星と、雪と

ぼっちマック競技勢

雪降り積もる日に

 私はこの日、岩手の旅館に来ていた。


 直木賞を自作が受賞したので、その記念旅行だ。日本一周旅行のような壮大なものを編集者さんは想定してくれていたのだが、私は東北旅行ぐらいにしてもらった。


 売れなかった頃の名残りだろうか。貧乏性が染み付いてしまって、たいそうな旅行は気が引けてしまう。まぁ東北で豪遊というのも昔では考えられなかっただろうが。


 直木賞作家という箔がついてからというもの、一躍有名人になった。記者会見やら握手会やらで受賞後一週間は大変だった。まぁ今も似たようなものだが。


 豪遊するのに忙しいなんて。

 本当に、人の人生とはわからないものだ。


 ▲


 母から連絡が来た。電話だ。

 プライベートの時ぐらい一人にさせてくれてもいいのに、と思いながら私は電話に出る。


「どうした?母ちゃん」

「今どこさいる?」


 訛りの混じった声が電話越しに聞こえる。


「今?岩手の旅館の貸切露天風呂につかってる。どうだ?いいだろ〜前言った東北旅行だよ。最後におばあちゃん家にもよるから...」

「今すぐ、うちさ帰ってこ。はやぐ」


 思いの外、重々しい声が聞こえてきた。早く会いたいということだろうか。いや、違う気がする。この声の奥には...そう、悲しさだ。悲しさが感じられる。なぜだか嫌な予感がした。


「ばあちゃん、どしたの」


「じいちゃんが、死んでまった」


 思わず、スマホを風呂に落としてしまいそうになる。


「それは本当に、本当?」


「んだ」


 訛りの聞いた返事だ。まぁ、嘘なわけないよな。そんな冗談言うもんじゃない。


「......わかった。すぐ帰る。今切るね」


 ブチッ。相手の方から切られたようだ。スマホの電源を落とし、風呂のへりのところに置いておく。


 祖父が、死んだようだ。享年80歳。傘寿だ。そんなおめでたい区切りの年になくなってしまった。


 意味があるわけでもなく、空を見上げる。

 露天風呂には入っているものの、冬の岩手はやはり寒い。外気温は氷点下。雪がしんしんと降ってきていた。


 頭の上に降りしきる雪片に向かって手を伸ばす。すると、その後ろの星の光と雪の輝きが重なって見えた。

 雪と星の区別がつかない。


 直木賞を取ったって、富豪になったって。悲しさと言う感情は無差別に人を襲う。


 現実をあるがままに受け入れなくてはならない。こんな時、自分の感受性がどうしようもなく、恨めしい。


 普通、直木賞にノミネートされて、そのことを回想したりして。そうやって記念旅行で泣くんだろう。

 だけれど今は。ただ、悲しい。


 栄光による嬉しさも、今はもうない。


 ずっと眺めていると月光の強い光に目が慣れてきたのか、星の明かりがどんどん弱まっていくように感じられる。

 雪は、止む気配を見せない。湯に触れた途端に水になり、溶け込んでいく。源泉がよっぽど熱いのだろうか。これでもまだ湯冷めする気配はない。


 だけれど、湯より外に出ている上半身はもうすっかり、冷たくなっていた。


 私の頬を一筋の涙が伝う。

 目からこぼれた涙は、また新たな筋を作り、顔全体を濡らしていった。


 彼の涙は星の光を反射しているのか、キラキラと輝いていた。

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