第2夜 細やかな語らい

 その日から、クラウディウスは毎晩毎晩まいばんまいばん、カフカーディアが歌っている夜に必ず料理長に作らせた馳走ちそう、ワイン、色々な果物たちを持ってこさせた。

 しかし、カフカーディアは受け取らず、ずっと歌い続けた。

 ある日の夜、クラウディウスは林檎りんごを食べながらカフカーディアに問いかける。


「なぁ、カフカーディア。いつまでも歌っていれば、腹もく。一口くらい食べたらどうだ?」

「……いやです」

「だが、祈り歌を歌うのは中々に体力を使うはずだろう? なら、少しは休むべきだ」

「…………馳走ちそうを持ってくれば、私が歌うのをやめると?」

「そうだとしたら、君はどうする? ……倒れてしまえば、祈り歌を歌うこともできなくなってしまうぞ」


 王子は一口かじりついたリンゴをカフカーディアに見せる。

 すると、彼女は一度歌うのをやめ食事に目を向ける。


「確かに、腹が空けば明日歌えなくなってしまうのは避けたいわ」

「なら、好きなものを食べてくれ。君が満足するよう、料理長にはいっぱい作らせたんだ」


 カフカーディアは床に並べられた大変美味そうな食事達を見ながら、肉料理を見て一瞬、嫌な顔をした。


「……どれがいいかしら」

「ああ、たらふく食べてくれ。君が満足するまで、いっぱい食べるといい」


 カフカーディアは警戒するように、床に並べられた果物のリンゴを手に取り、小さくかじりつく。

 王子クラウディウスとカフカーディアは互いに食事を始めた。


「……なぁ、カフカーディア。どうすれば、夜は止まる? どうすれば、昼は来る?」

「……それはわたくしは知りませんわ。私たち捧月姫は、国のために祈りを捧げるためにある姫巫女、ただ、それだけですもの」


 カフカーディアはもう一口目と、リンゴをかじる。

 クラウディウスにとってカフカーディアという少女は美しかった。今まで見てきたどんな女性の瞳よりも冷めた色をしているのが、妙にかれたのだ。

 カフカーディアはなぜか肉などは食べようとせず、野菜や果物ばかり手を出す。

 王子は疑問に抱き、下手に聞いてしまえば彼女はこのまま歌うのをやめてくれないだろうと不安に駆られ口に出せずにいた。

 すると、彼女は林檎を満足する分だけ食べると、小さく息を吐いた。


「……やはり、歌うのか?」

「えぇ……ありがとうございます王子。これでまた歌を歌えます」


 無表情の少女の頬にほのかに赤みが宿やどる。カフカーディアのその笑みは、人と触れ合ったことがない者がする笑顔だと王子は気づき、思わず見惚みほれる。


「……そうか」

「えぇ、えぇ、えぇ、これで王様も喜んでくださるわ」

「……王? 誰のことだ?」

「私の知る王はただ一人だけ、聞きだしたいのならまた馳走を持ってきてくださる? 王子」

「……わかった、またこうやってもってこさせるよ。君の好きなものを教えてくれると俺は嬉しいんだが」

「それは、王子である貴方が見抜いてくださる? 姫巫女と言えど、民の趣味趣向を知るのは、特別な相手だけ……そうでしょう」


 少女の言葉は王子にとって獲物を狙う蜘蛛くものような言葉だった。


「……では、また」

「ええ、王子」


 男はより、カフカーディアに昼を自分の国に来させるために、あの手この手の話術でカフカーディアを篭絡ろうらくしようと画策かくさくることにした。

 もし、自分以外の王子がまたカフカーディアを落とせなければ、ずっと民たちに昼が来ず、飢えに苦しませてしまうかもしれない。

 王家である人間が、民がいなくては王家も存在できない。

 ……王子の胸にかすかな熱が宿ったことは、カフカーディアは知らない。

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