、後は当事者同士で解決すればいい」
「承知しました。警部
……無論、僕が事件をすべて究明してもいいのですよね?」
「へっ! ほどほどにしろ。
これで豚以外が死んでたり逆に生きてたりしたら、残業がまた増えちまう」
「それではさっそく調査を開始します」
と、ここまでの一連のやり取りを聞いてキリーナさんは酔いしれたように言いました。
「はぁはぁ……これが、ハードボイルド!」
サイ十郎は思い出したかのようにいいました。
「それから、このキリーナをお前の助手につけてやる」
「え?」
「俺は別の案件で忙しいが、こいつならいくらでもこき使ってくれ」
「はぁ……まぁ」
「一応こいつも警察官だ。
捜査も幾分か楽になるだろうし、こいつにとってもいい勉強になるだろう」
「うーん、まあいいか」
ハト丸はキリーナさんにOKを出しました。
「やった! ハト丸さんと一緒に仕事が出来て嬉しいです! 人生最高の日です!」
きゃっきゃしてるキリーナさん。
「それじゃあさっそく始めますか。
——調査を」
ハト丸はカッコつけて言いました。
「ついに、ハト丸さんの生推理が見れるなんて!」
サイ十郎は腕を組み、ハナちゃんはワクワクしています。
「ああよく見とけよ、こいつの調査はやべーからな」
「わくわくです! 久しぶりですからね!」
そしてハト丸は、大きく腕を広げて、宙に向かって話しかけた——!
「もしもし、お母さんかお父さんいる?」
キリーナさんは「??」という感じの表情を浮かべた。
『ちょっと待って……ハト丸。ぜえ、はぁ……すみませんアンドロマリウスさんちょっと席を外します』
中年男性の息切れした声が聞こえた直後、空中で30インチぐらいのモニターが突然出てきた。
『やあハト丸……ハァ……今日はどうしたんだい……』
「お父さん。どうしたのそんなに息切れして」
キリーナさんは「ナニコレ??? テレビ電話????? ハト丸さんのお父さん??????」という感じの表情を浮かべた。
見慣れているサイ十郎とハナちゃんは動揺していません。
『——ふぅ、実はね、地獄でアンドロマリウスさんと12時間ずっと卓球をしていたんだ』
「12時間も卓球を!?」
『最初は私から誘ったんだけどね……でもお互い熱中しちゃって、抜けるタイミングがなかなか無くてさ』
「適当な理由で抜ければ良かったのに」
『失礼な! アンドロマリウスさんは悪い悪魔と天使から助けてくれた命の恩人なんだぞ! そんなことできるか!』
「死んで地獄に堕ちた後で、【命の恩人】はおかしいんじゃない?」
『……確かに、そりゃそうだ』
「『あははは!』」
ハト丸は通話先の父親と和気あいあいと話しています。
「わんわん! ハト丸のお父さん! お久しぶりで嬉しいです!」
『ハナちゃんは今日も元気そうだね。ハト丸との結婚生活は楽しいかい?』
「はい! 楽しいです!」
「リョコウバトの旦那さん、いつも捜査協力ありがとうございます」
『いえいえ、死んだ私が役に立てるなら、何でもしましょう!
それにサイ十郎さんは、ハト丸とは良くしてくださるみたいで、こちらこそありがとうございます』
キリーナさんは状況に置いてけぼりでした。
「ハト丸さんの両親は事故で既に他界してるはずでは!?」
「キリーナさんの言う通り、僕の両親は死んで、今は地獄にいるんだ」
「???」
リョコウバトの旦那さんは意気揚々と語りました。
『私と妻のリョコウバトさんは事故で死んだ後、地獄に堕ちたんだ。
そこで天使と悪魔の大戦争に巻き込まれたんだけど、そこで出会ったたくさんの仲間たちと共に地獄から煉獄、そして天国へ上って行ったんだ!
そして、天国の神様に出会って、私とリョコウバトさんを生き返させてほしいと頼んだんだけどね、もう僕たちの肉体は火葬されちゃってたみたいで……
でも神様が特別に現世とテレビ通話できる権限を与えてくれたんだ!
だからこうしてハト丸やみんなとお話しできてるってわけ』
「なんだかドラゴンボールみたいな話ぃ……ですね……」
『いやあ、生き返れなかったけど、これはこれで私も妻も楽しんでるよ』
旦那さんはハト丸に尋ねた。
『それで今回は誰を探せばいいの?』
「ブタオという名前の子豚を探してほしいんだ。
年齢は8歳」
『オッケー。二日後、結果を連絡するね』
「それじゃあ元気でね、お父さん。
お母さんにもよろしくね」
『元気そうで良かった。
リョコウバトさんが天国横断の旅から帰ってきたら伝えるよ』
ハナちゃんは笑顔で「バイバーイです! ワン!」と手を振りました。
旦那もハナちゃんに手を振り返したところで、通話が途切れ、宙のモニターも消えました。
「さて、それじゃあ僕たちも調査を——キリーナさん?」
キリーナさんはなんだかハト丸を怪しい目で見ています。
「ハト丸さんって……もしかしてやべー奴ですか?」
「やべー奴……? 僕が……?」
サイ十郎は言いました。
「こいつはな、殺人事件の被害者に直接話を聞くことが出来る、唯一の名探偵なんだぞ」
「うわぁああああ!! 解釈違い!! 解釈違い過ぎます!!!
だれでも事件解決できるズルいチートじゃないですか!!!
頭脳明晰で、ホームズみたいな人を想像してたのに!!!
正直、失望しました!!!」
ドストレートな手のひら返し、そして失望の言葉に、ハト丸の胸はズタズタです。
「き、キリーナさん……び、びっくりしたんだね!
まあ仕方ないよね、うん、地獄とか突然出てきても分かんないしぃ? ね?」
「……」
あ、無視とか一番傷つくやつ、とハト丸は思いました。
「そうだ! キリーナさんに頼まれてたサインを書きますよ!」
「なんか呪われてそうなのでいりません」
「呪われてないよ!?!?」
ちなみにリョコウバト名探偵事務所に客が来ない一番の理由は、【なんだか呪われてそう】みたいです。
ハト丸本人がそれを知るのはまだまだ先のことでした。
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