プラスチック・プラネット

棘草やなぎ

第1話『へんてこつばめ』

へんてこな世の中のへんてこな毎日。私はこの春から高校生になった。まだ自分が更に大人になった実感はないけど、世間ではそろそろ子供扱いされなくなってくる年頃だと思う。なので、絶対に初登校で道に迷うなんてあってはならないのだ。入学式当日に遅刻して全校生徒の前で晒し者になるなんて恥ずかしいにも程がある。私はそう決意していた。――――だが、現実は残酷だった。

「ふぇぇん! ここどこぉ!」

寝癖を天高く跳ね上げながら、鼻水垂らしながら、泣きべそかきながら、私こと羽鳥はとりつばめは全力疾走していた。聞いて下さい。寝坊したんです。お母さんが起こしてくれなかったんです。わかってます。もうその言い訳も通らないことくらい。“だけどもね 言わせて欲しい ホトトギス”

違う違う!そんなことより今は現状打破の方が先決だ。私はスマホアプリの『ナービィ』に次の方向を尋ねる。

『突き当りを右です』

ナービィの指示に従って私は右に曲がる。しかしそこは行き止まりだ。

「ナービィ!行き止まりだよぉ!このあんぽんたん!」

私は思わず悪態をつく。

『いつでも思い通りにいくとは限りませんよ?』

冷静な声音でナービィが答える。AI音声さん、感情出てますよ。こんな時こそ、寄り添った言葉が欲しかったので、ちょっぴり残念である。でも、今更後悔しても遅い。私はここで賭けに出ることにした。

つまり、目の前の道を塞いでいる草壁に突進するというこさ。子どものようにね。だって、これしか方法がないんだもの。

私は勢いよく走り出すと、草壁の中へと飛び込んだ。やばい。めっちゃ痛い。もう全部諦めたい。だけども、私は痛みに耐えながら歩みを前へ進める。そして――――。

ぶわっさぁ!という音と共に草壁を抜けると、目の前には校門があった。そして同じ制服を着用した女子生徒達。お母さん。つばめはやりました。遅刻せずに済みましたよ。これで胸を張って入学式に出られます。やったね!みんなすっごい未確認生物を見るような目で見てるけど喜びのが勝ってる。私は賭けに勝ったのだ。

私の青春の第一歩は、鼻水でくっついた葉っぱの香りだった。






ここは聖櫻女子学園せいおうじょしがくえん。規律正しくお上品な女子生徒の多い学校。そんな校風とは無縁のへんてこ人間である私、羽鳥つばめは、この学校に入学した。校門の前には生徒の身だしなみチェックをしている生徒がいた。まあこんなの顔パスで大丈夫でしょ。私は背筋をピシっと伸ばしながら優雅に校門をくぐる。

「ご機嫌よ~」

私はそう呟きながら校門をくぐった。するとすぐに、後ろから肩を叩かれる。

「待ちなさい」

振り向くとそこには一人の女子生徒がいた。背が高く、きりっとした顔立ちをしている。そして長い黒髪をポニーテールにして括っている。彼女は私に対して厳しい目を向けていた。はい、煮るなり焼くなりお好きにしてください。私は抵抗せずに彼女に身を任せた。すると、彼女は私の腕を掴み、校門前へと戻される。そして、私の鼻にティッシュを押しつけてきた。

「寝癖、鼻水、涙の跡、着崩れた制服、あと葉っぱが十四枚。とんだご登場ね」

そりゃそうだ。しかもこの子、寝坊してきたんです。でも逆境を跳ね除けて間に合ったから褒めてください。……とは言えずに私は「すみません」と呟く。すると彼女はため息をついた。

「先が思いやられるわね。私は生徒会会長三年の月東弥恵がとうやえ。あなた、お名前は?」

私は素直に名乗った。生徒会長は私の名前を聞くと、手帳に書き加える。そして腕時計で時刻を確認しながら言った。

「まだ少し余裕があるけど、急いだ方がいいわよ。あとその風向きを示す寝癖も直しなさい」

それだけ言って弥恵会長は去っていった。私はその後ろ姿を見送りながら、自分の格好が恥ずかしいことを自覚し始めていた。そして同時に、自分が遅刻しなかったことに安堵する。しかし、まだ油断はできない。入学式まで時間はあるが、それでも余裕を持って行動したいところだ。私は足早に校内へと向かったのだった。





聖櫻女子学園には三つの大きな校舎がある。一つ目は一般教室や特別教室のある本校舎だ。二つ目は音楽室などの専門教室がある北校舎だ。三つ目が部室棟である。この三つの校舎は本校舎と渡り廊下で繋がっている。そして私は今、入学式が行われる体育館へと向かっていた。

「おやおや、へんてこつばめが間に合ってるねぇ」

ニヤニヤした顔で話しかけているのは、中学で同じ学校だった萌島薫子もえじまかおるこだ。友達というわけではないが、新聞部に所属していた彼女は、私以上に私の情報を持っていた。下手なことを言うとすぐにスクープにされてしまうので、私は警戒していた。

「もうへんてこじゃないもん。この学校で私は新たに……えっとぉ……にゅ~つばみぇ!いたぁ!舌噛んだぁ!」

私は思わず自分の舌を噛んでしまった。薫子はそんな私を見て、大爆笑していた。

「よっ!それでこそへんてこつばめだ! 」

薫子はそう言い残し、私の前から去っていった。






入学式もそこそこに、教室へ案内され、担任やクラスメートとの顔合わせ等が行われ、休み時間となった。私の席は窓際の中間ですぐ後ろには薫子が座っている。

「ニッシッシ。つばめんは部活決めた?」

特徴的な笑い方をする薫子は、私に尋ねてきた。中学の時は帰宅部だった私だが、せっかくなら何かに入りたいと思っている。しかし、この学校は部活動が盛んらしく、なかなか決めかねているのだ。私は頬杖をついて窓を眺める。グラウンドでは野球部が練習をしている。中にはテニスウェアを着てラケットを振る女子生徒もいたりする。楽しそうだなぁと思いながら眺めていると、薫子に肩を叩かれた。

「これ、この学校の部と同好会をリストアップしたから、参考にしてよ」

薫子はそう言うと私に一枚のプリントを渡してきた。私はそれを受け取り、内容に目を通す。そこには部活動の概要や部員数が書かれていた。さすがは情報屋と言ったとこか。仕事が早い。部活動こそ人生の転機。何か一つでも、興味があるものがあれば入れば良いのだが。私には特にこれと言ってやりたいことが無かった。プリントに目を泳がせていると、一つの部名が目に留まった。それは“廃プラ同好会”という怪しげな名前だった。

「そこに目が止まるとは、やはりへんてこつばめの名は伊達じゃないね」

私は廃プラ同好会のページをじっくりと読み込む。活動内容は不明。部員数は4人。場所は北校舎3階の空き教室。

私はこの廃プラ同好会に少し興味が湧いた。いやいや待て待て!こんなへんてこな部活に入ったら、またへんてこ扱いされてしまう。私は頭を振ってその考えを払い除ける。しかし、薫子はそんな私を見て言ったのだった。

「見学だけならタダだよ、つばめん」

確かに見学だけならお金もかからない。いや入部にもお金はかからない。しかし、もし入ってしまったら……。でも何か面白いことがあるかも?私は葛藤の末、見学だけならと自分に言い聞かせながら北校舎へ向かったのだった。

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